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Re:ヒールオブザクリーク〜少女回復戦記〜  作者: 川口黒子
序章 首都陥落
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4話 灰色の妖精

 トラックは順調に官邸へと向かっている。しかしそれと同時に、敵兵や怪物と遭遇する機会が増えてきた。


「大隊長、車両前方に敵兵複数人あり。こちらに気づいています」


「時間がない。このまま突っ切れ」


 ジェシカの命令通り、カールはアクセルを踏んで目の前の敵兵に突っ込んでいく。


「カール、頭を下げろ」


「了解です」


 敵兵は向かってくるトラックに銃を撃つが、その前進を止めることはできない。ぶつかってくるトラックを慌てて避けた。トラックは敵兵を置き去りにして先に進んでいく。


「官邸まであと5分弱。……耐え切れるか」


「なるべく敵兵がいないルートを選択していますが、問題は怪物です。トラックの音に釣られて徐々に数が増えています。轢いたり、荷台からの攻撃で排除していますが、いつ足止めを喰らってもおかしくありません」


「……怪物の行動の異変に気がついて敵兵が集まる前に、なんとしても官邸に辿り着くぞ」


「はい」



 ▲▽▲▽▲



 出発してからしばらくの間、私とレベッカはクラーラから装備の取り扱いについて教わっていた。


「拳銃は必ずセーフティが外れていることを確認してから撃つこと。あと撃つときの握り方はこう。……そうそう!そんな感じ!手榴弾はピンを抜いたらすぐに投げる。投げるときは腕を大きく振りかぶって投げると遠くに飛ぶよ」


「……うまくやれるかな」


「レベッカちゃんは撃つのに慣れてると思うけど、フランちゃんは初めてだから、積極的に使わなくても大丈夫。むしろ回復兵士(ヒールソルジャー)の本業は傷ついた味方をいち早く見つけて治療することだから、フランちゃんは撃つことよりも戦場を常に注視して怪我した味方を見つけることを意識して」


「はい……!」


「けどそうなると、フランは結構動き回る必要があるよな。危険じゃないか?」


「もちろん危険だよ。だからこそ、回復兵士(ヒールソルジャー)は2人1組で行動するの。互いに治療ができるように。けど今回はフランちゃん1人だけだから、無理はしないで。助けられないと思ったら、切り捨てて。すぐに治療できて、戦闘に復帰できそうな味方を優先して助けること。いい?」


「……はい」


 戦場においては、命の取捨選択が必要になる。犠牲なき戦争はあり得ない。私の判断で人が死に、私の判断で人が生きる。それができる、力を持っている。

 私は回復(ヒール)について、あまり深く考えてこなかった。生まれたときから備わっていた、ちょっと珍しい能力。ただそれだけの認識だった。だが、今は違う。



 生死を扱う責任が、この能力にはある。



「さて、それじゃあ到着した後の行動は———



 ———ドンッ!!



 トラックが突然大きく横に揺れた。座っていた私たちは思わず前に倒れる。それと同時に助手席にいたジェシカさんが大声で叫んだ。


「怪物が張り付いている!応戦しろ!」


 体勢を立て直し、急いでトラックのそばを見てみると、なんと四つん這いの怪物がトラックと並走していた。


「くそ!油断した!」


 クラーラは即座に短機関銃を取り出してトラックから顔を出し並走する怪物に撃ち込む。怪物は一瞬にして肉塊となりトラックに置いて行かれたが、横道から次々と怪物が走ってきてトラックに体当たりを仕掛けている。


 私たちも立ち上がり応戦する。レベッカはライフルで怪物の頭を的確に撃ち抜くが、私は拳銃を撃った反動で思わず身体がよろけてまともに当たらない。


「———フラン!危ない!」


 突然、怪物が私に向かって飛び込んできた。私は動くことができなかった。


(やられる……!)


