第106話 そして物語が始まった
「お兄ちゃん遅いよ!」
そう小夏が叫んだ。白を基調としたいつもの簡素な中学生の制服姿とは違い、高級感のある刺繍があちこちに施された学費の高そうな私立中学を思わせる制服を着こんでいた。
「ごめんな、ちょっと……うわっ!」
誠は台詞を読むのをやめて叫んだ。小夏、嵯峨、そしてカウラ。そして自分の席にも明らかに不審などんぶりが置かれていた。
嵯峨がその中身を摘み上げた。芋虫である。どんぶりの中にはうごめく芋虫がいっぱいに盛られていた。小夏は誠から関心をどんぶりに移すとそのまま一匹の芋虫を手にしてそのまま口に入れた。
「なんですか?これは!こんなの朝食に食べるんですか?ここはどこの国ですか?遼帝国ですか?ベルルカン大陸のどこかですか?」
思わず誠は絶叫した。だが、小夏も嵯峨もカウラも何も言わずにどんぶりの中の芋虫を手に取ると口に運んだ。
「なにって……リョウナンヘラクレスオオゾウムシの幼虫だろ?遼帝国の山間部ではよく珍味として食べられてるぞ。食べ慣れると癖になる。いいもんだな」
嵯峨は何事も無いように一匹の芋虫を取り出すと口に運んだ。
「これってグロテスクだけど癖になるんだよね」
同じよう小夏は口に二匹の芋虫を入れて頬張った。カウラもおいしそうに食べ続けた。
「待った!タンマ!」
叫ぶ誠に目の前の下宿先の家族達が冷たい視線を投げてきた。
『どうしたの?誠ちゃん。何か不都合が……』
アメリアの明らかに笑いをこらえている声がさらに誠をいらだたせた。
「これ……マジっすか!勘弁してくださいよ!あんなの食べるくらいならリンさんみたいに人体から出るカレーによく似たものを食べた方がマシですよ!」
ほとんど半泣きで誠は叫んだ。
「仕方ないわね。でもこれをクリアーできないと出番が少なくなるわよ」
アメリアは誠の反応が予想通りだったので最高の笑顔を誠に向けてそう言った。
「出番はどうでもいいから!これ何とかしてください!」
どんぶりを指差す誠にテーブルに付く人々が冷たい視線を送った。
「予定通り誠ちゃんは寝坊と言うことで……カウラちゃん。B案で行きましょう。じゃあ誠ちゃんはしばらく休みね」
「アメリアさん、わざとやってるでしょ?この台本書いたのはアメリアさんですものね。僕がこういう反応を示すと知っててわざとやったんでしょ?」
アメリアの言葉とともに視界が黒く染められた。誠はバイザーをはずしてそのまま生暖かい視線をにやけるアメリアに向けた。
「ああ、そういえば誠ちゃんは遼南レンジャーの資格は持ってないわよね。まあレンジャー資格試験の時にはあれを食べるのは通過儀礼みたいなものだから……でも結構おいしいのよ」
そう言ってアメリアは自慢の紺色の長い髪を掻き分けた。そのまま誠は仕方がないというように立ち上がろうとした。そしてすぐに先ほどのうごめく芋虫を頬張る嵯峨達を思い出して口を押さえた。
「ああ、誠ちゃんも見たいんじゃないの?そのバイザーでうちの新藤さんのカメラと同じ視線でストーリーが見えるはずよ。それを見ながら話の流れに付いてきて頂戴」
気が進まないものの誠は嬉しそうでありながら押し付けがましいアメリアの言葉に渋々バイザーを顔につけた。




