浪人街
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さて、せっかく乗り込んできた茶房ではあるが、これからセキトリを迎えに行くため拠点まで逆戻りだ。陸奥屋鬼組のダイスケくんはすでに別行動、「俺はこのゲーム世界のどこかに芽生えている、野菊のようなときめきを探しに行くんだ」とかのたまっておった。
それは無謀すぎる挑戦ではないか? と私は危惧する。なにしろ腕力こそが正義のこのゲーム世界。たむろするのは筋骨隆々な激マッチョ。
細マッチョとかそんな手ぬるい連中ではない。むしろハード・マッチョとか生マッチョとかいいたくなる野郎どもしか居やしねぇ。こんな世界で野菊のようなときめきなど、存在するものだろうか……。
天宮緋影がいた。
いや、あれは例外だ。巫女装束に守られた、チーム『まほろば』に住んでいる超能力少年バビ……ではない、天宮緋影だ。しかしそうは言うものの、ロリコンでもない限りあのチンチクリンに興味を持つとは思えない。
むしろ野菊のようなときめきというなら、スレていなさそうな茶房店主などが私のオススメなのだが。……ただ、遊び盛りの大学生と思しきダイスケくんが、高校生にしか見えない茶房店主に食指を動かすか?
となるとこれまた別の話である。
そんなことを考えながら拠点までの道中、チームの先頭を歩いていた。
殺気!!
裏路地から、突然槍が伸びてきた。これを鞘から抜きかけた木刀で防ぐ。上手いことに敵は左から攻めてきたのだ。ケラ首に木刀をからめて巻き落とす。地に触れた槍を踏みつけてまだ槍を手放さない親指に『虎徹』を効かせた一発をお見舞い。それから突きを暗がりに入れる。ここにも『虎徹』は効かせてある。手応えは充分。断末魔とともに撤退してゆく敵を掌に感じていた。
一歩後退。
もう一筋、槍が伸びてきたのだ。これはマミさんが双棍で受け止めた。そしてシャルローネさんが鈍いメイスを槍のようにしごく。一の矢で、すでに浸透勁を使っていた。しかし敵の姿が見えないためか、もうひと槍突き込んでいた。
効果は抜群。暗がりからもうひとつ、断末魔が。
「さすが旦那、不意討ちにも準備ができてるね」
「いや、夢もチボーも無い話をすれば、あれは襲撃側が悪い。あのような場面、せっかくの不意討ちなら一発で決めるのが当たり前さ。それを完遂するだけの技量が無かっただけだ」
「そうですね、油小路の変では伊東甲子太郎ほどの使い手が、ひと突きで首をヤラれてましたからね」
マニアックなことをカエデさんが口走る。油小路の変というのは、新選組を脱退分裂させようとした御陵衛士の伊東甲子太郎が暗殺された事件である。酒に酔わされた伊東甲子太郎が気分良く屯所へ帰る途中で、裏路地から槍で首をひと突きにされたものだった。
しかしこの暗殺、案外に難しい点がある。
「わかるかな?」
若いお嬢さんたちにする質問ではないのはわかっているが、ここはゲーム世界である。そしお嬢さんたちも真剣に私の問に思考を巡らせていた。わかった! と手を挙げたのはマミさん。
「その伊東さんにー、お酒を飲ませるのが難しいですねー」
「そうか、マミ? アタイならベロベロになるまで飲んじゃうぞ?」
素面ならば大変な戦闘力を発揮するトヨムだが、暗殺の標的としては案外チョロそうだ。
「マミさんの答えも正解に近い。酔っ払うまで飲んでしまうのは、国事に奔走する者としては失格だろう。だが、それ以外で解答はあるかな?」
さらなる質問に、女の子たちは「んーー」と考え込む。
「そうだね、ヒントは自分たちが槍で突く側って考えることかな?」
するとカエデさんが手を挙げる。
「はいリュウ先生! 酔っ払っているとはいえ、狭い路地裏では相手の姿を確認しずらいってとこでしょうか!?」
正解だ。
襲撃側は路地に身を潜めなければならない。すぐ両脇は建物の壁。視界が広く確保できないのだ。だから襲撃側としては、一瞬のチャンスをものにしなければならない。それだというのに新選組は、見事伊東甲子太郎の首をひと突きにしたのである。
「もちろん伊東甲子太郎は歌を吟じながらの帰り道だった。その声から口の位置、首の位置を推察。そして今まさに、という必殺の瞬間を割り出して襲撃したんだ。これは並の腕前ではできないことだ」