 そう思った次の瞬間、レベッカが私を突き飛ばし、怪物の噛みつきをライフルで防いだ。怪物がライフルの銃身に噛みついており、レベッカはそのままトラックの外に押し出そうとしている。怪物も前足の爪をレベッカの腕に突き立てて負けじと離れない。


「———っ、この野郎!離し、やがれ!!」


 それでもレベッカは足で怪物の顔を蹴り出し、トラックから突き落とす。しかし腕に傷を負ったレベッカはライフルを手から離してしまった。


「レベッカ!待ってて!すぐに治療する!」


 私はすぐにレベッカの腕に両手を当てて意識を集中させる。すると青白い光の粒が両手から出て、レベッカの傷に包み込むようにして付着していく。すると瞬く間に傷が治っていった。


「相変わらずすげぇや。ありがとうな!」


「……ごめん、レベッカ。私が不注意なせいで……」


「大丈夫だ!痛かったけど、今は痛くない!それで十分!フランこそ、無理に顔を出さないほうがいい。ここは私たちに任せとけ!」


 そう言ってレベッカは再びライフルを手に持ち怪物に向かって撃ち始める。クラーラも反対側で怪物に対処している。


(今の私は戦力にならない……だったら、私にできることは……)


 私はバックパックを前にして中を確認する。


(クラーラさんの銃は、確かNP-6、そしてレベッカのライフルがPer97k、それぞれの弾薬は、、、これとこれ!)


「クラーラさん!レベッカ!弾薬が無くなったら私に言って!すぐに渡すから!」


「「了解!!」」


 こうして、クラーラさんとレベッカが怪物を迎撃し、私が補給することでトラックに近づいてくる怪物を効率よく撃ち倒していった。


 しばらくすると、怪物の叫び声の他に、前方から断続的に鳴る銃声が聞こえてきた。音は交互かつ同時に途切れることなく聞こえてくる。


 これは間違いなく、官邸での戦闘音だ。


『まもなく官邸に到着する!各員、停車後は発煙弾を持って速やかに降車し散開!官邸上空目掛けて発煙弾を撃て!いいか!なるべく高く、官邸を覆うようにだ!!』


 ジェシカさんによる無線での号令が荷台にいる私たちにも聞こえてくる。官邸周辺には柵があり、その手前には大通りがある。敵部隊はすでに柵を越え、中の庭園にまで侵入し、占拠している状況だ。そして敵部隊と陛下の近衛部隊による官邸の中での攻防が、今まさに行われている。


 我々はまず大通りに停車し、素早く"雲"を作る。それによって庭で混乱している敵兵を攻撃し、官邸の中にいる敵兵をも炙り出す。賭けに近い作戦だが、やるしかない。


「発煙弾はこの銃で撃つから、レベッカちゃんが銃を、フランちゃんが弾を持って。レベッカちゃんにどんどん渡してあげてね。2人とも、準備はいい?」


「はい!」

「おう!」


「うん!いい返事!」


 私たちは素早く降りられるようトラックの後ろにしゃがみ込む。トラックは大通りに出たらしく、急旋回して柵に張り付くように停車する。あとに続くトラックも左右に分かれて官邸を囲むように停車した。


 私たちはすぐさま降車し、トラックの側面から少し離れた位置に展開する。発煙弾を撃っている間、私たちは無防備だ。そのためトラックを壁にすることで少しでも被弾率を下げる。

 ジェシカさんとカールも共に降車してこちらの存在に気がついた敵兵を迎撃することで私たちをカバーする。



 敵の銃口がこちらを向いている。


 弾丸の、空気を掠める音がすぐ近くで聞こえる。


 敵の怒号が、味方の号令が、頭に響く。


 私たちは、戦場に来たのだ。



「レベッカ!撃ちまくれ!!」


「あいよ!!」


 レベッカは渡された発煙弾を銃の先端の筒に装填し、空目掛けて発射する。


 ———ボン、ボン、ボン


 他の場所でも発煙弾が弧を描いて官邸上空に撃ち上がり、もくもくと灰色の煙が広がっていく。最初はただの煙でも、何回も、何回も撃つことで、煙は次第に"雲"となり、大陽を徐々に隠していった。



 ▲▽▲▽▲



 キャンドル王国の精鋭部隊コルボノワールは降下してすぐに目を疑うような光景を目にした。


 逃げ惑う人々に、それを追いかける人ならざる何か。


 これは悪夢か?


