第6話 大賢者の独白
【高橋美紀視点】
ソフィア王女を抱えた女性とともに信之君が消えた。
信之君が消えたことで辺りは一瞬静かになったが、一番最初に正気に戻ったのは王様だった。
「近衛騎士!!奴の狙いはスミレだ!!すぐにスミレの部屋に兵を向かわせて奴を捕らえろ!!」
王様がそういうと、近くに控えていた騎士鎧を身に着けた人たちが急いで謁見の間を出て行った。
「奴に倒された騎士たちの様子はどうなっている!!」
「全員気絶していますが、命に別状はありません!!」
「勇者様とその友人たちは!!」
これに答えたのは、隆哉が信之君に刺された時に真っ先に隆哉に駆け寄った瑞樹だ。
「隆哉君も浅井君たちも全員息していません・・・」
「死んだということか・・・」
王様がそうつぶやくと、隆哉の亡骸に多くのクラスメイトが駆け寄った。
その中心では隆哉の亡骸にしがみついて、大声で泣いている瑞樹と澪の姿がある。
王様は私たちの様子を一瞥した後、近くで腰を抜かして青ざめている男をにらみつけた。
「アレックス!!この責任はどうするつもりだ!!」
「陛下!!申し訳ございません。ですが、今回の件は浅井殿たちがしでかしたこと!!それに勇者を殺した張本人はあの落ちこぼれですぞ!!」
王様にそう言われ、アレックスと呼ばれた宰相さんは慌てて立ち上がり、言い訳を始めた。
「確かに奴のステータスは聞いていたが、なら先ほどの現象はどう説明するのだ!!」
「それは・・・」
王様にそう言われた宰相さんは黙ってしまった。
それはそうだろう。
昨日行われたステータス鑑定で信之君はスキルもユニークスキルもなく、称号は異世界転移者だけだった。
なのに、信之君は浅井達を歯牙にもかけず、さらにはこの場にいる全員を圧倒し、勇者である隆哉を殺した。
すでに鑑定されたステータス通りではないことが明らかだが、どうやってステータスをごまかしているのか・・・それらの手段や方法をこの世界に召喚されてから鑑定が行われるまでの短時間で行うなんて・・・。
私が信之君について考えている間、謁見の間はなかなかに混沌としていたが、さらに混乱に拍車をかける出来事が起こった。
今まさに、多くのクラスメイトに囲まれていた隆哉が横たわっている床がまばゆく輝きだしたのだ。
しかもその輝きは魔法陣の形で輝いている。
謁見の間にいた全員が驚き、そしてあたりを見渡すと浅井たちが横たわっている床も同じような魔法陣の形をした光が輝いている。
そして、魔法陣がはじけ、きらきらと輝く光が隆哉に吸い込まれていった。
「わぁあああ」
そして、雄たけびを上げながら、隆哉が復活した。
そして、浅井たちも同じく大声をあげて生き返った。
「「隆哉~!!」」
生き返った隆哉に瑞樹と澪が抱き着く。
しかし、周りはそんな隆哉や浅井たちを驚愕の眼差しで見つめていた。
「俺は一体・・・」
「隆哉、久我に刺されて死んじゃったんだよ!!」
「そうか、俺は久我に負けたのか・・・。それよりも浅井たちはどうした!!それに久我は!!」
隆哉は慌てて周りを見渡すと、驚きながら自分たちの体を確認している浅井たちをすぐに見つけたが、信之君を見つけられず、瑞樹に視線を向けた。
「久我はソフィア王女を誘拐してどっかに消えたんだよ」
「なんだって!!」
隆哉はソフィア王女が久我に誘拐されたと聞いて、勢いよく立ち上がった。
「勇者殿よ。体は大丈夫なのか?」
そんな隆哉に王様が声をかけてきた。
「えぇ、大丈夫です!!それより、自分を生き返らせてくれてありがとうございます!!すぐにソフィア王女を久我から奪い返してきます!!」
そういうと隆哉は聖剣を召喚して謁見の間を出ていこうとした。
「まってくれ。勇者殿」
そんな隆哉を王様は呼び止めた。
「我々はそなたを生き返らせてはいない。そもそも死者をよみがえらせる魔法はこの世界には存在しない」
王様の言葉に謁見の間にいる全員が固まった。
「それじゃあ、自分は何で生き返ったんですか?」
「どうやって生き返らせたのかはわからないが・・・生き返らせたのは久我だろう」
「自分で殺したくせに生き返らせただと・・・何を考えているんだあいつは・・・」
私も含めて謁見の間にいる全員がその疑問に答えることができない。
私たちと一緒に召喚したはずなのにステータスの偽装、浅井達から身を守った力、魔法を消した力、そして何よりもこの謁見の間で見せた力は勇者の称号を持っている隆也よりも明らかに上だった。
全員が信之君の行動に疑問をもち、謁見の間が静寂に包まれた。
ドゴーーーーン!!
