第4話
心折れずに~正一の娘鈴18歳~
正一の娘鈴は大学に入学後、一人暮らしを始めた。
だからバイトをやっていかなくてはならなかった。
硬式野球部にマネージャーとして入部した。
「引っ越し先は決して漏らしません。安心してください。」
と鈴はバイトのお客さんに頭を下げた。
単発で入れる仕事。時給のいいバイトとして、急な引っ越しにも対応する
引っ越し屋さんを選んだ。
鈴はバイトを終え、物が何もない自分の部屋へ戻った。
なんにもない。カーテンも電灯もない。
今日もらったバイト代で買いに行こうかと思ったけれど、やめた。
ここは私だけの家なんだと、床に寝転んだ。
冷たいフローリングに体温が移り、肌になじむ。
鈴は、母静香が亡くなってから正一の元を離れ静香の妹の家に引き取られた。
叔母さんは、とても良くしてくれていたが、
鈴は完全に心を開く事ができなかった。
母静香の亡くなったことを忘れる事ができなかったからかもしれない。
一人になって自分の気持ちと向き合う時間が欲しいと思い、
大学入学を機に一人暮らしを決意した。
お正月も、お盆も、クリスマスも、誕生日も、これからは一人で過ごす。
風邪をひいても、誰も頼れない。誰の手も借りれない。
もし行方不明になったら父の正一は、探しにきてくれるのだろうか?
鈴にとっては唯一血のつながっている父正一とは、
毎月3万円の仕送りはあるもののずっと縁遠くなってしまっていた。
鈴は一人暮らしの自分の部屋に無造作に置かれた段ボール箱を開け、
一つのグラスを取り出した。
叔母の家から引っ越しをするとき、
これだけは絶対に持っていこうと決めていたものだ。
まだ未成年の鈴ではあるが、
父が好きだったウイスキーがどんな味のものなのか知りたくて、
安いウイスキーの小瓶を自分のマンション近くのコンビニで買ってみた。
グラスに琥珀色のお酒を注いで、静かに喉に流し込んだ。強烈な香り。
胃が熱くなっていく。大人になったことを実感した。
ウイスキーを飲んだ時の父もこんな感じだったのだろうか?と、
鈴が幼かった頃の父の姿を思い出していた。
一方、正一も小さいころからの同級生清と久しぶりに
ウイスキーを飲み交わしていた。