 そう言って目をこする隊員もいた。だがしかし、その怪物が彼の同胞の腹を裂き、頭を喰らう姿を見て、彼はすぐに銃を構えて引き金を引いた。


 最初のほうこそ手間取ったが、作戦自体は順調に進んでいった。部隊を二分し、一方は官邸の襲撃に、もう一方は怪物の作戦妨害を防ぐ目的で行動を開始する。


 行動をするうえで、隊員たちが特に注意したことは、決して濡れた物に触ってはいけないという上官からの指示だった。言われた当初は理解できなかった彼らも、今は骨身に沁みている。


【雨の水に触れたら、怪物になる】


 だがしかし、彼らが理解したのは、それだけだった。


 襲撃部隊は慎重に行動しながら官邸へと辿り着く。こちらの動きを察知していたのか、柵ではすでに敵部隊が展開していた。だが"雨"のせいもあってか敵兵士は少なく、すぐに退却していった。


 この調子ならすぐに占拠できる。


 そう楽観視しながら庭へと足を踏み入れた瞬間、2、3人の身体が吹っ飛んだ。地雷である。官邸に地雷を設置するなど前代未聞だ。また同時に官邸施設の窓から敵機関銃による一斉掃射が始まった。

 これにはたまらず部隊は後退、柵まで押し返された。


 しばらくの間膠着状態が続いたが、回復兵士(ヒールソルジャー)による治療のお陰で兵士の戦線離脱が少ないコルボノワールに対して、徐々に闘える兵士の数が減っていく近衛部隊。拮抗状態は遂に崩壊した。


 大隊長の率いる分隊が決死の突撃を敢行し、官邸内部へと侵入。窓で撃っていた兵は侵入した彼らの対応に追われて、それを皮切りに他の分隊も一気に前進した。


 いくつかの分隊を庭に残して、残りは官邸内に侵入した。兵士の数が少なくなっているとはいえ、近衛部隊の練度は高い。廊下の至る場所にバリケードを設置し、そこで応戦する。コルボノワールは停滞を余儀なくされた。


「クロック大隊長!敵の抵抗激しく、3階通路の突破が困難です!手榴弾投擲の許可を!」


「ダメだ。万が一建物が倒壊し要人が全員死んでみろ。下手をすればこの戦争、歯止めが効かなくなるぞ。ランド人の皇帝に対する忠誠は計り知れない。帝国に徹底抗戦を決断させる事態だけは避けねばならん。必ず生きて捕えろ」


「っ、は!」


 新入りは少し不満げに敬礼し、持ち場に戻る。クロックはため息を吐きながら、絶え間なく銃弾が飛んでくる前方のバリケードを見つめた。


(皇帝直属の近衛部隊、噂には聞いていたが、ここまでやるとは。作戦開始からすでに2時間が過ぎている。北方から援軍が来ているとはいえ、まだベリンには敵残存兵が残っており、彼らが皇帝を見捨てるはずがない。早急に終わらせなければ、部隊の被害が増えるな……)


 キャンドル王国唯一の降下部隊であるコルボノワールは、各師団から選出された優秀な兵士で構成される。彼らは主にこういった局地的な特殊作戦に就く場合が多い。クロックは創設当初から所属しているベテランだ。しかし今まで数多くの修羅場を潜り抜けてきたクロックでも、この作戦は手が震えるほど緊張するものだった。


(この作戦が成功すれば、戦争が終わる。終わるんだ。ようやく)


 部隊の誰しもがそう考え、死に物狂いで戦っている。だが、敵も必死だ。戦争の敗者に待ち受ける結末は、往々にして悲惨なもの。決着がつけば、どちらかが破滅する。


 今目の前に広がっているこの光景こそが、戦争の縮図なのだ。


 しかし、この縮図に、新たなファクターが現れる。



「大隊長!外に敵車両3台が官邸を囲むように停車しました!」


「来たか……庭にいる分隊で応戦。我々は早急に会議室へ突入す———


「だ、大隊長、どうされました?外になにが……」


 空に放たれる何か。


 煙のように広がっていき、やがて灰色の"雲"となる。


 その光景を見たコルボノワールの全隊員が、最悪の情景を思い浮かべる。


「全員!!今すぐ退避しろ!!」


 クロックの号令が出ると同時に、縮図は崩壊した。



 ▲▽▲▽▲



「レベッカ!これが最後の発煙弾!」


「おう!」


 レベッカは渡された発煙弾を手際よく空に放つ。煙はすでに"雲"となり、官邸を覆っていた。恐らく滞留する時間は短いだろうが、それでも敵にとっては相当恐ろしいはずだ。現に官邸の中から次々と敵兵が庭へと飛び出してくる。


