大乱闘
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ゴング! ゴング!! ゴング!
メインイベントは三条葵とトヨムのタイトルマッチ。前半積極的に攻め、茶房店主を追い詰めたトヨムであったが、一瞬の隙を突いた茶房店主のヘッドバットからのナックルアロー。バックドロップ三連発をお見舞いしても、なおも抵抗してくるトヨムに空飛ぶ延髄斬り。フィニッシュは伝家の宝刀卍固め。トヨムはギブアップしなかったものの、レフェリーの判断で試合終了。
観客の満足いくような大技のオンパレード。トヨムのタフネスを誇示しながら、それを凌駕した茶房店主の強さを見せつける一戦であった。さきほど試合をこなした私でさえ、思わず手に汗握る試合展開であった。
リングを降りてきたトヨムの頭にタオルをかける。
「負けたな、トヨム……」
「なに、また挑むだけさ……ベルトはアタイの物だ……」
いや、思い出してみれば今はイベントの最中だ。茶房店主がイベント期間以外でオファーを持ちかけてこない限り、再挑戦の機会は無いだろう。
そうだ、今はミニイベント「辻斬り祭り(仮称)」の真っ最中ではないか。
背後を振り向く。いまだリング上の茶房店主は、右拳を突き上げて「ダーーッ!」と叫び、観客がそれに唱和していた。……彼らはすべて敵だ。いつ襲いかかってくるかわからない。
「トヨム、いけるか?」
「当たりきだよ、旦那」
いつの間にか白百合の三人娘も、私たちの周りにあつまっていた。
そして乱入者である。試合観戦していなかったプレイヤーたちが、観客を背後から襲っている。
そして会場は、一瞬で戦場となった。いままでともにビッグファイトを観戦していた者同士、手に手に得物を持っての大乱闘となったのだ。せっかく茶房店主の拳ひとつで、「ダーーッ!」とひとつになっていた者たちが、血を求めるように殴り合っているのである。
私たちは茶房に設けられた控え室へ向かう通路にあった。女の子たちをまず控え室へとうながす。まだ乱闘はこちらまでは及んでいない。ダイスケくんが駆けつけてきた。私たちの楯になってくれると言う。
「いや、君も女の子たちと一緒に行きなさい。シンガリは私だ」
「しかし、リュウ先生!」
「ここで君を撤退させては、士郎さんに顔向けできんだろ?」
乱闘が通路にまで及んできた。
「さ、早く」
「こちらです、みなさん」
茶房店主が避難経路を示してくれた。彼女を守るようにして、ダイスケくんが控え室へ向かう。
こう言っては何だが、これで心置きなく闘うことができる。
「ああ、そうだな。旦那」
「トヨム、お前も避難しろ」
「アタイ小隊長だよ? 旦那放っといて逃げる訳にいかないじゃん」
「六回目の撤退になるぞ?」
「さて? 仲間が側にいてくれたら、アタイ結構無敵だよ?」
ということで、体当たり狙いの甲冑武者にトヨムのカウンターパンチ。もう一人いた。これは私が抜き付けで小手の防具を奪い、二の太刀で仕留める。
「付き合ってたらキリがなくなるぞ、これは」
「よし旦那、戦略的撤退だ!」
さっさと退却、控え室に入る。そこは茶房のバックヤードであった。茶葉の空き箱が積み上げられている。
「大騒ぎになっちゃいましたね」
シャルローネさんが、茶房店主に言う。
「元々こういうイベントですから」
茶房店主が応えた。
「お店、滅茶苦茶にされちゃいませんか?」
「それは大丈夫、運営に確認済みですから」
それよりも、と裏口を示してくれる。
「あそこから裏通りに出られます。こんな乱闘でキルを取られるのは、面白くないでしょ?」
「かたじけない、この礼はいずれ……」
「気にしないでください。みなさん興行に協力してくれましたから」
「じゃあまたな、葵。アタイのベルト磨いておけよ?」
