リベンジ
居合というものは、辻斬り暗殺などに用いられる技術としては最適解だと私は思っている。しかし多人数を敵に回しての戦闘手段としてはいかがだろうか?
もちろんそれが、多数対多数というのならば問題は無かろう。しかしいま現在のシチュエーション、単独の私対多数の敵というのであれば、決して最適解とは言えないのではないか?
いかに手練れとはいえ、単独で多数を相手にするならば、剣術の技術を用いた方がよろしいと私は考える。
しかし私は今回、居合の技術のみで闘うことにしていた。
敵を舐めたプレイではない。ハンディキャップというものだ。まともに剣術を用いて闘っては、技量に差がありすぎて相手も面白くないであろう。
もっとも、居合のみとしたところで敵は私の技術を見ることがほとんどなく、いつの間にかキルを取られているような塩梅なので、結果としては同じなのかもしれないが。
そこで私は、一刀のもとに切り捨てるのではなく、初太刀抜き付けは小手やスネの防具を破壊。二の太刀で虎徹を効かせてキルを取るようにしていた。
それならば傍観しているものにも、少しは見て楽しめるバトルができるのではないか、と考えたのだ。
プレイヤー諸君、これが居合というものだよ。動画サイトに行けばイヤというほど見られる技かもしれないけれど、どうだい? 戦っている居合など初めて見るんじゃないかな?
こうした闘い方、技術に少しでも興味を持ってもらえれば、そんな願いも私にはあった。
しかし、下品な輩という者はどこの世界にでもいる。圧倒的多数の敵を、メンバーたちとともに全滅させたときだ。
「リュウ先生、あれを……」
カエデさんが指差した。
六人パーティーが襲われていた。それも嬲りものにするかのように、二十人近い群れでだ。しかも襲われているのは新兵格。襲っているのが私たちと同じ豪傑格というのだから、品が無いにもほどがある。
新参狩りという奴だ。
これから先、成長して私たちと遊んでくれるやもしれぬ、未来ある新参者をゲーム慣れした連中が、標的にして潰すといういただけない行為である。
「行きますか、リュウ先生?」
「うむ、これは捨ててはおけぬ」
そうと決まれば、弾丸のように飛び出したのはトヨムである。こうした卑劣なプレイを許しておけない性質なのだ。義侠に燃えるのはトヨムだけではない、シャルローネさんもカエデさんも駆け出していた。そして一番で到着したトヨムが怒鳴りつける。
「やいやいそこの豪傑格ども! 新兵格をよってたかって嬲りモノにして、そんなに楽しいかい!!」
まるで次郎長親分か国定忠治である。しかしそんな声に耳も貸さず、巨漢の甲冑兵たちは新参者たちを痛めつけていた。
……様子がおかしい。
トヨムの声に反応したのは、後方に控えた小柄なアバター、それと中型アバターの合計三人だけだったのだ。
「おや、これは懐かしい顔ぶれだ……」
小柄なアバターが兜の面を挙げた。金髪碧眼、ソバカス面。トニー少年であった。
そしてトヨムは言う。
「……誰?」
「おやおや、僕など記憶するに足りない、そんなゴミ屑レベルの人間だと、そうおっしゃるのかな?」
ずいぶんと太く出ている。というか泰然としたこの態度はどうだ? なにか自信でももっているような、そんなイメージだ。
「いや、アタイ食べたご飯のこと以外は記憶に残さないようにしてんだよ、悪いね」
「コケにされたものだね、天才も……だが、あのときは人数が同じで不覚をとったけど、今回は違うぞ!」
「そうだそうだ! 我々は天才トニー皇帝のもとに集った英傑!」
「トニーさまこそ絶対の勝者! そう信じてはばからない同志だ!」
ん〜〜……こんな小僧を皇帝とか絶対とか崇めている辺り、似た者同士で寄り集まっただけなのだろうか?
そうでなければ格下をイジメて面白がったりしないだろう。というか人数が同じで不覚をとったというなら、人数を集めて勝ったつもりなのだ。それってどうよ?
というかトニーくん、君は本当にツッコミどころ満載だね?
