お薬、ばったり
ガラさんに別れを告げると、私は灮と共に目的地へと向かった。自転車のカゴに乗せたかばんが、その振動に合わせて愉快な金属音を鳴らす。
道ゆく人は、私たちの周りを泳いでいる空魚に物珍しげな視線を時折よこした。
どうやら彼もまだ用事があるようで、これから中央区南西部の薬師を訪ねるのだという。その人の名には聞き覚えがあり、私も小さい頃よく世話になった。
そこは三墨村の中でも少ない医療施設で、この薬師が営む薬屋の他には、この中央区にある中央病院と、東区にある個人経営の歯科、あとは強いて言うなら北区中央道沿いの健康器具店くらいだ。
三墨村のような大きい村にとって、この数は少なすぎると言えるだろう。
そんな訳で、中央通りを南へぶらりぶらりと歩を進めている。日はまだ東へ傾いたままで、しかしその暖かさはいよいよ増してきている。
久しく合っていなかったので、溜まり溜まった話のネタには困らなかった。
彼から聞くもの全部が自分の世界を超えているようで、まるで新しい本を読んでいるように心が揺さぶられる。そしてそれは多分彼も一緒で、その落ち着いた、しかし輝かんばかりのその笑顔に、私のくだらない話でこんなに面白がってくれるのも、彼くらいのものだろう、と改めて思った。
不思議なことに、二人での時間は、一人の時とは比べ物にならないくらい早く過ぎ去っていった。
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周囲の見慣れた和風さに溶け込まない、装飾の施された洋風の木扉を灮が開けると、金属のドアチャイムが透明に響いた。
立て看板には「岸礫薬屋」の筆文字。開いた屋内は、和洋どちらとも取れない独特の雰囲気を醸し出している。...これは和洋折衷と果たして言うのだろうか。
薬の独特の匂いに空魚がぴくっと身を震わせる。
病気の母親を一人で待たせる訳にもいかない彼の用事を優先し、先に回るのは薬屋である。本当は私一人で自転車を取りに行っても良かったのだが、今日は特に予定もなければ、別段疲れている訳でもなかったので、彼と同行することに決めたのだ。もちろん、久しぶりに会って、もう少し一緒にいたいというのもある。というか、大方それだ。
「おう、もう来たか、朝っぱらだってのに早ぇな」
がははとわらいながら店の奥から出て来たのが、この薬屋の主人、岸礫さんだ。ピンと伸びた背だが、身長は高いとは言いかねる。右前頭から突き出した太いツノが、黒く照り輝いている。健康の証だ。もう120を超える老齢だが、日々の欠かさぬ努力と自身の薬で今日も元気もりもりである。私もかくありたいものだ、と会うたびに思わされる。
「頼んでた黒湯蜜と鏡波剤、あとクロウチの粉も二袋」「あいよ、ちょっと待ってな」
慣れた問答のようで、二人の会話には滞りがなかった。
いくつも並んだ棚から正確に目的の薬を取り出してく岸礫さんの背中を見ながら、ふと昔のことを思い出した。
体が弱かった私はよく病院の世話になり、その帰りにここで薬を作ってもらっていたものだった。病院の不安感から抜け出して、顔見知りのおじさんの薬をそこの椅子に座って待っていた。
雨の匂いをきつくしたようなこの不思議な匂いに包まれて、火照る体でぼーっとする。帰るよう誘われる頃には寝こけていたりして、思えばあの時は、病気であることも忘れてただひたすらに気持ちがよかった。
10歳を超えたあたりから病気にかかることは少しずつ減り、16になった今では大分落ち着いた。訪れる事が次第に減ったこの店では、私の懐かしい記憶がそのままの状態で保存されている。蘇った記憶の遠さにどこか寂しくもあり、嬉しくもあった。
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薬を取りにくることは予め言っていたらしく、岸礫さんが物を揃えるのにさほど時間は掛からなかった。
「1、2...全部で4袋。400円ね」
差し出されたしわくちゃの手に灮が硬貨を四つ乗せると、岸礫さんはぎゅっと握りしめ、会計台の横に吊り下げたいくつかの袋うちの一つの中にそれらをじゃらりと落とした。
「早く、よくなるとええがな」「もうだいぶ、よくなりました。来年には歩けるようにもなるかもしれません」
岸礫さんのおかげです、と灮が頭を下げると、彼は照れ臭そうに薄くなった髪をかいた。
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一通り挨拶が済んで、私たちがいざ外に出ようと思って扉に手をかけたまさにその時、薬屋に入ってきたのが彼らだった。
鳶色の瞳の銀髪の少女と、大きな荷物を背負った、白塗りの竜の髑髏を被ったような巨体。
三墨村の住人でないことは、一目で分かった。
ツノの平均寿命は100年ほどなので、岸礫さんはツノの中でも長寿な方です。
ちなみに人間は約60年、謎族は約50年、空族は1~100年とピンキリ。