「返り討ちにしてやりますよ、小隊長」
いつの間にか、茶房店主までトヨムのことを小隊長と呼ぶようになっていた。
私たちは路地裏を抜けて、別な通りに逃れた。その向こうを、チーム「まほろば」の面々が駆けてゆく。さらに、『迷走戦隊マヨウンジャー』もだ。茶房の危機を知ったのだろう。怒涛の勢いで駆けつける。
「あのーリュウ先生? マミさんとしてはーあの人たちがー、どれくらい腕を上げたかー、気になるんですけどー」
見ればシャルローネさんもカエデさんも、トヨムまでモジモジとしていた。……仕方ない。
「路地裏からコッソリ覗いて見るかい?」
ということで、戦場へと逆戻りである。
まずは裏路地を覗き込んで、無人であることを確認。こうした場所に、敵となるプレイヤーが潜んでいることも考えられるからだ。……よし、無人。私が先頭で狭い裏路地を一列になって進む。徐々に出口周辺の喧騒が大きく聞こえてくる。
路地裏は薄暗く、通りは明るい。この明暗の差で目をやられることもあるので、一度立ち止まり目を慣らす。それからいざ、除き見の位置へ……と思ったら、敗残兵のようなプレイヤーが路地へとにげこんできた。兜がとばされている。
私、抜刀。そのまま面を斬りつけて、事なきを得た。そして改めて前進、出口からそっと表を確認する。
「旦那、上、失礼するよ?」
私の頭の上に、トヨムがアゴを乗せる。
「それでは小隊長ー? マミさんが上を失礼しますよー?」
「うお、マミ! お前おっぱいが重たいぞ!」
「静かにしてください、小隊長ー? これは除き見なんですからー♪」
「それじゃマミの上には私ね?」
「一番上はシャルローネさんでしたー♪ リュウ先生、重たくないですか?」
「誰ひとりとして体重をかけてないから大丈夫。乙女としてはこんなオジサンに密着したくないだろうしね」
「旦那、アタイがサービスしてやろっか?」
「気持ちだけ受け取っておく。それより『まほろば』と『マヨウンジャー』の実力だ」
まずはポニーテールの御門芙蓉とショートボブの比良坂瑠璃。薙刀を振るう二人の巫女さんだ。
どちらも一撃キルを身に着けている。それもスイング系の打撃だ。なかなか飲み込みがよろしいようである。そして剣士白銀輝夜。こちらには得物を木刀に変えていたが、これも一撃を覚えていた。
続いて迷走戦隊マヨウンジャーである。こちらは私と士郎さん直伝、アキラくんが拳を振るっている。もちろん一撃キルだ。それ以外のメンバーは……ふむ、一撃クリティカル止まりのようだ。鎧や兜を破壊してから、キルを取っていた。
「どうだいみんな、自分たちがどれだけ腕を上げたか、これでわかっただろ?」
と言ってはみたが、一撃キルを身につけていない者もそれはそれで、二人一組のコンビネーション。あるいは投げ技混合で不足を補っている。勉強熱心というなら勉強熱心であった。
「ん〜〜なかなか面倒くさいことになってますねー」
マミさんが一生懸命にシリアスぶる。
「スイング系の一撃キルを使うのが三人。小隊長レベルが一人。……あとはクリティカルを出すレベル。一応『ウチの方が有利ですね♪』って言って上げたいんですけど……」
カエデさんの意見は慎重だ。そして今回の問題児は、シャルローネさんである。
なにやら御門芙蓉たちの手の内を真似している。見ただけで出来るものでもないが、この娘は何をしでかすかわからないところがある。
一応カエデさんには、スイング系の一撃キルを完成するには、人間じゃなくなる必要があるという旨を言い聞かせたのだが、シャルローネさんはその禁断に平気でベタベタと無邪気に触る。
「それじゃあそろそろお暇しようか? 撤退させたセキトリも迎えに行かないとならないしね」
私たちは暴動にも似た、乱闘の現場を後にした。