お上りさんと幼馴染
「ほぉー...」
白い息と共に、私は感嘆詞をぽつりと吐いた。
いつ見てもこの辺りの高層建築には驚かされる。
西区で一番高い物ですら三階あるかどうかという大きさなのに、中央区と来たら、六階はある美建築が道を挟むようにぼかぼか建っている。
コンクリートは生産量が著しく減少、というか生産されていないし鉄も既に大分限られた資源となってしまったため、この建築のほとんどはおそらく木造である。
にも関わらず、この高さ。
災害に遭えば積み木の如く崩れてしまいそうに思うが、今までにそう言うことはほとんど聞いたことがない。二階建ての自分の家さえろくな修理もできない私に、どうやっているのか見当などつくはずもないだろう。
建物が大きくなるにつれ、道幅も次第に広くなり、今歩いているこの道は人間の大人が5人横に寝転がれるほどはある。素材も、アスファルト(何十年も前から整備していないのでヒビだらけだ)から、手入れの行き届いた美しい石畳になっている。さすが、中央区。何でもかんでも規模が違う。
そして中央区の中央、いわゆる区心付近ともなると、人の数もまあ多いこと。ぼつぼつ並んでいた店はいまや連なって商店街となり、既に幾人かの客がその身を寄せている。空魚がはぐれないよう返り見しながら進む。
上に目をやると、高層建築たちが通りを跨いで互いに吊り橋を繋ぐ、建物間の移動を楽にする設備が増えてきた。一種の天井のようにも見えなくもない。これも、中央区ならではの景色だろう。
...良いアイデアだとは思うのだが、実際に渡りたいかといえば、私はNOである。それと、せめて繋ぐのは同じ階同士にしてほしい...斜めの吊り橋など、もはや恐怖体験でしかない。
人通りは時間が経つと共に増えてきて、道行く人とは何度か挨拶を交わしたりなどしているのだが、先ほどから一度も人間の姿を見ていない。少ない、少ないとは聞いていたものの、ここまでとは驚きである。三墨村最大人口を誇る中央区をもってして、未だ無人。いささか、やるせなさを感じざるを得なかった。
ーーーと、その時、目の端が見覚えのある白髪を捉えた。
見失わないように首を振ると...いた。八百屋で会計をしている。
私が近づくうち、会計をしていた女将が私に気づいたようで、手を降ってきた。
それで彼も気づいたようだ...振り返って笑った顔は、やはり間違いではなかった。
私は名を呼んだ。
「灮!」
「おはよう、はくれ。珍しいね、こんな遠いとこまで」
駆け寄って近くで見ると、前よりも背が伸びているような気がした。だけど多分、久しぶりに会ったから改めて意識し直したというだけだろう。
黒い和服に、白の羽織。私の配色とは反対である。薄物の素材でめちゃくちゃ寒そうだ。もっとも、彼が寒がっている様子はない。細いくせに屈強である。
彼は人間だ。両親ともれっきとした純血の人間で、今のところ、私の知っている純粋な人間は、彼を含めても10人にも満たない。
「言うけど、灮のとこも結構遠いと思う...灮は、なんでここに?」
彼の家である神社は、北区の中心付近である。私の方が遠いものの、彼もここから近いとは言い難いだろう。
「あたしの作った野菜が食いたくなっちまったんだろ?」
一笑に付されていたが、女将のガラは気にしていないようだ。彼女も幼い頃からの顔見知りで、親同様に世話をしてくれた恩深き人でもある。彼女の額には一対の美しいツノが生えている。美貌持ちだが、人扱いの雑さも相まってそれほど緊張せずに話せる、歳は違うが良い友のような関係だ。
「俺は母さんの薬になるものを買おうと思って。...だからそうか、野菜が目的だったって言うのも、あながち間違いじゃないかもね」
彼の母親は今、病床に臥している。何年か前からずっとその状態で、灮は常に彼女のことを心配している。気の毒だが、私にしてやれることはあまりない。風邪の治し方もよく分からない私は、いつも祈るだけだった。
「はくれは何しに来たの?」
そんな立派な目的を言われてから口に出せるようなものでもないのだが、これこれと旨を話すと、大変だね、と共感の意を示してくれた。
そうか、灮は自転車で来たんだ。 今更ながら思い当たり、ずるいぞ...と心の中で謎の惜し言を吐いた。帰りは乗って帰れると言うことに気づいたのも、今更である。
「どうしたんだい、その子は。可愛らしいじゃないの」
見ると、私の左肩に空魚が乗っかっていた。軽くて気づかなかった。
「昨日ご飯あげたら、懐いてくれて」
「空魚だよね。普通人間に懐かない...っていうか、同種以外の生物を見たらすぐ逃げるようなやつなのに。すごいな」
灮が感心したように言うが、私は初耳だ。
「空魚の、うーちゃんにしたらどうだい?ほら、うーーーーちゃぁーん」
空魚は何を感じたのか、バッと私の背中に隠れた。
ーーー名前はと聞かれてまだと言った時の、ガラさんの言葉である。
丁重にお断りしておいた。




