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Re:ヒールオブザクリーク〜少女回復戦記〜  作者: 川口黒子
序章 首都陥落
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3話 第ゼロ号作戦

 皆が一斉にこちらを向く。気圧されそうになったが、私は深呼吸をしてなんとか彼らに顔を向ける。さっきの発言のおかげか、怪訝な顔つきをされることはなかった。


「言ってみろ」


「はい。ですがその前に、私と1つ取引をして欲しいんです」


「取引だと!?我々軍人と対等になった気でいるのか!!」


 強面の軍人が怒鳴りながらテーブルを叩く。


「黙れ。貴様、軍人の誇りを履き違えているようだな。いつから軍は国民よりも上位の存在になったんだ?戒厳令が敷かれている今、確かに我々軍の命令が絶対化される。だが、それは決して国民を蔑ろにするものではない。我々軍人は、国民と対等であり、国民の権利を守ることこそが、我々軍人の誇りなのだ。お前たち、しかと胸に刻んでおけ」


「「はっ!!!」」


 ジェシカさんの言葉にテントの中にいた軍人全員が耳を傾けて返事をする。ここにいる人たちは、皆軍人という職務に誇りを持っている。徴兵令で無理やり連れて来させられた人たちと違い、階級の高い彼らは望んで軍に入った者たちなのだろう。


 彼らは兵士だが、同時に軍人でもあるのだ。


「話が逸れたな。取引だったか。内容は?」


「は、はい!もし作戦が成功したら、家に行くのを手伝って欲しいんです。それを確約してくれるのなら、恐らく最も成功する可能性の高い作戦を提案します」


「……いいだろう。ただし、それは作戦が成功した場合の話だ。それに、お前が提案した作戦を実行するかは私が決める。もし拙い作戦ならば、この取引は無しだ」


「わかりました。では、説明します」


 私は官邸付近を拡大した地図を用意してもらった。


「まず、官邸の周囲には二重の関門があります。1つ目の関門が、怪物と戦闘をしている敵兵士たち。2つ目の関門は、官邸を襲撃している敵兵士たちです。1つ目のほうは、数は多いですがその分ばらけているはずです。遭遇した際速やかに排除すれば他の敵兵士に連絡はされないでしょう。ですが、それでも我々の行動はいつか露呈します。その前に官邸にたどり着くことが目標です。2つ目の関門に対しては、少し奇策を仕掛けます」


「奇策?」


「はい。官邸上空に、"雲"を作り出します。これは実際の雲ではなく、発煙弾などを大量に上空に放ち、雲に見せかけたものです。敵の新兵器である"雨"は、恐らく極秘兵器であり、その詳細は末端の兵には知らされていないでしょう。彼らも怪物を見て、その恐ろしさが身にしみているはず。そんな"雨"を降らせる"雲"が突如自分の真上に現れたら、誰だってパニックになります。特に回復兵士(ヒールソルジャー)は真っ先にその場から離れようとするはずです。その混乱に乗じて、要人を救出すれば、足止めを喰らうことはありません」


「なるほど。だが、たとえ官邸から救出できたとしても、怪物に対処していた兵が集結してきたらどうする」


「怪物がまだ多く闊歩している以上、散らばった彼らが集結するのには時間がかかります。ですので、脱出の際はダミーの部隊を作り、敵を引きつけることで要人のいる部隊からなるべく敵を引き離します」


 私は地図上に指をさしながら説明する。周りの軍人は頷きながら聞いており、レベッカも頷いてはいるが、理解はしていなさそうだ。


 説明し終えると、ジェシカさんは少し目を瞑る。そして目を開けると、全員の顔を見渡した。


「皆、この作戦に異議はあるか?」


 声をあげる者は誰もいない。


「……私も賛成だ。細かい戦術は現場で私が指揮をする。これよりこの作戦を"第ゼロ号作戦"と名づける。各員装備を整え、中央テントの前に集結するように伝えろ」


「「はっ!」」


 軍人たちは瞬時にテントから出ていき、残ったのは私とレベッカ、ジェシカさんと通信兵たちのみになった。


「フラン、作戦に参加する気はあるか?回復(ヒール)が使える者が1人でもいれば、部隊の生存率が格段に跳ね上がる。安心しろ。私がいる限り、お前に銃弾が当たることは決してない」


