肩すかし
私が六人の敵をすべて倒すと、シャルローネさんたちがゾロゾロと路地裏から出てきた。
「う〜〜ん……なるほど、これなら私たちにもできそうですねぇ」
「とか言ってシャルローネ、なんだか納得してない様子じゃない?」
「ん〜〜確かに。リュウ先生の言う『面白くない』って言うなら、まだ面白い技にはなってないよね〜〜」
「私はシャルローネの面白いの基準がわからないわ」
「いやいやカエデちゃん、そうじゃなくって、この暗殺術がもうひと化けするんじゃないかな? ってねぇ……」
「おぉ! それでしたらマミさんに妙案がありますよ?」
なんとなくではあるが、イヤな予感がする。
「そーですねー、まずはシャルローネさんとーカエデさんがーおもむろに、脱ぐっ!」
「何故に脱ぐ!?」
「ちょっと私、マミがなに言ってんだかわからないわ」
「あられもない姿の乙女二人に誘われる男たち……その不埒者どもを、背後からマミさんたちが成敗成敗また成敗!」
「それならマミが脱いだ方がいいんじゃないかな〜〜?」
「そうそう、誰もがうらやむ魅惑のボデエ。なんですかこのはしたない実りは! お母さんマミをこんな娘に育てた覚えはありませんよ!」
シャルローネさんが魅惑の実りを下からポヨポヨと持ち上げる。うむ、大した重量感だ。
「ですが〜〜マミさんが脱ぐとマミさんにポイントが入りませんよ〜〜?」
「なに!? 私たちマミにポイント与えるための餌!?」
「ほんとにもう、この娘ときたら! コンチキショーコンチキショー!」
「まあ、冗談抜きで言えばアレじゃのう。任意のメンバーにポイントをくれてやるための策にはなっとるかいのう?」
ようやくセキトリが喋った。ここまで会話に参加できなかったのは、女の子だらけで気遅れしていたか、はたまた女性の発言を優先したフェミニスト精神の現れか。
そして割と重要な点を、私たちは見落としていた。今回のミニイベントは、普段の公式試合同様きちんとポイントが入るのだ。
「そうなるとみんなで一緒に豪傑格へ昇級できるな」
「そうじゃのう……これは大変に申し訳ないんじゃが、そこを目的地とするならリュウ先生。先生が囮ということになりますぞい」
囮? 上等だね、私たちは夏イベントで散々カエデさんの囮の世話になっているのだ。ここは一肌脱がずして仁義が立とうか。いや、立つまい(反語)。
「だけどさ、みんな……私たちなにかすっごく重要なことを忘れてるような気がするんだけど……」
「シャルローネもそう思った? 私もさっきからずっと引っかかってたのよね……」
う〜〜ん……と腕を組んで考え込む。もちろん私も、胸にぽっかりと穴が空いたように、物足りなさを感じていたのだ。
「あ! 小隊長がいません!」
「それだそれだ! なんかこう、ク〇ープの無いコーヒーのような気がしてたんだ!」
「リュウ先生? なんですかー、その例えはー?」
「中年以上老人未満の軽いボケさ、ツッコミは必要無いぜ」
早速シャルローネさんがウィンドウを開く。それからメンバー検索。
マップが開かれ、私たちの赤いドットが五つ。そしてトヨムを表す赤いドットは、数丁離れた茶房『葵』近辺。
「小隊長、茶房に避難するんでしょうか?」
「できるのかなあ?」
「あそこの店長さん、夏イベントで小隊長にキルを取られてましたもんねー……」
私もトヨムの意図を察していた。拠点から確認したとき、トヨムはすでに五撤退していたという。いま現在、トヨムのライフが風前の灯でヘロヘロだとしても、まったく不思議は無い。ならば茶房でインターバルと考えてもおかしくは無いだろう。
ということで早速行動開始。しかしせっかくなので、私を囮に残りの四人は路地裏という配置。茶房『葵』までの途中、どうしても大群のひしめき合う大通りを横切らなくてはならないからだ。
道中ウィンドウを開いて、私たちを尾行けてくる者がいないかを確認する。大群を餌にするつもりが他のチームの餌食となる間抜けを避けるためである。
そして、大通り。五〜六十人ほどの団体が、ゴチャゴチャもちゃもちゃとおしくらまんじゅうを楽しんでいる。
「みんな、出てきてもいいぞ。こちらの団体さん方はバトルに夢中のようだ。バックは簡単にとれる」
私の判断でメンバーが姿を現した。私は口の前で人差し指を立てて、それから指折りカウントダウン。三……二……一……。
サッと手を振り下ろすと、四人の猟犬たちは音も無く駆け出した。バトルに夢中な集団に背後から襲いかかる。
当然のように無言、当然のように『虎徹』を使っている。私は優秀な猟犬たちが囲まれないように、右手に左に位置を変えてキルを奪っていった。もちろん若者たちの方が、ゲットするポイント数は多い。
私たちの襲撃は一方向からだけではない。集団を囲むように四方向から、まんべんなく数を減らしてゆく。バトル中のプレイヤーからすれば、驚きであろう。さっきまで共に闘っていた仲間が消滅し、見知らぬプレイヤーがバシバシとキルを取っているのだ。そして自分もその餌食となってしまう。被害者の視点で語るならば、「なにが何やらといううちに撤退」というところだ。
そしてプレイヤーたちの数が減ったところで、彼らはようやく気づくのだ。
「おい、俺たち後ろから襲われてるぞ!」
そうなってもすでに遅い。一般プレイヤーの数はすで1クランずつ、つまり生き残りは十二人程度。これでトヨム小隊の五人には歯が立たない。
サッサッサッのスッスッスッですべてを狩り終えてしまった。みんな安全にポイントを稼ぐことができた。私としてもひと安心である。
「さあ、小隊長のもとへ急ぎましょう」
号令をかけるのはカエデさん。トヨムの心配をしてるのかい? と訊くと、首を横に振る。
「もしかしたら茶房店主と小隊長の、スーパーファイトが観れるかもしれないじゃないですか! これはリュウ先生を質草にしてでも観戦しなきゃ!」
入場料四人分と等価かね、私の存在は? プロレスで年末の最強タッグリーグ戦、最終日のスペシャルリングサイドは、いくらの値がついていただろうか?
