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第二十一話 化け物退治 in 夜の校舎②

 少年の絶叫が暗闇の廊下に響き渡る。


 廊下からベコンと音が鳴った。陸は叫んだ。


 目の前を何かが横切った。陸は叫んだ。


 音流がくしゃみをした。陸は叫んだ。


 何か風のようなものが突き抜けていった。陸は叫んだ。


 挙句の果てには自分の叫び声の木霊に驚いて叫んでいた。


「そんなにビビリなら一緒に来なければよかったじゃないですか……」


 陸に抱きつかれて歩きづらそうな音流は、不服そうに頬を膨らませている。


「だ、だだだだだっって、ひぃっ! ひとりはあぶぶぶない」


 陸は恐怖に震えるあまり、まともに話すこともできなくなっていた。さらには足腰も立たなくなっており、音流の腰にしがみつくことでなんとか歩けている状態だ。


 懐中電灯を失った二人はスマホのライトで足元を照らしているが、暗闇の中ではあまりにも心細い。好奇心が強く暗闇に物怖じしない音流にとっては問題ないが、陸はそうではない。


「同志がここまで怖がりなんて意外ですよ」

「だ、だからっ、かえろぉっ!」

「ここまで来て何をいってるんですか。毒を食らえば皿まで、ですよ」


 音流にはここまで来て引き返すという選択肢はなかった。陸は夜の学校に入るより、暗闇の中独りにされる方が怖かった。結果、二人で夜の校舎に侵入することになっていた。


「そんなに大声を出してると化け物に見つかっちゃいますよ」と音流が茶化すと

「シカタナイジャン!」と陸は半狂乱で抗議した。


 対する音流は全く恐怖している様子はなく、遊園地の中にいるかのように鼻歌まじりに楽しんでいる。その姿が頼もしく見えて、陸は自然と腕に力を入れた。


「えっと、もう少し力を緩めてくれませんか?」


 陸は口を一文字に結び、首を横に何度も振った。


「もしウチが今いなくなったらどうするんですか」

「そんなの考えたくない!」


 それは心の奥底からの懇願だった。


「もう、同志はしょうがないですね。」


 音流はぐずる赤ちゃんをなだめる母親のような表情を浮かべて、陸の頭に触れた。


「でも、すみません。お手洗いに寄りますね」

「え!?」


 いうや否や音流は陸を引き連れて近くの教室に入った。トイレから少し遠い場所なのは、音を聞かれるのが恥ずかしいからだろう。


「がががまん、できないぃ?」と陸が縋りつくと

「ムリです。もう漏れそうです。なので離してくれませんか?」と音流は子供に諭すように言った。


 しかし陸は腕の力を緩めどころか、さらに強くして離そうとしない。


 音流は顎に手を当てて考え込んだ後、何かを閃めいてスマホを操作し始めた。


「ちょっとこれでも見ていて待っててください」


 音流が突き付けたスマホの画面を見た瞬間、陸は腹ペコの子犬のように食らいついた。

 

 体の震えはピタリと止まり、画面に釘付けになった。効果はてき面だったようだ。


「本当に好きですね……。ここまで来るといっそ清々しいです」


 スマホの画面に映っているのは『Brugge(ブルージュ)喫茶』のレアチーズケーキの写真だった。


「それじゃあ、同志、大人しく待っててくださいね」


 陸は教室のドアが絞められたことにすら気づかないほど、レアチーズケーキの写真に夢中になっていた。


 それから三分程経過した頃、スッキリした顔の音流が教室に戻ってきた。しかし陸の様子を見てギョッとした表情に変わる。


 陸はレアチーズケーキに夢中になるあまり、スマホの画面に涎を垂らしていたのだ。


「えっと、その、スマホを返してくれませんか?」


 音流が少し強引にスマホを取ると、陸は「ああっ!?」と情けない声を上げた。


「あれ? レアチーズケーキはどこに!?」

「スマホの写真ですよ。本物はありません」

「あれ、そうだっけ……」


 陸は唖然として、周囲を見渡している。だがすぐに暗闇の恐怖から怯え始める。


 さりげなくスマホをハンカチで拭きつつ音流は


「同志はある意味化け物より末恐ろしいですよ」と力なく呟いた。


 まるで定位置にもどるかのように陸が音流にしがみついた後、変化があった。

 遠くから何かの声が聞こえた。それは普段耳にする音とは異なり、化け物が発しているものだと理解するのに時間はかからなかった。


 陸は「ヒィィッ!」と声を上げながら音流の脇腹に顔をうずめた。


 音流はそんな陸をスルーして、耳をそばだてる。


「んー、やっぱり不思議な声ですね」


 音流の言葉に促されるように、陸も聞いてしまう。おどろおどろしい音。まるで洞窟の奥底から漏れ出る動物の断末魔のようで、恐怖のあまりにまた叫んだ。


「場所はやっぱり音楽準備室の方向ですね。さあ、善は急げ。行きますよ同志」

「なんでそんなに平気なの!?」

「同志のレアチーズケーキ愛よりは恐ろしくないですから」


 陸と音流はお互いに畏敬の念を抱きつつ、教室を後にした。

 


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