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第六十話 隠されたアルバム

 楓の誕生日は、母の命日でもある。


 幼い頃の誕生日は、ケーキの甘い香りと線香の香りが混ざり合っていた。楓が成長するにつれてロウソクは増えていき、線香は減っていった。


 母の死も、祖母の狂気も、風化していった。一人の心の中を除いて。


 その年、おとうさんは単身赴任になり、姉妹二人暮らしになった。


 それを契機に、君乃は努めていた会社を辞めて、自分のカフェを持つことに決めた。開店準備は予想以上に大変だったようで、毎日のように右往左往していた。しかも生活費のためにバイトまでしていた。


 結果、楓は独りでいる時間が増えていった。


 忙しいから、と家族に後回しにされる度、楓の中で不満がたまっていき、ナイーブになっていた。


 毎夜、寝る度に悪夢を見た。


 5歳の誕生日での出来事。祖母にメチャクチャにされた誕生日パーティ。そして告げられた『あなたが死ねばよかったのに』という残酷な言葉。


 あの後、おとうさんからもお姉ちゃんからも「そんなことないよ。楓が生きていてくれて、すごくうれしい」と涙が出るような優しい言葉を掛けられた。しかし楓の心の傷は()えることは無く、ずっと残り続けていた。


 その日、探し物のため家中を探索していた。


(あーもー、名前を呼んだら、はーい、って出てきてくれないかな)


 試しに「アルバム出てきてよー」と大声を出しても、何の返事も返ってこなくて、ため息をついた。


 この時はまだモノの声が聞こえていなかった。チョメチョメが目覚めるのはもう少し後の話だ。


(おかあさんのアルバム、絶対にあるはずなんだけど)


 きっかけは小学校の同級生との会話だった。母親に若い頃のアルバムを見せてもらった、という話を聞いたのだ。そして気づいた、自分が全く母親のことを知らないことに。


 顔や名前を知っているのだが、


(ちゃんと知らないといけない気がする)


 楓は母の顔を遺影でしか見たことが無かった。おそらくは意図的に隠されていたのだろう。


(あのおとうさんが残していないわけがない)


 子供の頃の写真はなくとも、おとうさんとおかあさんが出会ってからの写真は必ずあるはずだ、と確信していた。


 ろころが、リビングや台所、玄関すらもひっくり返しても見つからない。


 残るは仏間だけだった。入る寸前に二の足を踏んだが、覚悟を決めて突入した。


 しかし仏間には仏壇以外に何もなかった。ふすまがあるのだが、収納スペースはもぬけの殻で、他に家具などは一切ない。


(おかしい。さすがにおかしい)


 仏間にしても、この部屋には物がなさすぎる。特に楓が苦手としている場所なのだから、尚更だ。


(おとうさんとお姉ちゃんなら、絶対ここに色々隠すはずだ)


 君乃と青木父は、まだ10歳の楓よりズボラだ。楓が常に目を光らせておかなければ、机の上は物でいっぱいになり、家庭では「あーしろこーしろ」と指示を飛ばすのは楓の役目だし、他の二人もそれに渋々と従っている。それどころか、青木父の単身赴任の引っ越し準備さえも、ほとんど楓がやっていたのである。


 そんな二人が、自主的にここまでキレイに片づけているのは異常だと言える。まるで、ここに何もないことをアピールしているかのようだ。


(絶対ここに何かある)


 それがアルバムなのかはわからない。しかし楓に隠したいものがあるのは確かだ。


(そうなると、仏壇のどこかが動くとか……)


 ドラマの中の探偵になった気分になりながら仏壇を調べ始めてみると、影に収納スペースを見つけた。


(あ、アルバム。それと……缶の箱?)


 そこにはお菓子の箱と、何冊かのアルバムが仕舞われていた。あまりホコリをかぶっていないところを見るに、頻繁に取り出しているのだろう。


 まずはお目当てだったアルバムを開く。


(え、うそ……)


 意外なことに、おかあさんの幼い頃の写真が並んでいた。しかしそこは些細な問題に過ぎなかった。


 最初に目に入ったのは、


(わたし……?)


