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第8話
別れの言葉
鈴の就職祝いの帰り道で、
正一は鈴が生まれたばかりの頃の妻静香との会話を思い出そうとしていた。
「・・・・・・・・・・・」
会話の内容は曖昧だとしても、話した内容は幸せのこと。
それだけは思い出せる。
きっと、静香も同じだったのではないだろうか?
鮮明に思い出すことは出来なくても、ただ、間違いなく幸せだった。
正一は、それだけは一度も忘れずに覚えていた。
―私、幸せ者だよ。
いつも明るく、笑顔だった。
妻静香と娘鈴がいるだけで他に望んだものは無かった。
2人が隣に居てくれるだけで良かった。
なのに。
妻がこの世を去った時には、別れの言葉さえ言えずに。
「・・・・・・・・」
あの時声に出して泣いたなら妻の静香は笑ってくれたのだろうか?
妻と子供から逃げて離婚をしておきながら、正一は今になって
ムシのいいことを考えていた。