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「シュー・シャイン」と淸作

〈日を追へば春の一日過ぎなむか 涙次〉



【ⅰ】


 作者、ハデス(正確にはハーデース)などゝ書いてゐて、幼少時、呉茂一・著「ギリシア神話」(確か新潮文庫だつたと思ふ)を讀み耽つた事など、思ひ出した。

 冥府の書き方は、お國に関係せず、大體が怖い鬼が監視してゐて、そこに墜ちた者どもは、灼熱に悩まされたり、血の池地獄に悩まされたり。だが、ギリシア神話は違つた。

 アーリア人種に押され、堰き止められる形で、不毛の(葡萄の樹ぐらゐしか生えぬ)バルカン半島南端に留まつたギリシア人。そこには獨自の世界観があり、世界把握があつた。

 ギリシア神話では、冥府は地獄ではない。シシュフォスやらミダス、プロメーテウスなど、神に損害を與へた者らは、当然神に裁かれるが、彼らの償ひは、この地表の何処かにて行はれ、地獄=冥府で行はれるのではない。タルタロス、奈落の底まで罪人は墜とされる。しかし、そこに待つてゐるのは、「澱んだ」世界とかさう云ふ、抽象的な言葉で表される「軟禁狀態」であり、オルフェウスの黄泉帰りの目が、邪眼と忌み嫌はれた經緯を併せ考へると、そこ(冥府)は、禁忌の場ではあるが、罪人たちにとつてはたゞ幽閉されるだけの場、なのである。キリスト教的地獄観の、如何に「曲がつて」ゐる事よ!


 長くなつた。これも「シュー・シャイン」が堕ちた處がどんな處かの説明になるかと思ひ。



【ⅱ】


「シュー・シャイン」前世は淸作と云ふ、江戸時代末にはありふれた赤子だつたのだ。しかし、彼には一つ違ふ點があり- これは後述しやう。


 母親は、この子は5歳になつたら寺子屋に通はせて、10歳(とお)になつた暁には、何処かのお(たな)に丁稚奉公させる、そんなありきたりのプランを立てゝゐた。しかし...


 淸作は、テオと同じく「過知能」の生まれ。赤子時代から(彼にはそれ以降はなかつたのだが)母の乳で、母の胸に、母上、と書いたり、大人たちの會話に、テレパシーで割り込んでみたり。石ノ森章太郎氏の『サイボーグ009』、イワン・ウイスキーを思ひ出して貰ひたい。そして現實には、天才児の末路は大體に於いて哀れである。母は、この「化け物」を、裏山に捨てた。


 京の郊外での話であつた...



【ⅲ】


 江戸の世、「出來過ぎる」と云ふ事は、庶民にとつて惡徳だつたのである。

 彼がごきぶり(彼自身は「油蟲」と呼んでゐた)の姿に拘るのは、いつ如何なる時も生き延びる事しか念頭にない、彼ら種族を愛してゐたから。全う出來なかつた前世を儚んで、取つてゐる假の姿なのである。いや、ごきぶり姿でしか彼は生きない、とそれは心に決めた事であつた。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈魑魅魍魎跋扈する中一匹の蟲である彼もまた魔物か 平手みき〉



【ⅳ】


 そして、「シュー・シャイン」の、カンテラ事務所への精勤ぶり。如何に役立つ存在なのかは、前回書いた。ハーデースは、ヘルメース神に頼んで、「シュー・シャイン」を人間界に送り還す、その先導になつて貰つた。


 と云ふ譯で、ごきぶり姿で、淸作の靈は再び人間界に舞ひ戻つた。彼は特に、自らの前世については語らなかつた。特別視、が仇になるのには、もうこりごりだつたからである。



【ⅴ】


「シュー・シャイン、只今黄泉つ國より、帰還しました!」カンテラ「ごくろうさん。猫缶の殘りでも食べて、精を付けてくれ」


 こんなところが、「シュー・シャイン」蘇生のあらましだつた- 彼は、冥府で、ルシフェルが魂を浄化された事、また「傍観者null」も、そこにはゐた、という事、カンテラに告げ、テオの余り物を頂きに、引き下がつた。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈黄泉つ國溢れてしまはないかと氣やればその事遊ぶに似たり 平手みき〉



 そんな譯で、「シュー・シャイン」は無事だつた。ギリシア式の冥府が、この大東京の(「思念上」の)地下には隠されてゐる。決して、地獄の苦しみなど、あり得ない筈である。地獄、それが、日本に輸入されたのは、平安末期、終末思想の流行に依つての事だつた。今現在に流通出來る姿をしてゐない。現時點、必要とされるのは、涅槃の穏やかさ、その、(罪人であらうとなからうと)死者への癒しの提供、をする處としての冥府、なのである。「善人なほもて往生を遂ぐ(いはん)や惡人をや」。



 理屈臭くなつた。今回これにてお仕舞ひ。


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