 写真に写っていたのは楓だった。


 いや、知らないシーンばかりなのだから、写真に写っているのは楓ではないことは本人が一番知っている。しかし写真に写っている女の子の容姿が、あまりにも似すぎていた。


 写真の下には『○○年4月 理咲 小学校入学』と書かれていた。


(おかあさん、なんだ)


 少し気分が落ち着いて、隣にいる大人の男女に意識が向く。


(じゃあ、この人が、あの祖母で、隣がおじいちゃん?)


 おじいちゃんだと思われる男性は、いかにも優しそうな顔をしており、


 しかしなんとなく気持ち悪い、と感じた。それがなぜかわからないが、とても不穏なものに見えた。


 アルバムを捲っていく。


 10歳ごろまでは大量の写真が並んでいたのだが、ある時期を境に


 しかしある時を境に、記念写真は全くなくなった。あったとしても、入学式や卒業式ばかりで、どれもこれもが浮かない顔ばかりをしている。


 明らかに何かがあった。


(何があったんだろう)


 なんだか見るのが嫌になってきて、アルバムを閉じた。


(あとは缶の箱か)


 楓は恐怖半分興味半分で開けた。


(DVD……)


 そこにはDVDが入っていた。無地の表面にはマジックで文字が書かれていた。『君乃 成人のお祝い』と。


 それらはビデオレターだった。君乃に宛てたもの、青木父に宛てたもの、そして楓に宛てたもの。


「こんなの、あったんだ……」


 楓は一度も見たこともなければ、家族から聞いたこともなかった。その事実があまりにも重くて、めまいがした。


 考えないようにしても、考えてしまう。なんでおとうさんとお姉ちゃんがビデオレターを楓から隠したのか。楓に気を遣っているのだろうか。それとも見せたくない、と拒絶しているのだろうか。


(わたしがおかあさんを殺したから、なのかな……)


 心の底では否定したくても、否定できるだけの材料が無い。それどころか、自分が本当に家族として受け入れられているのか、すらも不安になってしまう。


(血が繋がっているから、しょうがなく面倒を見ている、とかないよね?)


 おとうさんが単身赴任をして、お姉ちゃんはカフェの開店準備に忙しくて、会えていない。 今、家族が楓から離れて行っている。


 さらにはカフェになる建物に引っ越す、という話だってある。もちろん楓も一緒に引っ越すものだと、勝手に思っていた。しかし記憶をいくら掘り返しても、一緒に引っ越そう、と君乃から言われた記憶が無いのだ。


 最悪な考えが脳裏をよぎる。


 今起きている状況が、もし、楓を捨てるための準備だとしたら――。


(いや! そんなのいや!!)


 考えるだけでも血の気が引いていく。

 

 現実逃避をするように、急いでアルバムとビデオレターを元の場所に戻した。


 ふと顔を上げると、母の遺影が目に入った。さっきまで微笑んでいるように見えていた写真が、今度は悲しんでいるように見えた。


(なんで……?)


 まるで遺影に故人の遺志が宿っているように見えた。


「ただいまー」と突然君乃の声が聞こえて、飛び上がった。


 顔を合わせるのが怖くなって、ついトイレへと隠れてしまう。足音を聞きつけたのか、君乃がドア越しに声を掛けてくる。


「お腹でも壊したの?」

「う、うん。そんなところ……」

「大丈夫? 薬持ってくる?」

「お腹冷えただけだから大丈夫」

「そう? 悪くなる前に言ってね」


 足音が遠くに行くのを聞いて、ため息をついた。不満の対象は二つあった。こっちの気も知らずに呑気な姉と、気が弱い自分だ。


(訊けば楽になれるんだろうけど……)


 万が一にでも捨てられる可能性がある限り、訊けるはずもない。


(あ、やばい。本当にお腹痛くなってきた)


 いろいろと考えている内に、お腹から嫌な音が鳴り、苦々しい顔を浮かべるのだった。


拙作を閲覧いただきありがとうございます


【大事なお知らせ】


この小説を通して、あなたの何かが満たされたら、評価・レビュー・応援をしていただけると嬉しいです。


その優しさにいつも救われています


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