しかし、その静寂をぶち壊すように謁見の間の壁がすさまじい音を立てて破壊され、全員が驚きながら音のした方向に視線を集めた。
そこにいたのは巨大な剣を肩に担ぎながらこちらをニヤニヤとバカにした表情で見ている男だった。
その男の背は軽く2m近くあり、肌の色は浅黒く、見えている腕や足の太さはあり得ないほど太く、巨大で何より頭には巨大な角が2本生えていた。
「バカな!!なぜ魔王軍四天王のギガントブラッディオーガ!!王都の結界を破られたのか!!」
「安心しろよ。あの邪魔な結界は破れてねえよ。あの結界を破るのはさすがにこのブレッド様でも手こずるからな」
王様が驚愕の表情でそう呟くと、侵入してきたブレッドという男はニヤニヤしたままそう言ってきた。
「なら、なぜおまえがここにいるんだ!!」
「そんなのこれから死ぬお前らが知ったところで意味はないだろ?」
ブレッドは王様の言葉に笑いながらそう言い、肩に担いでいた剣をこちらに・・・というより聖剣を持っている隆也に向けた。
「それよりも聖剣を持っているってことはお前が勇者か、なんだまだ弱っちぃガキじゃねぇか」
「うるさい!!魔王軍の奴がなんの用だ!!」
ブレッドに剣を向けられた隆也は私たちを守るように一番前に出て、聖剣を構えてブレッドを睨んでいる。
「魔王様から勇者を始末するように命令されたからな。お前を殺しに来たに決まってんだろ」
睨んでいる隆也を見ながら、ブレッドはそう言った。
「それと、勇者以外で使えそうなやつや女は捕えてこいって言われてるからな・・・そうだな何人かいい奴がいるな」
ブレッドは隆也に守られている私たちを下卑た目で見ている。
「勇者を殺されてたまるか!!近衛兵よ!!あの魔族を倒すのだ!!」
私たちが会話している間に王様が兵士の人たちを集めていたようで、50人近くの兵士がブレッドに向かって突撃していった。
「はっ!!このブレッド様にこんなちんけな兵士を向けてくるとはなめられたもんだぜ!!」
ブレッドはそう叫ぶと持っている剣を振りまわし、次々と兵士の人たちを倒していった。
まさに圧倒的な身体能力とそれを生かせる巨大な剣を用いた蹂躙だった。
わずか数分で兵士たちは全滅し、残ったのは腰を抜かしている王様と宰相さん。
そして、私たちだ。
「なんだ、なんだこの程度で戦意喪失かぁ~。情けねぇ勇者さまたちだなぁ~」
ブレッドはそんな私たちを見て、そう言っていた。
「なら、女たちは使い道があるから連れいていくぜ。抵抗はするなよ、痛い目に会いたくないだろ?」
ブレッドはそう言いながら、私たちのもとに近づいてきた。
連れていかれた先で何をさせられるのか想像したのか、女の子たちは青ざめながら、逃げようとした。
しかし、近づいてくるブレッドに切りかかった存在がいた。
「俺の仲間たちに手を出すな!!」
聖剣を振りかぶり、凄まじいスピードでブレッドに切りかかったのは隆也だった。
ブレッドは隆也の聖剣を自分の剣で受け止めた。
今だ!!
