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第十七話 宿題は化け物

 昼休み。


 陸は弁当を食べ終え、用を足すために廊下に出ていた。


 ふと窓越しに見える空を見上げる。


 自然と背筋が伸びる様な晴天だが、陸が見ているのは空ではなかった。視線の先にあるのは浮かぶ真っ白な雲だ。その形状はレアチーズケーキに見えなくはない。


「あ、同志!」


 偶然通りかかった音流に声を掛けられて陸は「お、日向」と反応した。


「ちょうど探していたんですよ」

「なに? また宿題忘れた?」

「もう忘れて叱られた後なんで問題ありません!」

「せめて反省してよ」

「宿題一つで反省する余裕なんてウチにはないのです。それに宿題を忘れるのは悪いことばかりじゃないですよ」

「どういうこと?」


 何か話したいことがあるのだと察して催促した。


「昨夜、忘れた宿題を取りに学校に侵入したんですけど、なんと化け物に出会ったんです!」


 音流は天真爛漫に飛び跳ねた。化け物に出会った女の子の反応には全く見えない。


「まるでスプラッター映画のような体験でした」

「それは大変だったね」と陸が頬を引きつらせるのとは対照的に音流は

「すごく興奮しました!」と頬を上気させた。


 陸の意思を無視して、音流は昨夜の恐怖体験を語り始める。

 


 昨夜の出来事です。


 家に帰って夕食や入浴を済ませた後「さあて今日こそは!」と宿題に取り組もうとしたんです。ですけど、なんと! ノートを教室に忘れてしまったことに気付きました。


 もう8時を過ぎていて校門も閉まっていたので、ちょちょいと不法侵入することにしました。


 校舎は真っ暗だったのでスマホのライトで照らして進んでいきました。ホラーゲームみたいですごくドキドキして楽しかったです。


いえ、侵入の口実のために忘れたわけではないですよ……?


 ……ゴホン。


 無事に宿題のノートをゲットして(きびす)を返すと、ふと変な音が聞こえることに気づきました。


 最初は暴走族が近所を通っているのかと思いました。ですけど、バイクや自動車のエンジン音とは明らかに違うと気づくのに時間はかかりませんでした。もっと自然的で、化け物馬のいななきのようでした。


 怖かったんですけど、好奇心を抑えられずに音の元をたどることにしました。


 ええ、言いたいことは分かります。危ないですよね。ですけど、ウチは本能から沸き上がる冒険心を抑えきれませんでした。


 耳を澄まして校舎内を探索していると、音の発生源は音楽準備室にあると突き止めました。そうです。音楽室の隣にあるこじんまりとした部屋です。


普段は鍵がかかっているはずなんですけど、ドアノブを回すとすんなり開きました。


 え? なんで開けたかって、気になるじゃないですか。開けないと正体が見えないじゃないですか。危ないって少しだけは考えましたよ? でも、大丈夫だと思いました。ただの勘ですけど。それに死んだら死んだでそれは構わなかったので。


 ……そんな苦々しい顔はやめてください。今更罪悪感で苦しくなります。


 トニカク!


 なんとそこには化け物が居たんです。


 下から舐めるように観察すると、清楚なワンピースを着た女の子に見えました。体格からウチと同年代だったと思います。


 しかし頭部が見えてくるにつれて恐怖が湧き上がってきました。


 なんと頭部が化け物じみた形状をしていたのです!


 暗くてシルエットしか見えませんでしたが、側頭部から大きな翼でが生えていました。バサバサと高速で羽ばたいていて、周囲に漆黒の羽が散らばっていました。


 ウチと目が合った瞬間、化け物は奇声を上げ始めました。その鳴き声もまた奇妙で、二つの音が重なっているように聞こえました。まるで全く別の生物が無理矢理くっつけられているかのようでした。


 叫び終わると、今度は電気を流されたタコのように踊り始めました。そう思ったのもつかの間、前につんのめって倒れました。


 倒れる寸前、翼の生えた頭部だけが体を置き去りにして飛んでいったのは予想外でした。とっさに屈んで避けましたけど、紙一重でした。


 頭はそのまま夜空に消えていきました。残った体は甲高い声を上げながら起き上がって、頭を追いかけていってしまいました。


 ポツンと置いてけぼりにされたウチは、しばらくして正気に戻って帰りました。


 両親に見つからないように抜き足差し足忍び足で自室に戻った後、興奮のあまり叫んでしまい、すごい勢いで詰め寄られちゃいました。


 悔しいのは、わざわざ取りに行った宿題のことが頭からすっぽ抜けてしまったことです。そのせいで先生に怒られました。残念です。

 



 語り終えた音流は、陸に向けて爛々とした瞳を見せつけた。陸は嫌な予感を覚え、一歩退いたが、不運なことに背後は壁だ。


「それで同志。お願いがあるんです」

「な、なに!?」と陸は上擦った声を上げた。

「一緒に化け物を倒しに行きませんか?」


 陸は露骨に顔を歪めた。しかしそれは音流の話を聞いたせいだけではなかった。


「えっと、うん。わかったわかった。ええと、だから——」


 陸としては「バカなのか」とたしなめたかった。しかしそんな余裕はない。


 陸はトイレに行くために廊下に出て、楓の長話につかまってしまっていた。こんなに長い話になるとは予想していなかった。


 つまり彼の膀胱は限界を迎えそうなのだ。


「ごめん。そろそろ限界だから!」


 予鈴が合図かのように、陸は内股で駆け出したのだった。


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