「………」


 ジェシカさんはそう言い切った。その言葉には絶対の自信があるようだった。まだ完全に信用し切れてはいないが、この本部に残ったところで、私にできることはない。それに作戦が失敗すれば全てが終わる。私が部隊にいることで少しでも上手くいくのなら……。


「足手まといになるかもしれないですが、参加させてください」


「よし。ならば———


「ちょっと待った。フランが参加するなら、私も行くぞ」


「……レベッカ、これは遠足ではない。国家の命運がかかった非常に重要な作戦だ。フランはともかく、何もできない人間を連れて行くわけにはいかない」


「何もできないわけじゃない。私の趣味は親父と同じく鴨狩りだ。銃の扱いには慣れてるし、体力だってある。私はまだお前を信用していない。フランのことは私が守る」


 レベッカは決意に満ちた目でジェシカさんを睨みつける。


「……ならば、力を示してもらおう。ついて来い」


 ジェシカさんはそう言ってテントから出る。私たちもついて行った。公園から出て、近くの教会へと移動し、そこにある塔を梯子を使って登る。上には小さな部屋があり、そこで2人の兵士が外を望遠鏡で見張っていた。


「お前たち、ご苦労」


「はっ!大隊長!敵兵及び怪物が近づいてくる気配はありません!」


「うむ。すまないが、ライフル銃を1つ彼女に貸してくれ」


「は、はい!」


 レベッカは兵から銃を受け取る。すると慣れた手付きで銃弾が装填されているか確認する。ジェシカさんはその間に兵から借りた望遠鏡を使って外を眺めている。


「レベッカ、窓の外を見ろ。小さくて見えにくいが、あの建物の屋上に旗がある。あれを一発で撃ち抜いてみせろ。撃ち抜けたのなら、お前を狙撃兵として採用する。丁度欠けている職種だったからな。どうする?スコープならここに———


「そんなもんいらないぜ」


 レベッカはジェシカさんの言葉を遮るようにして、窓から銃を構え、瞬時に引き金を引く。乾いた一発の銃声が空に鳴り響いた。


「おお!当たった!」


 望遠鏡で旗を見ていた兵が、思わず声をあげる。ジェシカさんも旗の様子を望遠鏡で確認していた。


「……見事だ。並の狙撃兵でもあれを一発で撃ち抜くのは容易くない。よかろう。お前を私の部隊に採用する」


「よっしゃ!じゃなくて、はっ!」


 レベッカはぎこちない敬礼をした。


「……兵としての規律を叩き込むのは、今は後回しだ。フラン、レベッカ、本部に戻るぞ」


 こうして私たちは、再び公園に戻ることになる。道中、ジェシカさんの後ろで私たちは興奮気味に会話した。


「レベッカ、すごいね!あんな遠くの旗に当たるなんて!」


「フランこそ、あんなすげえ作戦を考えられるほど軍事に詳しいなんてな!どこで習ったんだ?」


「いや、習ってなんかいないはずなんだけど、何故か作戦計画書を見たとき、書かれている内容が頭にスッと入ってきて、そこからあらゆる可能性が頭に思い浮かんだの。……不思議な体験だった」


「眠れる才能が開花したのかもな!……さて、フラン、ここからはちょっと真面目な話だ。……今から行く場所は戦場だ。私たちはただの一般人、つまりど素人。……誰がいつ死んでもおかしくない戦場で、真っ先に死ぬのは私たちだ。そうならないためにも、この人から絶対に離れるなよ」