そう思った私は詠唱していた魔法をブレッドに放った。
私の称号は大賢者。
そしてステータス欄にはかなりの数の魔法が高レベルで記載されており、ユニークスキル変異極大魔法は攻撃した相手の弱点となる属性に変化する高威力の魔法だ。
私は兵士の人たちがブレッドに突撃したタイミングで魔法の詠唱を始め、隆也が切りかかるタイミングで詠唱を終え、タイミングをうかがっていた。
本当は聖女である瑞樹の聖魔法もあれば、確実だったのだが、瑞樹はブレッドの威圧感に完全に戦意喪失しているし、大半のクラスメイトが同じ状態だ。
私は変異極大魔法を当てたことで勝利を確信した。
タイミングは完ぺきで弱点属性の高威力魔法が当たったんだ。
倒した。
そう思った私は目の前の光景に驚愕した。
そこには聖剣を自分の剣で受けとめたまま、整然としているブレッドがいたからだ。
「一匹だけ戦意喪失してねぇ女がいたか。しかもおそらく大賢者の称号持ちだな。あぶねぇあぶねぇ、このアイテムがなければ大ダメージだったぜ」
そう言ってブレッドは剣を持っていないほうの腕を上げた。
そこには腕輪がしており、その腕輪についていたであろう宝石はひびが入って光を失っていた。
「これは防魔の腕輪っていう魔法攻撃を大幅に軽減するマジックアイテムなんだが、さっきの一発で壊れるとはな、結構貴重なマジックアイテムなんだがおかげで助かったぜ」
そんな・・・。
攻撃を防がれた私は一瞬愕然としたが、ならもう一度変異極大魔法を当てれば今のブレッドに防ぐ手段は無い。
そう考え、私は再び詠唱を始めた。
しかし、そんな私を見てブレッドは笑った。
「そんな見え見えの手に俺が通じるわけがねえだろうが!!」
ブレッドはそう叫ぶとさっきまで受け止めていた隆也の聖剣を弾き、剣で何度か体を傷つけ、最後に隆也のお腹を剣の柄で吹き飛ばした。
血まみれになりながら、私の近くまで吹き飛んできた隆也。
私はあわてて隆也のもとに駆け寄った。
様子を見ると隆也は苦しそうにお腹を押さえているが、何とか息はあり、意識もあるようだ。
そして、隆也の様子を確かめていた私は気づいていなかった。
すぐ近くまでブレッドは近づいていることに。
「勇者のガキ。お前の弱さが仲間を死なせたことに後悔するんだな」
すぐ近くで声が聞こえた私がその方向へ視線を向けるとまさに剣を振り下ろそうとしているブレッドの姿があった。
その剣が振り下ろされる。
まさに絶体絶命だ。
それでも私はあきらめていなかった。
なぜなら、私には王子様がいるから。
確かに目立つような存在じゃないし、ぶっきらぼうだけど本当は誰よりも心優しい男の子。
彼ならきっと・・・。
「助けて・・・信之君」
私は目を閉じて王子様に向けてそう呟いていた。
次の瞬間、誰かに抱きかかえられた感触がしたかと思ったら、凄まじい音があたりに響いた。
私はゆっくりと目を開けると、そこには誰もいない床に剣を振り下ろしたブレッドがこちら睨みつけていた。
そして、ゆっくりと視線を上にあげるとそこには彼の顔があった。
私を抱き抱えながら、にらんでいるブレッドの視線を飄々とした様子で受け止めている私の王子様。
信之君がいた。