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第十九話 思春期のプレゼントはまさに迷宮②

 楓が手に持っていたプリントが落ち、叫んだ。その叫びは「キャ————」という甲高い悲鳴ではなく「ぎゃああああああ」という心底の恐怖から来た絶叫だった。


 それを聞いた男二人は目を丸くしながら、顔を見合わせた。どちらも「どうしよう」と言いたげだけで、まるで鏡と見つめ合っているようだ。


「何をやってるの!?」と半狂乱になりながら楓が訊ねた。

「女の気持ちになろうと思った!」と自棄やけになった陸が言い切った。

「アホなの?」


 鋭い罵倒に陸は何も言い返せなかった。


「なんで女の気持ちになろうとするの……」と楓がため息をつくと

「俺がプレゼントについて相談したからなんだ」と用務員がフォローを入れた。


 用務員に声を掛けられた瞬間、楓の顔が変わった。さっきまではうんざりと言った顔だったのだが、今は不機嫌さを微塵も感じさせない微笑みを浮かべて


「あ、そうなんですか」と返事をした。


(なんか僕への態度と違くないか?)


 不服な顔をする陸をよそに楓が


「よかったらわたしが相談に乗りますよ」と続ける。


「あ、ああ。そうか」と用務員は狼狽えながらも話し始めた。


 何故か所々言い淀んでいたが、陸にしたのと同じ内容だった。


 つまりは思春期の少女のプレゼントは何がいいか、という話だ。


 只今思春期まっさかりの少女は、次のように答えた。


「うーん。わたしだったら"生ハムの原木"が欲しいです。一度でいいから触ってみたいし、食べてみたい」


 陸は"生ハムの原木"と聞いて小首を傾げた。"生ハム"を食べたことはあったのだが、肉である生ハムに原木がある、という話が不可解だった。


「生ハムの原木って、薄く切る前の生ハムだよな? 若い頃に買ったことがあるがやめた方がいいぞ。切るのも面倒だし、切った後は腐らないようにオリーブオイルとかを塗らないといけない。極めつけには部屋がハム臭くなる。一人暮らしの贅沢にはいいかもしれないがな」


 用務員の説明を聞いて、陸はさらに考え込んだ。陸の頭の中にある"生ハム"とは鮮やかな赤色をしており、とろける様な触感と強い塩味がきいた食べ物だ。切る前の生ハムの姿を想像できなかった。しかもオリーブオイルを塗る、という情報も思考を混乱させた。


 陸が"生ハムの原木"の迷宮に迷い込んでいる中、楓は次のアイディアを出し始める。


「だったら、アゲートがいいですね」

「アゲート?」


 今度は用務員でも知らないものらしく、ハテナマークを浮かべている。楓は自慢げに人差し指を立てながら話し始める。よっぽど用務員に説明するのがうれしいのだろう。


 「瑪瑙(めのう)とも言って、パワーストーンの一種です」


 陸はパワーストーンという言葉の胡散臭さに嫌な顔をしたが、楓は興奮気味に瑪瑙とはどういう物なのかを話し始めた。


「アゲートはみんなが最初に想像するような、アメジストやダイヤみたいな透き通るようなキレイさとは違うものを持っていまして、独特の縞々模様が魅力的なんです」

「へー、面白いな」と用務員は感心したように相槌を打った。


 さらに気をよくした楓は、もっと饒舌に語り続ける。


「さらには染色ができるので、アクセサリーを作ろうと想像するだけで……。一度でいいから原石からネックレスを作ってみたいんです」

「はえー、そうなんだな」


 年の功だろうか、用務員は非常に聞き上手だ。話の合間に相槌を打ち、内容に合わせて表情も変えている。それに対して、陸はずっとぶっきらぼうなままだ。


 陸としては「お前に対するプレゼントじゃないんだぞ」と文句を言いたいたのだが、話している楓の表情があまりにも無邪気過ぎて、気後れして口を挟めないのだ。


「どうですか?」

「ああ、参考になったよ」


 用務員のお世辞がうれしかったのか、楓はスキップしながら去っていった。


 嵐が過ぎ去ったことで、陸はやっとため息をついた。


「すみません。青木はあーいうヤツなので」


 陸から見ても楓のプレゼント案が的外れもいいところだった。しかし用務員は満足げに頷いていた。


「いいや、助かったよ。これ以上ないほどに」


 用務員は歯を見せて笑った。


(なんで自信満々なんだ)


 とてつもなく不安になった陸は、心の中で名前も知らない姉妹に向けて謝罪するのだった。


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