 私たちは柵の下にある背の低いコンクリートの壁を盾にしながら、敵と応戦しているジェシカさんのもとへ向かう。


「よくやった!敵がどんどん出てきている!それに錯乱状態だ!レベッカ!狙える敵はどんどん撃て!」


「わ、わかった!」


 レベッカは慌ててライフルを構える。しかし、今までと違って手が震えていた。それに、中々引き金を引けずにいる。


 当たり前だ。私たちは、人殺しなんてしたことない。怪物だって前は人だったが、それでもまだ割り切れた。アレになったら、もう助かる見込みはない。そう思い込むことで割り切れた。けど、今回は撃つのは正真正銘の人間だ。相手に敵意があるとはいえ、そう簡単に割り切れるものではない。


 躊躇っているレベッカに、なんて声をかければ良いが迷っていると、ジェシカさんが突然レベッカの胸ぐらを掴んだ。


「貴様!何のためにここに連れてきたと思っている!お前の使命はその銃で敵を撃ち、仲間を守ることだ!ただの木偶の坊に用はない!今すぐこの戦場から立ち去れ!!」


 ジェシカさんの怒号は銃弾飛び交うこの場においても、はっきりと聞こえるほど大きかった。レベッカは歯を食いしばり、ジェシカさんの手を振り解く。


「やってる!やってやるよ!!」


 レベッカは再びライフルを構え、噴水裏から少し見える敵の頭を撃ち抜いた。



 レベッカは、覚悟を決めた。


 私も、足手まといになるつもりはない。



 しゃがみながら一歩下がり、味方の状況を確認する。


(カールさんとクラーラさんは大丈夫そう……弾薬も補給済み……あ……!)


 門を挟んだ反対側の壁で兵士が1人腕を撃たれて悶えている。周りの兵士は応戦に手一杯で対応できていない。私は四つん這いになりながらジェシカさんの所に行く。


「ジェシカさん!あっちで怪我をしている兵士がいます!行かせてください!」


「……よし。わかった。だが門を横切るときは私の合図で走り出せ。いいな?」


「はい!」


 ジェシカさんは頷くと、手榴弾を取り出して噴水の方に投げる。敵からの銃撃が一瞬止んだ。


「今だ!走れ!!」


「———ッ!!」


 合図と共に頭を下げながら反対側のコンクリートに滑り込む。心臓がバクバク鳴っているが、そんなことを気にしてはいられない。私はすぐに怪我をして兵士のもとに駆け寄る。


「大丈夫ですか!?どこをやられました!?」


「み、右腕だ……いてぇ、いてぇよ……」


 私は血が滲み出ている場所を見る。


(弾は貫通してる。これなら治せる!)


 私はすぐに傷口に手を当て、回復(ヒール)を行う。弾丸が中に残っていた場合、もしそのまま回復(ヒール)を使ったら弾丸が中に入ったまま血管や神経、筋繊維が再生することになり、更なる激痛や最悪の場合その箇所が壊死する可能性もある。今回はその心配はないが、非常時は止血するためにやむなく回復(ヒール)することもあるだろう。


 青白い粒が消えていくと、そこにあった傷口はすでに塞がっていた。兵士は腕を回して動くことを確認する。


「ありがとな嬢ちゃん!これでまた戦える!」


 兵士はそう言いながら再びライフルを構える。


「はい!あなたも無理しないでくだ———



 ———バチュッ



 血飛沫が顔に付く。


 頭を撃ち抜かれ、後ろに倒れ込む兵士。


 さっきまで話していたのに、気さくな笑顔を浮かべていたのに。


「おい!頭を下げろ!」


 撃たれた彼の隣にいた兵士が私に向かって怒鳴る。私は慌ててかがむ。直後、銃声と共に私の頭上に火花が散る。銃弾が柵に当たったのだろう。


 回復兵士(ヒールソルジャー)の登場により、いわゆる"負傷兵"と呼ばれる者は激減した。だがしかし、それでも尚、死者数はあまり変化がなかった。


 死ぬまで戦う。死ぬまで戦わせる。勝つために。


 消耗戦と化した戦争において、回復(ヒール)は最高で最低な人材活用を可能にした。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 ここにきて、急に息切れし始めた。さっきまで気にならなかった心臓の音が、周りの銃声よりも克明に聞こえるようになる。足手まといにならない、そう決意したはずなのに、脚が震えて動くことができない。


 死んだ兵士の澱んだ眼が、こちらを見ている。


 こっちに来いと、言わんばかりに。


「し、死にたくない、死にたくない、死にたくない……」



 ———バン!