「う、うん」


「その通りだ」


 ジェシカさんが前を向いたまま私たちに話しかける。


「新兵だけで行動させることはまずない。歴戦の兵士が切り開く道を新兵は歩み、その姿から戦場での生き方を学ぶ。私が今回率いる分隊は、南方戦線で活躍する私の大隊から引き抜いた、選りすぐりの人材で構成されている。お前たちは、彼らから多くのことを学べ。……生き抜くために」


「「……はい」」


 ジェシカさんは淡々と言葉を発し、私たちの前を歩く。その背中には会った当初の威圧感はなかったが、ただ何か、言葉で言い表せない大きなものを背負っているように感じた。



 ▲▽▲▽▲



 本部に戻ると、中央テントの前にはすでに兵士たちが装備を持って隊列を組んでいた。


「フラン、レベッカ、お前たちはここで待っていろ」


 ジェシカさんはそう言うと、隊列の前へと移動する。


「諸君!今現在、ベリンの善良な国民は敵の卑劣な兵器によってその姿を歪ませられた!首相官邸は敵に包囲され、北方からは連合軍の主力が近づいてきている!はっきり言おう!我々は劣勢である!ここで政治の中枢を担う方々を失えば、確実な敗北が待っている!よって本作戦は、帝国の命運を左右する!成功の暁には、諸君らは英雄として帝国の歴史に名を刻むことになるだろう!各員、心してかかれ!」


「「「「はっ!!」」」」


 空気を揺らすほどの敬礼と共に、彼らは一斉に動きだす。すると私たちのもとに、2人の軍人がやって来た。1人は短い金髪の女性で、もう1人はさっきテント内にいた若い黒髪の男性だった。


「初めまして。私の名前はクラーラ。ジェシカさんの隊に所属しています。2人とも、よろしくね!」


「僕の名前はカール。同じくジェシカ大隊長の隊にいます。2人は今回、僕たちと一緒に行動してもらいます。2人の装備を用意しているので、ついてきてください」


 私たちは軍の装備が置いてあるテントに案内された。


「さ、この中に入ってね。あ、カールは外で待ってて」


「なぜだい?僕も手榴弾を1つ用意しておこうと思っているんだけど」


「女の子が着替えるんだから当たり前でしょ!」


「戦場に男も女も関係な———


「はいはい出てった出てった!」


 クラーラは半ば強引にカールをテントの外に追い出す。


「まったく……ごめんね。カールも悪気があるわけじゃないの。実際、前線では性別なんて関係ない。敵か味方か、生きるか死ぬか、それだけの違いになる。普段はもっと紳士なんだけど、、、戦場は人を変えるから」


 そう言いながら、クラーラは軍服を2着、そして2通りの装備を持ってきた。


「さ、この軍服を着てみて。サイズはどうかな……うん!大丈夫そう!次は装備だけど、まずはフランちゃんのから説明するね」


 テントの脇に設置されている机の上に、拳銃とその予備弾倉、ナイフ、手榴弾を3つ、そしてポーチが複数着いたベルトを置いた。


「これが我が軍の基本兵装。ここから役職に合わせて装備を追加していくの。回復兵士(ヒールソルジャー)の場合はこれにバックパックを追加して、その中に医療道具や他の武器の弾薬を入れたりする。けど君の深度だったら医療道具は必要ないかも。今回は弾薬だけね」


 そう言ってクラーラは弾薬の入ったバックパックを私に手渡す。諸々の装備を身につけてみると、身体がいっきに重くなった。私はこれからこの重量で、戦場を駆け巡ることになる。


