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Re:ヒールオブザクリーク〜少女回復戦記〜  作者: 川口黒子
序章 首都陥落
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プロローグ/昔の夢

「皆さん、席についてください」


 特別な小学校、無機質な教室の中で、今日も授業が始まる。患者服を真っ白に染めたような制服を着た生徒たちが、教師のひと声で皆各々の席に座った。


 彼らの瞳は、窓から差し込む太陽光によって輝かしく光っている。窓の外には青々とした草原と、透き通った湖、そしてその奥に、山頂付近に1年中雪が積もるほど標高の高い山脈が広がっている。


 この場所を地図上で特定するのは困難だ。たとえできたとしても、入り込むことは不可能に近い。そんな秘境の地に、この小学校はある。そのことを、学校にいる生徒たちは知る由もない。


「それでは、授業を始めます。今日は初めての歴史の授業です。歴史とは、過去に起きた出来事をなるべく客観的に、そして正確に記述したものになります。歴史を学ぶことで、過去の教訓を今に活かし、より良い未来を思い描く手助けになるでしょう。では、教科書の4ページを開いてください」


 生徒たちは皆一斉に指定されたページを開く。


「第一章、奇跡の時代。この章では、聖暦から回暦に変わるまでの歴史について学んでいきます」


 教師は教科書を片手に持ちながら、黒板に巨大な1つの大陸の図を描いた。


「今現在、大陸は4つ存在していますが、約2億年前は1つの大陸だったのです。この頃この大陸に生息していた生き物の中で、最も繁栄していたのが"妖精"です。"妖精"は複数存在していたことがわかっています。ですが———


「先生!質問があります!」


 教師の説明の途中で、1番後ろの真ん中の席の女の子が元気よく手を挙げる。


「どうぞ」


 先生からの承諾を受けると、女の子は勢いよく立った。灰色の髪が揺れてキラキラと光る。


「妖精って、ファンタジーの中のお話ですよね?本当に"生き物"として存在していたんですか?」


「いい質問ですね。それを次に説明しようと思っていたところです。妖精は、古代のどの文献でも存在が語られています。さらに、人類の歴史において彼らの影響が非常に大きいことが科学的にも証明されています」


 先生のその言葉を聞いて生徒たちは嬉しそうに周りの友達と話し始める。


「すごい!妖精って本当にいたんだ!」


「妖精さんはどんな姿だったんだろう……?」


「今もいるなら会ってみたい!」


「ですが」


 生徒たちを鎮めるように教師は少し大きな声で言った。


「今は存在しません。それに、妖精の具体的な容姿や、彼らがどんな理由で滅亡したかは未だに判明していません。ただし、数多の哺乳類の中の1種に過ぎなかった人類が、他と全く異なる進化をするきっかけを創り出したと言われています」


「先生!もうひとつ質問があります!」


 立っていた女の子は再び手を挙げた。今度は先生の許可を待たずに質問をする。


「どうして妖精がきっかけをつくったとわかったんですか?」


「分かったと言うより、推定した、規定した、と言ったほうがいいかもしれません。のちの授業でも取り上げますが、回暦以降の人類は、"魔法"が使えました。"勇者"もいましたし、"魔族"もいました」


「ゆ、勇者?魔族?」


「不思議に思うかもしれません。ですが、その時代にはいたのです。事実として扱われていたのです。もちろん、今は皆さんご存知の通り、それらはただのファンタジーとして扱われています」


 教師はずっと立っていた女の子に座るよう指示を出す。女の子は座ったあとも、前屈みになって教師の話に耳を傾けていた。


「時代が経つにつれて、魔法と呼ばれていたものは次々と科学に置き換わっていき、暗黒大陸に生息する魔族を一掃した勇者は、別の大陸に住む先住民を虐殺した侵略者だと言われるようになったのです。我々人類の客観的視点は、このように変化するものなのです」


 教師の説明を聞いた生徒たちが、ざわつき始める。皆、こう疑問に思ったことだろう。『だったら妖精だって、今はファンタジーではないのか』と。それに対する答えを教師は少し回りくどく説明する。


「観察と検証によってあらゆる法則を発見し、これまでの客観的視点を刷新してきた人類が唯一、奇跡、魔法、科学の時代を経てなお、変わらず"事実"として扱うほかない事象が存在します。それが何かわかる人はいますか?」


 ほとんどの生徒が首を傾げる中、さっきの女の子が自身満々に手を挙げる。だが、彼女の他にもうひとり、手を挙げた生徒がいた。彼女の隣りの席に座る、薄緑髪の女の子だ。


「ほぼ同時だったので、2人いっしょに発言してください。恐らくあなたたちなら回答は合っているはずです」


 そう言われ、2人は互いに見つめ合う。今まで会話をしたことはなかったが、"天才"と呼ばれる者同士、少し意識はしていた。


「私がせーのって言うから、それに合わせてね」


 灰色の髪をもつ女の子が小声で話しかける。


「うん」


 薄緑髪の女の子は小さく頷く。


「いくよ、せーの」



「「回復(ヒール)のことです!」」



 2人は答えが同じであったことに安堵し、互いに微笑む。


「正解です。そしてその回復(ヒール)を発生させる微生物こそが、"妖精"が進化した姿だと言われています」



 ▲▽▲▽▲



 今この世に唯一実在するファンタジー。それが回復(ヒール)


 "妖精"の残滓が、今も私たちの生活を支えている。


 私は回復(ヒール)を使える人間だった。


 だから先生の話を聞いたとき、心から胸が躍った。


 私は、なんだってできる。


 なんだってできた、"妖精"になれる。


 そんな幼い頃に描いた夢は、戦争の記憶に掻き消された。



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