「とはいえリュウ先生、こうした手合いが数を増やしていることは事実です。憂慮すべきではないでしょうか?」
「そうだね、格言じみたことを言わせてもらうなら、ロクでもない奴に限って増殖する。マトモな奴は増えてくれない」
「あのー、リュウ先生? それって社会人になっても通じる格言でしょーかー?」
「むしろ学生時代よりも、社会人になってからの方が通じる格言さ。世界や視野が広がれば広がるほど、そうした手合いは目につくようになる」
「うにゅ〜〜……社会人になんてなりたくありませんねー……」
「心配いらないさ、マミさん。心あくまで正しく、行いに誤りがなければ、自然とそうした輩は離れていくものだ」
「そーゆーものでしょーかー?」
というマミさんの言葉に、あえて返答はしなかった。現実はそういうものとはかぎらないからだ。
「えーと……同時翻訳によれば、お前たちはずいぶんと僕をコケにしてくれてるみたいだね? いいのかい、そんなに罵ってくれたりして。今度は前回のようにはいかないんだよ?」
トニー少年はあくまでも強気だ。しかしこんな会話をしている間にも、カエデさんとシャルローネさんによって新兵格の被害者たちは避難を終えていたのである。間抜けというなら間抜けな話だが、トニー少年の標的が私たちに変更になったというのならその限りではない。
「さあ、ブタのように泣き叫ぶ準備はできたかな? 断っておくけれど命乞いしても、許してなんかあげないよ?」
「トヨム、あの子に許しを請うようなマネなんかしたっけ?」
「アタイのメモリー機能に期待なんかしないでおくれ、旦那」
「踊るがいいさ、ブタのようにね……さあ、みんなやっちまえ!」
トニー少年の作ったアバター、ドン助五体が駆けてきた。
「遅れをとるな、我々も行くぞ!」
「もちろんだ、神の軍隊ここにあり!」
恍惚とした表情でそんなことをホザいているのが、いかにも恐ろしい。そして取り巻き二人のドン助十体も続いてきた。つまりマスターである三人は、かかって来ようとはしていない。あくまで不正アバター十五体が駆けてきただけである。
まずはシャルローネさんがひと突き。あっさりドン助は撤退する。そしてシャルローネさんが囲まれないように、マミさんが壁になってドン助の攻撃を受け止めた。そこへカエデさんの雲龍剣。一撃キルの必殺技だ。トヨムも動きの鈍いドン助を捕まえては、必殺の山嵐でちぎっては投げちぎっては投げ。ハッキリ言って、私の出番が無い。
「なにを言ってるんですか、リュウ先生! さっさと悪玉トリオを成敗してください!」
あ、あれを斬るのは私の役目か。ゲームの趣旨すら理解していないポンコツ人間を斬るのは、どうも気が引けてしまう。なにしろ今回のドン助、数こそ揃ってはいるものの前回と変わるところのないインチキ商品でしかないのである。
となると、トニー少年とその取り巻き。彼らが身に着けている甲冑や武器などもお察しというところであろう。
「お、お前たち! どんなツールを入れてるんだ! 僕の甲冑兵がこんなに簡単にやられるだなんて、あり得ないぞ!」
「いや、数だけ揃えて中身は何も変わってないだろ? そんなもの私にとっては時間の問題でしかないから」
「あり得ない! あり得ないぞ日本人どもめ! お前たちはいつもそうだ、卑怯な真似ばかりして!」
そんなことを言ってる間に、取り巻きの一人を木刀で撤退させる。
「そうだ、お前たち日本人は僕の発明した一撃キルのプログラムを盗んだんだろ!? 汚いぞ、この泥棒め!」
いや、私たちは初対面のときから一撃キル……浸透勁を使っていたはずだが? どうもこの坊やは自分に都合の悪いことは忘れるクセがあるようだ。
と言っている間にも、もう一人の取り巻きも始末。破れかぶれか、トニー少年は私に突っかかってくるが、そんな攻撃を食らう私ではない。
ケロリとかわしたところで、トニーは自爆同然に転倒した。
「な、なんだよ……そのフットワーク……おかしいだろ、いま当たったはずなのに……」
確かに、思い切りよく突っ込んできたので、もらってもおかしくない攻撃ではあった。しかしそれでもかわせるものなのだ。
そしてここで、「これが古流というものだ」などとは教えてやらない。ただただ、両手を着いた少年を見下ろすだけだった。
「怖いよー! 怖いよー! おっかないオジサンがイジメるよー!」
嘘泣きだ。そう気づいていながら、私は無造作に一歩踏み出す。そのスネを、トニー少年は打ってきた。しかし彼が打ったのは、私の袴のみ。袴の中で私はヒザを畳んでいたのだ。
ヒ……と言って、トニー少年は今度こそ本当に、恐怖に目を見開いた。いや、これも嘘だな。次こそ成功させてやる、という色が目に見て取れる。
「……ごめんなさいごめんなさい! もう生意気言いません、許してください! すみませんでした!」
手を合わせて拝んでくるという、和式の謝罪をしてきた。私は納刀、彼の前で蹲踞した。
これで私は逃げることができないとかんがえたのか、トニー少年は得物を振りかざした。
「かかったな、バーカバーカバーカ! お前なんかくたばっちまえ!」
蹲踞のままで一歩前進。小手を掴んで頭上を通過するように放り投げる。とはいっても、投げ技でキルが取れることを気づかせるのはもったいない。ゴロリと転がして起き上がらせた。
そして碧い目が私をとらえたその瞬間、抜き付けの一刀を目の高さに。トニー少年の目を木刀の切っ先でカット。視界を奪ったところで、脳天唐竹割りに叩き潰した。
……まだ年端もいかない子供だというのに、この息を吸うがごとき卑劣さはどういうことか。
こんな少年がやがて社会に出てくることを思うと、暗澹たる気分になってしまう。
とりあえず、悪は滅んだ。しかしトニー少年の復活は、鬼将軍に知らせておかなければなるまい。そして、下衆人間が増殖していることも。