第103話 単なる好奇心から生まれた言葉
「ちょっと俺の部屋に来い。ここは同じ遼州人の男として話がある」
島田はそのまま誠についていくように促して階段を下りた。日のあたらない冬も近いのに湿気がたまっているような西向きの管理人室が島田の部屋だった。元が管理人室というだけあって質素なドアを開けると、中にはバイクや車の雑誌が積まれている机と安物のベッドが置いてあった。
そのまま誠は付いてきたサラとパーラに押し込まれるようにして島田の部屋に入った。
「まあ、そこに座れ。同じ遼州人だ。遠慮はいらねえよ」
島田は和やかな面持ちで誠にそう告げた。サラとパーラの痛い視線を受けて誠は島田に促されるままに座布団に腰掛けた。
「まあ、なんだ。お前さんが悪いと言うことは確定しているから置いといてだ……」
そう言うと島田は急に下卑た表情に変わった。
「それで誰が一番なんだ?俺もお前も純血の遼州人だ。愛と言うものは良く分からねえ。だから知りてえんだ。教えてくれ、誰が一番だ?」
「は?」
誠はしばらく島田が何を言いたいのか分からなかった。
「神前君、教えてよ。ね?誰が一番好きなの?気になるじゃないの、これだけ多くの女子から迫られてる男の子を見ると」
興味津々と言った表情でサラはピンクの髪をなびかせて顔を近づけてきた。
「あんた達本当に似たもの夫婦って……ああ、夫婦じゃないわね」
呆れたようにパーラは状況を観察している。誠はただ島田とサラに言い寄られて苦笑いを浮かべていた。
「あ、えーと。あの」
「大丈夫!私達、口重いから」
そう言って島田を押しのけて迫ってくるサラの赤い目に思わず誠は引きつった笑みを浮かべて答えた。それをパーラは呆れた瞳で見つめた。
「やめといた方が良いわよ。どうせ話したりしたら30分後には部隊中に広まった上にまたあの三人が殴りこんでくるわよ。さらに明日には隊のゲートのところで日野少佐と渡辺大尉が仁王立ちしてるのが絵に描いたように想像できるわ。止めておきなさい。死にたいの?」
パーラは呆れたようにそう言うとそのまま立ち上がった。
「何よ!パーラちゃんだって気になるんでしょ?過去に失敗経験もあるし……」
そこまで言ってサラはパーラの顔色が曇るのを見て口をつぐんだ。
「ごめん、パーラ」
思わずサラはうなだれた。島田がそっと彼女の肩に手を乗せた。
「悪気があるわけじゃないんだから……」
「良いのよ、気にしないで」
そう言ってパーラは顔を上げて誠を見つめた。明らかにその瞳には殺気が篭っていた。パーラの話でうまいこと逃げられると踏んだ誠の思惑とは違う方向に話が転がりそうで思わず背筋に冷たいものが走った。
「無理よね。愛を知らない遼州人だからとかそう言う問題じゃなくって、神前君は優しすぎるから言い出せないんでしょ?」
パーラはとつとつと語った。島田とサラの視線が容赦なく誠に突き刺さった。
「あの、別に好きとかそう言うことじゃなくて、みんな悪い人では無いとは思うんですけど僕の優柔不断が悪いんですよね」
誠は慣れない女性に好意を持たれると言う感覚を初めて意識して混乱していた。
「なんだよ……いつもその誰かと一緒にいるとき良い顔してるように見えるんだけどなあ」
友達路線を主張しようとした矢先に島田に釘を刺されてまた誠は黙り込んだ。
「そうだ!誰が一番神前君のことが好きかで選べば良いんじゃないの?」
サラがいかにも良いことを思いついたと言うように叫んだ。だが、島田もパーラもまるでその意見に乗ってくる様子は無かった。
「西園寺大尉が選ばれなければ血を見るだろうな」
「意外とアメリアも切れるとすごいのよ。それに溜め込んでいるだけカウラもすごいことに……それ以上に日野少佐……どうなるか想像つかないわね、どうなるかなんて……凄いことになりそう……警察の出動が必要なくらい」
島田とパーラが今度は同情するような視線で誠を見つめた。
「そんな怖いこと言わないでください……」
怯えた誠が首をすくめた瞬間、階段を駆け下りてくる足音が響いた。
「パーラ!部隊に帰るわよ!車出して!」
またドアをいきなり開いて入ってきたのはアメリアだった。アメリアはずかずかと島田の部屋に入り込みパーラの肩を叩いた。
「話し合いついたんですか?」
「当然よ。今回の件はすべて誠ちゃんの責任と言うことで、誠ちゃんに払ってもらうことになったから!」
そう晴れ晴れとした表情で言うアメリアに誠は泣きそうな目を向けた。
「アメリアさん……僕、何か悪いことしましたか?」
涙目で泣きつこうとする誠だが、アメリアはまるで誠を相手にしていないと言うようにパーラの肩を叩きながら出発を促した。
「まあがんばれ」
島田はそう言うと立ち上がった。サラとパーラは同情する瞳を投げながら再び隊に戻るべく立ち去ろうとする。誠は一人島田に付き添われてそのまま廊下に出た。島田が部屋に鍵をかける。それを見ながら涙が止まらない自分に呆れる誠だった。




