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第十八話 思春期のプレゼントはまさに迷宮①

 放課後。帰宅途中の廊下にて。


 なし崩し的に音流の化け物退治に付き合うことになった陸は陰鬱な表情を浮かべていた。


(イヤだなぁ)


 それでも約束した以上、守ろうとするのが陸という少年だ。


「おお、君は青木と腕時計を探していた男の子だね」


 陸の暗い雰囲気を見て声を掛けてきたのは、通りすがった用務員だった。


 名前を憶えられていないことを察した陸は


「鈴木です。鈴木陸です」と自己紹介をした。

「覚えやすくて、年寄りに優しい名前だ。さては君はいい子だね」

「名前を憶えやすいからって、人がいいとは限らないと思いますよ……」


 オレンジ色の作業服に負けないほどの明るい笑顔を浮かべて、用務員はガハハと豪快に笑った。


「そうだ。腕時計は見つかっただろ?」

「いいえ」


 陸が沈んだ声で返すと、用務員は目を見開いた。まるで見つかると確信(・・・・・・・)していたかのような反応だ。

 しかしすぐに取り繕って


「なあに、すぐに見つかるさ」と言いながら動揺を隠してしまった。


 陸は一瞬疑問に感じたものの、そこまで気にすることはなかった。それよりも、用務員さんなら化け物について知っているかもしれない、という考えに意識が向いていたからだ。


 早速訊ねてみたのだが「そんな話を聞いたような」とか「あ、うん、そうだな」などのあやふやな返答ばかりで、いまいち要領を得ない。

 受け答えに疑問を感じた陸の視線を感じた用務員は露骨に顔を逸らした上に「そうだ!」と話題までも逸らし始めた。


「化け物で思い出したんだが、ジム仲間から聞いた話なんだが、化け物みたいな歌声を持つ子がいるらしいんだ」


 話好きな用務員は口を挟む暇もなく語り始める。



 そのジム仲間の元恋人には中学生の妹がいて、最近家の中で歌の練習をしている。

 だが、その妹がとんでもない音痴な上に大音量で歌うものだから、建築現場のようにうるさいらしい。

 ジム仲間の元恋人は最初の内は頑張ってるなと静かに見守っていた。しかしつい先日我慢の限界を迎えて大噴火してしまった。

 結果的に歌の練習をしなくなったが、少し姉妹間でギクシャクするようになってしまった。

 元恋人は言い過ぎたと今でも悔やんでいるそうだ。



「なんで今、そんな話を僕にするんですか?」


 露骨に話題を逸らされて不機嫌な陸が言うと、用務員はフフンと自慢げに鼻を鳴らした。


「ジム仲間がその元恋人——つまりは姉の方だな、に仲直りのプレゼントについて相談されたんだと。ジム仲間は罪なヤツでな。プレゼントを受け取ることがあっても、プレゼントを贈った経験がほとんどないらしい。

 悩んだ末に、中学生の孫がいる上に中学校で仕事をしている俺にお鉢が回ってきたってわけだ。だが、俺は最近の流行やら好みっていうのがてんでわからなくてな。孫に何度怒られたことか……。

 そこで用務員の人脈を活用しようと思いついたのさ」


 全く歯に衣着せぬ物言いに毒気を抜かれて、陸は目を細めた。


「申し訳ないですけど、僕も似たり寄ったりですよ」

「妹がいるんだろ? 誕生日プレゼントとか用意してるんじゃないか」

「僕の妹は基本的になんでも喜ぶんで参考にならないです。きっとそこら辺の小石でも喜びますよ」

「そうか。それは羨ましいな」


 陸は冗談だと思われていることを察したが、今は重要ではないと押し黙った。


「もういっそのこと、花やぬいぐるみでいいんじゃないですか。無難ですよ」と陸が投げやりに言うと

「それが花やぬいぐるみはあまり好きじゃないらしい」と用務員は首を横に振った。


 ずいぶん変わりものだな、と陸は唸りながら何か引っかかるものを感じていた。しかしその正体を掴めず、横に置いておくことにした。


「そんなんだから姉でも何が正解か分からないらしい。思春期だから特に気難しいからな」


 陸は用務員の困り顔を無視することができず、首を傾げて考え込み始めた。


 すると突然、体をくねらせ始めた。その動きはまるで卵とじにされるドジョウのような不気味があった。


「何をやってるんだ?」


 用務員は驚きのあまり目を見開きながら一歩退いた。


「女子っぽい動きをすれば女子の気持ちが分かるかと思いまして」と陸は奇天烈な回答をしたのだが


 ノリがいい用務員は


「なるほど、俺もやってみるか」とあろうことか同調してしまった。


 夕日が照らす中学校の廊下。そんな普遍的な光景のど真ん中で、男子中学生と初老の男性は体をくねらせたりセクシーポーズをとったりしている。一般的な女性像というよりは、マリリンモンローの下手な真似っこをしているのだ。


 見る人が見れば発狂モノであろうその光景を目撃したのは、二人の共通の知人だった。


 楓が、ムンクの叫びのような表情で突っ立っていた。

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