第1話
「人は、尊敬できる先輩や仲間と一緒に働けば、
少しずつでも成長できるのに対し、
悪い仲間とつるむようになると、
あっという間に人生のポールを滑り落ちていくこと になります。」
かつてのプロ野球の名監督の言葉である。
宮崎正一は、悪い仲間とつるんでいたわけではない。
だが、「なんのために働いているのか?」とか「どういうふうになりたいのか?」
といったような働くためのモチベーションがまったくない。
かつては持っていた理想の人生像みたいなものもすでに記憶から消えている。
5年前から務めている運送会社は、正一には居心地がいい。
小さいながら社長があまりプライベートに鑑賞してこなかったり、
頼まれた仕事を淡々とこなしさえすれば多くない給料が毎月安定して入ってくる。
競争をしなくてもいい社会は、戦後の日本人が目指した「豊かさ」のひとつの
表れという言い方もできるだろう。
正一は、無難というのか、波風を立てないことが、
今日一日を無事に過ごすことが「いちばんいい」と考えていた。
誰かと寄り添う生活というものの心地よさもすっかり忘れてしまった。
高校の野球部時代の同級生二宮清は、こんな正一にとって唯一の飲み友達だ。
「今月も養育費を払ったら残りは何万かしか残らないよ。」
「じゃあ!今日は俺がおごるよ!」
二宮清は小料理屋の板前で、いつか自分で店を出すことが夢である。
もともと実家が経済的に恵まれなくて、
大学なんてものを考えられなかったのは、2人の共通項だが、
正一は人生のポールを滑り落ち、清はきつい思いをしながらも、
人生のポールを必死に上っていた。
「3か月後にはもう大学生になるんか!」
「あっという間だな!」
10年前に元妻静香と離婚したことは、
一人娘の鈴にとってはベストな方法だったと、
正一は今でも思っていた。