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三墨村には今日も人間がいない  作者: 壱﨑ノル
冬の三墨村
1/9

来訪者と冬の朝

「水は?」


「無いな、さっきの休憩で五本とも飲みきってる」


「乾パン」


空銛(クロト)に襲われた時全部持ってかれただろうが」


「カイロ...」


「無いものをねだるな」



...くたびれた足を荒い息と共に、前へ、前へ。定期的に白く染まる視界、今はもうぐらぐらだ。



出来立てほやほやの朝日が頑張れとばかりに背中を押す。ちょっぴり暖かくなったよ、ありがとう。


浅い眠りを経て(はや)二時間の行程、流石にきつい...


ふらつく足がとらえるでこぼこの道は、心なしか少しずつその角度を緩めている。



風が切る空の音が聞こえる。


視線を上へ据えると、斜面はそこで終わっていた。木々が挟む崖っぷちに、大人二人分ほどの高さの黒い岩がその身を構えている。


ーーやった。


「頂上、だな」


私の代わりに後ろの男が呟いた。



・ ・ ・



十握(とつか)岩』...標準的な木の立て看板に、掠れた墨で書かれてあった。山に刺した剣の柄のように見えることからの命名だとか書いてあるが...今はどうでも良い。


厚底の靴をかけると、安心感のある岩の不動が右足を伝う。


ぐいと重心を移動させ、岩のてっぺんから広大な空に、その顔を覗かせてみる。その感じはちょうど、星空に構えた望遠鏡を覗く感じに似ていた。



細めた目を見開いた。



目下、瓦をはった家がぎゅうぎゅうずらり。所々に背伸びした風変わりな階層建築があり、それが密集している地区が遠くに見えた。それら全ては木造である。


入り組んだ道をまとめ上げる大通りが左上から右下に向かって差し込まれ、近くの山の(ふもと)から高層の密集区域に向かって貫かれている。隠されて見えないが、多分その先まで続いているんだろう。



そしてどこにも、火の手はなかった。



「三墨村...随分広がったものだな」



隣に立つ巨大な図体(ずうたい)が、嬉しさを滲ませ、なまった喉で言った。


白塗りの竜のような髑髏(どくろ)に、切長の黒眼。 覗く瞳孔は白銀を灯している。


えりに毛を添えた黒の機動用外套(コート)で、その体格も相まって熊みたいだ。



私はというと、ありあわせの白い防寒着で、風通しは結構だ。タイツは履いてるけどそれで拭い切れる寒さではない。


急の出国でろくな装備も揃えられず山道を行く事一週間、地獄の道のりだった...



そんなことはともかく、遠路はるばる、やっと辿り着いた。バックパックに残った食料ももう僅かしかない。良いタイミングである。まだこの山を向こうまで降らねばならないが、今までの道のりと比べると目と鼻の先に思える。



私は正直、とてもわくわくしていた。


何度も聞いた、彼の故郷。私の生まれたあの場所とは違い、爆弾が空を飛び回るところでもなければ、判別のつかない人影に怯えることもない。


そして、ここには街がある。形を持って、脈々と続く営みが、確かにあるのだ。


ふざけた想像をしていたが、このごった返した雰囲気から見て、人は多そうだ。見た感じ、平和。行き過ぎた妄想も、あながち間違いではないかもしれない。


一体、どんな世界なんだろう...?


遠くの煙突が吐き出す煙が、おいでおいでと手招きしているように思えてくる。山頂の風が私の気持ちを代弁するように背中を押した。



「...それじゃ、行こ!」



岩から飛び降りる。


巨体が不器用に頷いた。





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