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三墨村には今日も人間がいない  作者: 壱﨑ノル
冬の三墨村
7/9

初めまして


「!」


私がびっくりしたのは、その衣装が見慣れなかったからでも、大きい男の顔が知らない種族のものだったからでもない。



「...あ!」



銀髪の子が、入り口で固まっている。


どうやら、彼女も気付いたらしい。すなわち...


相手は人間だった。私と彼女、どちらにとっても。



・ ・ ・



「こんな珍しいこともあるもんだな、長生きしてるとよ。まさか同じ日の朝に人間さんが3人も訪ねてくるとはなぁ」



こんなこた初めてだ、と豪快に笑う岸礫さん。私だって初めてだが、彼ほど長寿のものでも初めてとなると、いよいよ人間は珍しい存在なのだろう。


あの後、灮は目的の薬を調達し終えたので、母を待たせる訳にもいかず、私が薬屋に残る形で別れることになった。



「簡単な傷薬を頼みたい、できるか」「朝飯前だぜ」



髑髏(どくろ)の男がそのバックパックから古びた財布を取り出した。注文のやり取りをする二人を眺めていると、突然話しかけられた。



「あなた、人間でしょ?」



隣の丸太椅子に座った銀髪少女が座る向きを整えながら聞いた。「うん、まあ」と曖昧な返事をして、しかし私は目を合わせられなかった。



...こんな早朝に二人も出くわすなんて、やっぱり髪を整えてから来るべきだった...



灮は特に気にしていないようだったし、彼自身寝癖が隠しきれていない節もあるので恥ずかしながらも勝手にセーフと思っていた。の だ が、彼女はそんな私達と対を貫くような、美しいストレート、綺麗に耳下で切り揃えられた銀髪である。顔立ちの良さも相待って、正面から見ていると自分が恥ずかしくなってくる...



「?」



しかし彼女の方は目を合わせにくる。自然に流したつもりでも、首ごと、あるいは上半身ごとかがみ込んで、どうしても合わせにくる。くる。くる。


諦めて、向きを正面に据え直す。そう、こんなことするために薬屋に残ったんじゃなかった。もう少し、彼女らについて知りたかったから。



「...私は、冥蓮(めいれん)はくれ。この村の、西の方に住んでる」



私が積極的になったのが嬉しかったのか、彼女はにわかに表情を明るくさせて、



「私はユティア!で、あっちのがニド。二人で、こっからずっと南のとこから来たよ」



と紹介を返してくれた。ここでまた「?」という顔をされたら一人芝居みたいになって恥ずかしさで死んでいたかもしれなかったが、期待通り行って良かった。


そしてやっぱり、彼女らはこの村のものではなかった。名前も、近頃はほとんど聞かない海外名である。それでいて、彼女の言葉の発音には全くカタコトさがなく、名前を知らなければここの人と思われてもおかしくないだろう。


空魚(うかな)は待つことに飽きたのか、部屋の端っこをくるくる周回している。薬の匂いには慣れたらしい。



「そうなんだ。家の人はどうしてるーーー」



それは会話を途切れさせないように適当に紡いだ言葉のはずだったが、私はあることに思い当たりそこでぷつりと切った。


ーーー確か三墨村と一番近い南の地域では、まだ内戦が続いていたはずだ。そこからここまではるばる危険を冒して、それもこんなに若い子が連れと二人だけで来たということは、恐らく、別れた彼女の家族はろくな状況ではないだろう。


そのことは、ユティアにとって大きな心的外傷(トラウマ)になっているはずだ。



...しかし、出た言葉は戻せない。



ニドと呼ばれた男の注文も終わった今、沈黙は小さな店内によく響いた。


不用意に触れてしまったであろう心の傷にその顔が少し曇ったが、(なぎ)を破った彼女の口調は相変わらず明るいものだった。


後悔している私を思ってか、「良いって良いって、そんなに気にしなくても」と屈託の無い笑顔で言ってくれる。しかしその言葉で、かえって私の予感は的中してしまった。だが今はその言葉に甘えるしかないだろう。



「そんなことよりさ、私達全然この村のこと分かんないんだ。お金とか少しも持ってないしどうやって働けば良いのか分かんないし...ニドはここ出身らしいけど、あいつが出て行った時とは様子がかなり変わってて、知らないことが増えてるんだって。だから、この村のこと教えてよ。」



唐突の依頼であった。


前屈みになって寄せながら聞いてくる。彼女のような美貌が顔の近くに寄ると、同性の私でもなぜかどぎまぎしてしまう。目線はやっぱり泳ぐし語尾はしどろもどろで、はっきりしない答えだったけど、私は提案を受け入れた。


おおー、と分かりやすく喜ぶユティア。



「ここまでも何回か誰かに頼もうと思ったんだけど、都合良さそうな人もいなくて。生憎(あいにく)私が...」



言葉を切って、机の下に入れていた足を上げて右膝を見せる。ついでに、絆創膏を貼った手のひらも。


足に履いた見たこともない黒い布が途中で裂け、赤黒く染まっている。傷は浅く、止血もしているが、それでも想像すると背筋がむず痒くなるような光景だ。



「...山降る途中で転んじゃって、私は良いって言ったんだけどニドが聞かなかったから、まずこっち(薬屋)に来たんだ」



足を下ろして引っ込める。確かにこれは放って置けないだろう。怪我の多い環境で育ったのか分からないが、遠慮できるものではないと思った。



「...ちょうど私も、今日何しようか考えてたとこだったからちょうど良いね」



作りかけのあれを進める予定もあったけど、どうせいつやっても同じことだし。



「ほんと?じゃあ、今日は一日一緒にいれるの?」



ずい、とさらに寄せてくる。服が際どい...



「...そう、だね」


「おおー!」


ぴょんと席に座り直すユティア。ちょうどその時、岸礫さんが麻袋を持って店の奥から出てきた。



「はっは、お嬢さんは朝から元気いっぱい、ですな」


「こいつはずっとそうですよ」



ニドさんが呆れたように、だけど嬉しそうに低い声で呟いた。



「良いことじゃあねぇですか、まったく」



岸礫さんがツノをてからせながら、もう一度がははと豪快に笑った。




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