ボクシングの世界タイトルマッチも、かなり高価であろう。WBSS決勝戦、井上尚弥対ドネアのカードで一〇万円の強気なプレミア価格がついて、完売したのだからカエデさんもそのくらいは想定しているかもしれない。
となると四人分のチケットで、私の価格は四十万円。そりゃ切なかろうな、低価格である。
しかし私の憂いとは裏腹に、茶房までの道中な敵も無く……というか、茶房の前に人だかりが。
「しまった、もうゴングか!」
そこで真っ先に駆け出したのがシャルローネさんなのだから、君たち本当にトヨムのことが好きなんだねぇ、と感心してしまう。
しかし茶房の前ではアマレスのシングレットに身を包んだ店主が、みかん箱の上に立って大威張り。腰のチャンピオンベルトを群衆に見せつけていた。
「はいはいはい、挑戦者はいないかい? 挑戦者はいないかい? いまなら茶房店主のお姉ちゃんと、時間無制限でバトルができるよ〜〜♪ さあ、挑戦チケット買った買った買った〜♪」
すぐそばで茶房店主に挑戦するためのチケットを売りさばいていたのは、我らが小隊長トヨムであった。
「武器でド突いて良し、取っ組み合って良し。こんな可愛らしいお姉ちゃんと組んずほぐれつできるなんて、今だけ今だけイベントの間だけだよ〜〜♪」
煽り文句にチケットの捌き方、変に手慣れている。もしかするとダフ屋(違法行為)の経験でもあるのではないかと疑ってしまった。
その姿に思わず我を失ってしまったが、メンバーたちはどうか?
みな一様に口を開けてポカンとしていた。無理もない、我らが小隊長が敵陣営とも言えるチーム『まほろば』の売り上げに協力しているのだ。
「あの……小隊長?」
よほど思い切ったのだろう。シャルローネさんがダフ屋同然のトヨムに声をかけた。
「おう、シャルローネ! どうだい、アタイの片眼とった茶房店主、葵ちゃんと一戦交えてみるかい?」
「いや、そうじゃなくて……」
「ですから小隊長!」
「お? 今度はカエデかい? っつーかセキトリにマミに、旦那まで! みんな揃ってるじゃないか!!」
「なんで茶房店主の手伝いなんかしてるんですか! むしろそこは闘うべきでしょう!」
カエデさんが叱ると、トヨムはキョトンとして、それから彼女の怒りを理解したようだ。
「まあな、カエデが怒るのも無理はないさ。なんせコイツはアタイの片眼ヤッた、そんな女だからさ。でもな、カエデ。世の中には片眼の仇よっかよっぽど大切な渡世の仁義ってモンがあんのさ……」
「おう、任侠道じゃのうトヨム。ひとつ話して聞かせてくれんか?」
セキトリがうながすとトヨムはヒザを打って地面に胡座をかいた。ちなみに女性が胡座というのは、大変にはしたない行為なので、それを見かけた方は女の子に注意してあげるべきだ。それは腕でも同じ。女の子の腕組みは腕胡座などとも称して、これまた大変にはしたない行為なのだ。
「まあ聞いとくれ、本日一番槍でミニイベントへ飛び出したアタイの話さ。勇んで拠点を出たアタイだが、まあ囲まれる囲まれる。なにせアタイもチャレンジステージじゃランキングに入ったトヨム姐さんだ。コイツを殺ればビッグポイントだってんで、夏イベントのカエデみたいな人気者さ。おかげで連続五撤退、それでも挫けず出撃したさ。でもな、勢いと気合に根性と精神力だけじゃ、世の中どうにもならないこともある」
いや、気合や精神力、勢いだけでこのイベントを乗り切るのは無理だと、小学生でもやる前からわかると思うのだが。もしかしてトヨム、お前いて座の生まれか?
「半死半生、藤平響これまでか!! と思ったら、そこにあったのは茶房『葵』の暖簾。そして表の騒ぎを眺めていた葵って訳さ。アタイの姿を見た葵、何にも言わないで『回復の団子』をくれたんだ。で、その恩に報いるために、この姿さ」
義理堅いのは結構だが、茶房店主は商人。団子でトヨムが釣れるなら、私だって団子を十皿用意するだろう。