第10話
変えてはいけないもの
直接的で実践的な野球の大切さを説いたのが、
正一の高校時代の監督だった。
正一の基礎を築いてくれた伊東監督が亡くなったという
連絡が同級生の二宮から入った。
形式的なことを最も嫌い、
それでいて偏ったものの見方をしない監督だった。
当時の正一にとって、その妥協をしない伊東監督
の練習は時に厳しく、
まさに練習に挑むといった感覚が思い出された。
厳しさだけではなない懇切丁寧な指導方法は、
まさに対話をしているようだった。
野球の主流が攻撃重視型に変わった時代の流れの中で、基本に忠実にを
モットーにしていたことは画期的だった。
「既成概念の虜、固定観念の奴隷になってはいけない。
わざわざむすかしく考えず、ひたむきに平常心で野球に向き合え!」
正一は、監督からもらった言葉をふと思い出した。
亡くなった伊藤監督が高校野球指導の中で、
唯一プロ野球界に輩出したのが正一だ。
そういう意味では学校に貢献できたのかなあと正一は考える。
一方で、伊藤監督が亡くなられた今、監督から与えられた教育を
少年野球に普及できないかとも考えた。
全国的に少年の野球人口が減っていく中で、
野球の素晴らしさや、ノウハウを教えたい。
今までの人生でいろいろなことがあったにせよ、
正一にとって伊東監督の教えが役立ったことだけは
間違いなく言えることだった。
ちなみに正一は、プロ野球を首になってから少年野球を含めて、
指導の経験など全くなかった。
少年野球のコーチにと声をかけてもらったことはあったが、
その時における正一の野球に対する思いはまったくなかった。
正一が、伊東監督からもらった
「絶対に変えてはいけないものがある」という野球教育を、
少年に伝えたいと思えるようになったのは、
娘鈴との距離が縮まったことも要因の一つだ。




