第135話 お決まりの展開
『じゃあ、行くわよ!シーン12スタート!』
アメリアの声で明石はにやけた顔をやめて真剣にカップを拭き始めた。
「マスター。君が見つけた少女達は信用できるのかな?この戦いには信用できる仲間が必要なんだ。心と心が結びついた時、魔法は真の力を発揮する。そのことはマスターが一番わかっているはずだ」
一口コーヒーを飲んだ後、誠はそう言った。実際にコーヒーの味がするわけではないが、明石ならきっと渋いコーヒーを入れそうだと思って少し口を引きつらせた。
「王子。心配するのも分かるが信じること無しには何もはじめられないですぞ。それにあなたが助けたと言う魔女にしても私達の脅威になるかもしれないですし。むしろ信用と言うことを考えればあなたの方が無茶をしているように私には見えるがどうでしょうか?」
そう言って明石は手にしたカップをカウンターに置いた。相変わらず標準語を無理してしゃべっている明石の語尾に噴出しそうになりながら誠は我慢を続けていた。
「とりあえず会うことが一番でしょう。何事も会って話してそれから始まる。人間関係とはそう言う物です」
これも関西弁のアクセント。しゃべる明石に違和感を感じながら誠はそのまま入り口を見つめる彼に目をやった。
「こんにちわー」
ドアを開け、小夏は元気そうに挨拶をした。そしてサラがその後ろにおどおどと付いてきた。誠は中学生指定と思われる皮のカバンを手にした小夏のあまりにも自然な姿に目を奪われていた。
「お姉ちゃん!早く!」
小夏は振り向くと店の外に向けてそう叫んだ。
「でも本当に良いの?あれ、誠二お兄さん」
小夏に呼ばれて店に飛び込んで来たサラは明らかに明石と同じ場所にいる誠の姿に戸惑っていた。
「やあ!」
自分でもこういうさわやか系のキャラはできないと思って笑顔が引きつった。設定では遠い親戚で大学に通うために彼女の家に下宿しているという無駄な設定がある割には同居人に挨拶するとは思えない引きつった自分の頬に冷や汗をかいた。
『こういう役なら島田さんにでも頼んでくれよ。あの人ヤンキーのくせに笑顔はさわやかなんだよな……まあ、普段はうんこ座りして人を見ると眼を飛ばすことしかしないけど』
心の中では明らかにすべる光景が想像できて誠の頬がさらに引きつった。
「お兄ちゃんが居るのなら大丈夫だよ。いつも優しいお兄ちゃんが居るんだもの!この店もきっといいお店よ!」
小夏は能天気にそう言い放った。いつもかなめと言い争いをしている計算高い焼鳥屋の看板娘の姿はそこには無かった。
「小夏!そう簡単に大丈夫なんて言わない方が良いよ。それに呼んだのはあの頭の……あっ」
サラはつい禿と言おうとしたことに気づいて口に手を当てた。明石は余裕のある笑みを浮かべてみせた。いつもは『大将』だの『兄貴』だのと持ち上げている明石を禿呼ばわりしたことが相当気まずいようで小夏はうつむいたまま店内に入ってきた。
「いらっしゃい、お嬢さん達。そして小熊さん」
誠はかえでを参考に自分の出来る限りのさわやかさを演出しようと必死だった。その結果、それは妙にひきつった硬い表情になってしまった。
「ばれていましたか。さすがと申しますか、なんと申しますか」
そう言うと小夏の下げたカバンからグリンが頭を出した。しばらく頭を出して明石を見つめていたが、グリンはすぐに苦しそうな顔で小夏を見つめた。
「小夏!できればカバンを開けてもらいたいんだけど。このままじゃカバンから出られないよ」
カバンのふたの下でうごめくぬいぐるみの小熊の姿は誠から見ても少し不気味だった。
「ごめんね!今すぐ開けるから!」
そう言うと椅子に黒い鞄を下ろしてふたを開けた。そのままカウンターに上った手のひらサイズの小熊のグリンが不思議そうに誠を見つめた。そして、次の瞬間、そのぬいぐるみの表情は明らかな驚きに包まれることになった。




