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三墨村には今日も人間がいない  作者: 壱﨑ノル
冬の三墨村
4/9

手擦る出立




目的地の決まった散歩はもはや"散"歩とは呼ばないのでは...?


などとふと気づいてしまった真理(?)に気を寄せつつ、穏やかな上りたての朝日を浴びながら遅いテンポを刻むように歩を進める。


右手に下げるかばんは、その中身をがちゃがちゃと歩に合わせて身を揺らしている。


空魚は、私の右前方を水平を保って泳いでいる。時折右手にまとわりついて、その冷たさで私の神経を変に弄ぶようなことをする以外は、至って従順に付いてくる。まるで長年の付き合いのようだ。もっとすぐどこかに行っちゃうかと思っていた私には嬉しいサプライズだった。



それで、なぜこんな早朝から遠出をしているかというと、それが面倒くさい用事で...。



簡潔に言えば、自転車がぶっ壊れた。


かなり老齢だったので、まだ保つのか、すごいなと思いながら乗り回していたら、案の定、右の停止具が、握った瞬間壊れた。接着剤で何とかなるレベルではないし、間違って稼働部に接着剤を塗りたくって仕舞えばオダブツになることも目に見えている。


もう一つ残ってるからセーフとか、そういう問題ではなくて、むしろ使っているうちにその一つが壊れたら終わりだ。


そんな訳で修理に出したのだが、これが遠い。


自分の家は三墨西区にあるのだが、その機械店は三墨中央区にあるのだ。


"中央"というのも出鱈目で、実際は南区ともほぼ同じ扱いである。南区の人口が少なかったこともあり、十数年前から南区は中央区と合併したのである。だからその目的地である機械店も、実際は南区と呼ぶのが相応しい場所にあるにもかかわらず、中央区などと言われるのだ。詐欺だろう。


・ ・ ・


移動手段が徒歩になるとこんなにも遠くなるとは...


冷風に手を擦ること、はや15分。


登り(くだ)りの厳しい西区は抜け出たものの、距離的にはここからが本番である。現在地は中央区の北西部に当たる...ここから、南北に伸びるこの中央区のほぼ真逆、南東区まで行かなければならないのだ。先述の通り、目的地は中央区(笑)だから、実際にはあと二つ区を跨がねばならない。超単純計算で、あと30分...


考えただけで憂鬱だが、これ以上こんな思いをしないためにもさっさと移動手段を回収せねば。


・ ・ ・


さすが中央区、西区と比べて、早朝だと言うのに人の多いこと。


畑の並ぶ一本道を終えると、瓦の集う住宅街に入る。


店の準備を早速始める者や、私のように散歩をする者もいる。西区にもちらほらいたが、それでも無人の通路がないだけ中央区の方が賑わっていると言えるだろう。


皆、その額から滑らかなツノを突き出したり、その不定形の体をゆらめかせたりして、朝の空気を纏う羽織で思い思いのことをしている。人間の姿はやはり見えないものの、自然と頬が緩んだ。



朝食の支度をしているのだろうか、どこかからか、懐かしいような温まるような匂いが、ふと鼻を掠める。


ご飯だ、と言うことを考えた途端、一夜無食の腹が空腹を訴えた。空魚は肉片を丸ごと食べたので特に空腹な様子は見られなかったが、私はそれ以前から何も食べていないのだ。


...幸い、周囲には聞こえなかったようである。


もう鍋の季節が半分過ぎたと思うと、近頃の月日の経過の早さには目も回るようで、どことなく寂しい思いもした。



暖かな日差しが、屋根と屋根の隙間から地面と私を照らす。途端に、血流がじわじわ回り始めるような暖かさに包まれた。直射日光の力は偉大だ。



10分ほどで住宅街を抜けた。


目的地まで、まだ遠い。



かといって、焦る必要も、まだないだろう。



面倒な遠出だけど、裏腹に少し楽しいのも、また事実なのだ。



空魚は私の気持ちに呼応するように、ころんと短く鳴いた。


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