 私の首筋に何かが当たる。するとさっきまでバクバクと音を鳴らしていた心臓の鼓動がおさまり、呼吸が安定し始め、頭が冷静になり始める。

 一瞬の出来事に私は驚いて振り返る。すると反対側にジェシカさんの姿が見えた。特殊な形をしている拳銃を片手でこちらに向けて、もう片方の手には短機関銃が握られており、敵に射撃し続けている。


「フラン!お前に"私の回復(ヒール)"を打ち込んだ!それで少しは楽になるはずだ!気をしっかり保て!戦闘はまだ続いているぞ!」


(私の、回復(ヒール)?ジェシカさんは回復(ヒール)が使えるの?けどだったらどうして雨の影響を……)


 疑問に思ったが、今は考えている暇は無い。


「はい!」


 たとえ助けたとしても、戦場にいる限りいつかは死ぬ。それでも、私の回復(ヒール)が今この瞬間、この戦場にいる兵士の命を守れるなら、


(ここで立ち止まってちゃダメだ!)


 私は目の前に横たわる亡骸の軍服から、認識票を取り出し、自分のポケットに入れた。



 ▲▽▲▽▲



 救出部隊は着々と敵の数を減らしているが、それでも相手は精鋭。簡単には崩れない。どうやら一向に降らない雨に勘づき始めたらしい。最初の錯乱した状態から徐々に立て直し始めている。

 対してこちらはあまり時間がかけられない。怪物に対処していた周りの敵兵がこちらに到着でもしようものなら、我々は挟み撃ちにあい、作戦失敗どころか全滅さえ有り得る。


 我々の目的はあくまで要人の救出であり、敵の殲滅ではない。なんとかして官邸までの突破口を作る必要がある。


「……やるしかないか」


 ジェシカはさっきフランに打ち込んだ弾薬とはまた別の、赤いラベルが貼られている弾薬を取り出す。それを見たクラーラが即座に腕時計を見る。


「ジェシカさん、制限時間を過ぎたら我々も突撃します」


「ああ、それまでに終わらせる」


 ジェシカはその弾薬を装填し、自身の首筋に発射する。


 ジェシカはゆっくりと深呼吸をした。


 その瞬間、全身から青白い光が滲み出てくる。


 右手には拳銃、左手にはナイフを持ち、跳躍して柵を越える。敵はすかさずジェシカに大量の銃弾を浴びせる。


 弾丸は確かに彼女を貫いた。だがしかし、倒れることはなく、血が噴き出ることもない。噴水の裏にいた兵士は、自分の目を疑った。もしかしたら、当たっていなかったのかもしれない。そう思い、再び銃を構える。


 そこに彼女の姿はなかった。


 代わりに、視界がどんどん赤くなる。


 ジェシカは敵の頭に突き立てたナイフを抜いた。



 コルボノワールは創設当初、1度壊滅しかけたことがある。雨が降る塹壕の中、味方の後退を支援していたとき、突如敵兵士の1人がこちらの塹壕に突撃してきた。


 常人では到底考えられないスピードと跳躍によってこちらに近づいて来る、光を纏った少女。彼女はあっという間にこちらの塹壕に飛び込み、そこにいた人々を蹂躙する。


 当時まだ新入りだったクロックは、このときかろうじて生き残ることができた。彼女は一瞬にして自分の目の前に現れ、そして去っていく。幻を見ているかのようだったが、直後脇腹の激痛によって倒れたとき、これは現実なのだと思い知らされた。


 光輝く身体に、真っ白な髪、灰色の軍服を身に纏って自由自在に飛び回る華奢な少女は、瞬く間に武勲を立てていき、この戦争で初めて、1つの国家に1人の軍人しか選ばれない"国家代表識別個体"として登録された。


 ランドブルク帝国代表【死に鳴く啼鳥(グレイバンシー)


 もはや誰も、その場から動けなかった。


 灰色の妖精は彼らの前に立ち、彼らの言語でこう言った。


「諸君、取引をしよう」



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