「結構重そうだな。大丈夫か?」


「……うん、大丈夫。これぐらい、なんともないよ」


「ふふっ、たくましいね!……あ、忘れてた!あとこの腕章を腕に付けて。これは自分が回復兵士(ヒールソルジャー)だってことを味方に認識してもらうためのものだよ」


 私は緑色の腕章を受け取る。腕章の端には白いラインが入っていて、真ん中には白い糸で"妖精"のシンボルが刺繍されていた。


「それじゃあ次はレベッカちゃん!」


 クラーラは再び基本装備を机の上に用意する。それとは他に、狙撃用ライフルとその弾薬が置かれた。


「狙撃兵の主な役割はもちろん敵を狙撃することだけど、片っ端から撃っていけばいいわけじゃない。味方の進軍をカバーするように敵を倒していき、敵スナイパーがいる場合は真っ先にそいつを撃つ。遠くの狙撃兵に勝てるのは、狙撃兵だけだからね」


「わかった」


「クラーラ、準備は終わったかい?そろそろ出発するよ」


 テントの外からカールが呼びかける。


「うん!それじゃあ2人とも、行こっか」


 私たちはテントを出て、公園の入り口付近に駐車している装甲トラック3台の内、1番前のトラックに乗り込んだ。そこには私とレベッカ、クラーラが後方の荷台に座り、ジェシカさんが助手席、カールが運転席に座っている。

 荷台には"雲"を作り出すための発煙弾が大量にあった。


「カール、各分隊長に無線を繋げ」


「はい」


『各員、聞こえているか。これより"第ゼロ号作戦"を開始する。1号車に続いて2号車、3号車が後ろからついて来い。以上』


「カール、発進だ」


「了解です」


 とうとう、トラックが動き出す。私たちはこれから、本物の戦場へと向かう。……どうして、こんなことになってしまったのだろう。輝かしいベリンの道には、血と肉片が至る所に飛び散っており、そこを怪物が音を頼りにゆらゆらと彷徨っている。何気ない日常が、一瞬にして地獄に変わった。


(……違う。最初から地獄だったんだ。ベリンはただ、それを忘れていただけ。地獄の戦線が、ようやくベリンにそのことを思い出させた。もうだれも、"一般人"ではない。誰しもが、戦争の"当事者"になったんだ……)


 手に震えが出てくる。


 死にたくない。


 怖い。


「フランちゃん、大丈夫?」


 私の様子を心配したクラーラが、優しく話しかける。


「大丈夫……ではないですね……怖いです」


「……フランちゃん、レベッカちゃん、今からでも離脱することはできるよ。いないより、いてくれた方が助かるけど、あなたたちはまだ子ども。それに、訓練すら受けていない。本当は戦場になんて連れていきたくないの。……どうする?」


「私は、フランの選択に従うぜ」


「………」


 クラーラとレベッカが、私の返事を待つ。


(……ここにいるのは、全て、私が選択したこと。それにレベッカを巻き込んでいる。ママの待つ家まで辿り着く。そのために、私たちはここにいる。今更、逃げたりしない)


「レベッカ、ごめん。もう少しだけ、私のわがままに付き合って」


「———!ああ、もちろん!どこへだって付き合うぜ!」


「ふふっ、2人は勇敢だなぁ。私が初めて戦場に行ったときは、怖すぎて途中で戦線から逃げちゃったよ。もう軍には戻らないはずだったのに、ジェシカさんが私を見つけてこっぴどく怒ったの。『逃げるなら、私に言ってから逃げろ!でなければ、お前の生存を保証できない!』って。逃げたことに対しては全然怒ってなかった。訓練学校では、敵前逃亡は許されないって教えられてたから、心底驚いた。心底、かっこいいって思った。その日から、私は一生この人について行くって決めたの」


 クラーラは、昔を懐かしむように、少し微笑む。そして私たちの目を真っ直ぐ見た。


「2人とも、逃げたくなったらいつでも言って。私が必ず、2人の退路を守るから」


 クラーラもまた、歴戦の兵士(ジェシカさん)の背中を見て、ここまで生き抜いてきた猛者の1人だ。そんな彼女の言葉には、頼もしさと、そして優しさが滲み出ている。


 手の震えは、いつの間にか止まっていた。


 だがそれと同時にトラックの揺れが徐々に激しくなるのを肌で感じていた。



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