まして路地裏からの襲撃、あまり表通りに近い場所に配置はできない。必然的に奥の暗がりで待機することになる。そうなれば建物と建物の間隔は狭まり、伊東甲子太郎の首という標的も小さなものになってしまう。キビシイ……襲撃する側の条件は大変にキビシイ。
もちろん襲撃する側に大変な有利があることは間違いない。しかしそれでも条件がキビシイことに変わりは無い。
そしてそれを成功させた技術と胆力ある勇者を、「奸賊腹!」の一声と同時に斬って捨てた伊東甲子太郎の気力と体力と技術。誰を失っても惜しい剣客であったことに違いは無い。
それだというのに……。
「おう、あいつ鎧も兜も着けてねーぞ!」
「生意気に女の子はべらしやがって!」
「やっちまえーーっ! カモだカモ!」
現代の剣客ともいうべき、『王国の刃』プレイヤーときたら、敵の氏素性も確かめずに襲ってくるのだから、悲しいものだ。
木刀を鞘から抜くことすらせず、足さばきだけで襲撃をかわす。六人いた刺客だが、最後の一人だけ小手を捻って投げつけてやる。その他のプレイヤーたちは、トヨムたちのキルポイントとして献上する。なにしろチャレンジステージで、私はパーフェクトなんぞを出してしまっている。あまりにもみんなとポイント差が開きすぎているのだ。
そして刺客たちにも、もう少しセンスを求めたい。せっかく路地裏から私たちの背後に躍り出てくるのだから、そのまま襲って来ればよいものを、いちいち剣を抜いたり槍を構えたりと、随分のんびりとしているのだ。
翻ってシャルローネさんたちを眺めてみれば、左手に持った長得物に右手を添えるだけ。振り向いたときにはすでに攻撃しているのだ。マミさんなどは居合に近い。腰の双棍を抜くや否や、すでに間合を詰めているではないか。
やはり我が小隊のメンバーは優秀だ。即戦の精神がみなぎっている。迷うことなく闘いに突入し、迷うことなく急所をねらっている。そして、私。
先ほどの奇襲は左からであった。今度は右から槍が伸びてきた。どうするか?
実に簡単である。普通に抜いてケラ首を叩き落としてやったのだ。両手を用いた突きと片手の抜き打ち。本来ならば私の不利なので、受けにひと技を加えなければならない。しかし槍の手の内ができていない。受ける、即払うだけで事は終わっていた。
できるだけキルはメンバーたちに取らせる。その方針は変わらないのだが、さすがにまとめて三十人に取り囲まれては、私もキルを稼がざるを得なかった。
しかしこうした場合でも少々おたのしみはさせていただく。周囲をわざと囲ませて、こちらは抜刀すらせず。しかし居合の手のみで仕留めてゆく、という遊び心を出させてもらうのだ。
囲んできた数は八人、互いの得物が邪魔になることは知っているのか、一斉に八人でかかってくることはしない。レベルは……熟練格か。豪傑格の私を仕留めて大量ポイントを狙うという、意気込みは天晴。そうでなくてはゲームは楽しくない。しかし、相手が悪かったね、君たち。
そしてこうした囲みを作った場合、正面の敵はかかって来ないものだ。私は耳を澄ませた。
背後で地面を蹴る音、振り向きながら私は抜刀。クリティカルを入れて上腕の防具を吹き飛ばす。そうすると今度は正面にいた敵に背を向けることになる。これが襲ってくるのはすでに承知済み。納刀しながら足でかわし、振り向きざまに抜刀、背後から諸手で脳天をかち割る。
血振り、納刀、そして振り向く。次にかかってくる者も、得物を振りかぶっていた。懐に入って柄頭で胴を突いた。虎徹を充分に効かせてだ。それを隙と見てかかってくる者の胴を抜き付けでクリティカル、諸手に取って袈裟斬りのキルを奪う。そして血振り、納刀。
実はこっそりだが、映画『浪人街』(平成二年版)のクライマックスシーンの真似をしていたのだ。その映画、ラストの大殺陣における俳優石橋蓮司氏の居合が格好良いこと格好良いこと。
その頃の私は小学生。剣術など習うことになろうとは夢にも思っていなかったし、あれが居合などということさえ知らなかったのだが、大変に印象深いものであった。
あの大殺陣を、いま私がゲーム世界でリアルに演じている。子供じみていると思われるだろうが、少なからず感動をおぼえてしまった。




