イベント開始
私はログイン、拠点はもぬけの殻。ただし、伝言板にメンバーたちの言葉があった。
先に行ってるぜ、旦那! トヨム。
儂が一番槍みたいじゃのう セキトリ。
一歩外へ出れば敵同士ですよ、先生♪ ナーンチッテ シャルローネ。
メンバーで現場を暖めておきますね! カエデ。
チャンピオンになってくれないと、みんなが怒っちゃいますよ? マミ。
イベントはどのような形になっているやら? ウィンドウを開いて、イベントの状況を確認する。うん、酷い展開だ。街のあちこちで乱闘が繰り広げられている。まるでスラム街だ。
人心というものは、ここまで荒廃してしまうものなのか? などと人道派を気取ってみるが、あくまでこれはゲーム。そして仮想空間でしかない。しかし運営の演出なのだろう。建物の壁にはスプレー缶による落書き。あちこちで火災が発生し、建築物の崩壊まで起こっている。
さて、愛すべき我が小隊メンバーはどうしているだろう? クラン登録しているその名前をタップ。まずはトヨムだ。
トヨムは裏路地に身を潜めていた。息を切らしている。そして最近のコスチューム。柔道着にレギンスであった。そして、カメラ目線になる。
「旦那、そろそろインしてくる頃かな? だったらこの声が届いて欲しい。…そんな今回のイベントは予想以上に酷い。ケンカを売っても買っても、無関係の連中が囲んでくるんだ。そう、ケンカ相手のクランメンバーだけじゃなく、通りすがりのプレイヤーだ。そうやってポイントを稼ぐのが利口だって考えたんだな。アタイも五回撤退したよ。だからさ……旦那、負けるんじゃないぞ! じゃあな、愛してるよ旦那」
そう言い残して、トヨムは表通りに出た。
「武将チャレンジのランカーがいるぞーー!」
「あいつを殺せばビッグポイントだ! やっちまえーー!」
「ヒャッハーー!」
見る間にトヨムはプレイヤーたちに囲まれた。四方八方から人が群がってくる。
「死にたい奴からかかって来い!」
拳を構えたトヨムは、見る見る人の波に飲み込まれていった。
キルを取られた者は拠点に帰ってくる。しかしトヨムは現れない。ということは、イベントのコツを何か見つけたのかもしれない。できれば残るメンバーの状況も確認したかったが、帰還メンバーがいないことを良いことに、私も外へ飛び出した。伝言板に、私も行くぞ!
と書き残して。
もう、士郎さんどころではない。まずは生き残ることだ。トヨムのような武将ランカーですら囲まれるイベントで、私がノコノコ歩いていれば即死であろう。拠点の扉を開けて、まずは左右を目でだけ確認。一応、人はいない。
通りへ出て交差点を横切ろうとしただけで、よそのプレイヤーの声が聞こえてきた。
「あそこにピンで歩いてる間抜けがいるぞ! 狩っちまえ!」
「ヒャッハー!」
十人ほどの甲冑武者が得物を手に手に駆けてきた。いつの間に王国の兵士たちはこんなに下品になったのだろう。鎧に落書きをして、兜を脱いだモヒカンだったりと、まるで世紀末救世主伝説だ。どうせならもっと雰囲気を出して、革ジャンとか革ツナギ着て来い、お前たち。
そして彼らが世紀末救世主伝説の悪役というなら、私は主人公サイドであろう。すれ違い様にまず一人を撤退させた。そして音も無く振り返り、そのままもう一人袈裟斬りで斬り捨てる。
「おぉっ!? な、なんだよコイツ!!」
驚いている暇があるのかい? ということで、こちらも面をしたたか打って撤退させた。
悪役の群れに動揺が走った。
「お、おい……コイツ……聞いたことあるぞ……」
「な、なんだよ……誰だよ、コイツ……」
「夏イベントで、片っ端から一発キルを取ってた可笑しな奴がいたってよ……」
「どんな奴だよ、そいつ……うぼわあ!」
楽しくお喋りしてるところ悪いのだが、もう一丁キルをいただいた。
「なんでもそいつ、サムライの格好して、木刀使ってたって話……あぼ〜ん!」
うん、それは士郎さんのことだな。私じゃない。
「いや、おかしいだろ! 木刀なんてクソ雑魚武器だぜ! なんで木刀でキルが……ぺもっ!」
「ひいぃぃぃっ! た、助けてくれ〜〜っ! ふべらっ!」
「キャン!」
「イヤッッホォォォオオォオウ!」
あの、逃げないならキルを取っちゃうぞ、君たち。……もっとも、人さま指差して牛鬼でも見てるような顔をする失礼な君たちだ。腰を抜かしているのを良いことに、打ちのめしてあげるけど。
コテンパン♪ そんな擬音が聞こえてきそうなほど、簡単に十人を料理した。そこで周囲の確認。クランのような単位で、私を目掛けて走ってくる連中が……三団体。
そのうちのひとつが「ちょっと待て!」と足を止めた。
「おかしいぞ、十人はいた連中が、一瞬で消されてる!」
うん、よく気づいたね。観察は生存の重要なスキルだ。その方針を忘れるんじゃないよ?
「さっきのチビもそうだったな。一発でキルを取るおかしな奴がいるぜ、このゲーム」
トヨムのことだろう。彼らは交戦したのか? トヨムを袋叩きにしたのか?
「まあ良い、他の連中と闘ってる隙に、後ろから叩いちまおうぜ!」
だから丸聞こえだっての……。君らは会話が他人に聞かれることを考慮していないのか?
まあ、なんにせよ彼らがトヨムを囲んだということは、私の中で決定。もちろん物的証拠が無いのだが、それでも決定。まあ、私の難癖の犠牲者ということで、安らかに眠ってほしい。
ということで、かかってきた二団体の相手をして彼ら闇討ちチームを誘う。右に左に一発キルの『虎徹』をキメて、「上様大活躍」のシーンを再現した。
視界の端で、チーム闇討ちのメンバーが散開するのが見えた。
誰か一人でも、私からクリティカルを奪う戦法らしい。
しかし私視線で言えば、各個撃破がしやすくなる、ということだ。スルリと囲みを抜けて、さり気なくチーム闇討ちから一本を奪った。狙っていることを気取られぬよう、ごく自然にだ。それからすぐに囲みの中へ逃げ込む。……次に近づいてくる奴は?
いた。その方角へ脱出し、またも一本。そして追いかけてくる囲みの中へ姿を消す。しかしこの戦法には難があった。囲みが薄くなってきたのである。私を囲んでいる連中から、少々一本を取りすぎてしまった。
しかしこうなると、闇討ち君たちが囲んでくる辺り「一対一が嫌いなんだねぇ、君たち」という具合だ。
確かに、このステージならばクリティカルを入れたり一本を取るには、複数で囲むのが最も効果的だ。私たちは食らっていないが、一般的な六人制試合でもそうした戦法は見かける。ただしこの戦法は、「勝ちを得る最短距離」ではあるがしかし、「個人の技量を上げる」には不向きな戦法と言えた。
集団で一人を囲み、「当てた者勝ち」というような闘い方では、個人の技量など伸びはしない。
やはりきっちり、キレイにクリティカルを入れる訓練は必要なのだ。しかし凡百で止まるプレイヤーというのは、目先の勝利やポイントのため血眼となり、一ヶ月先三ヶ月の努力を怠ってしまうのだ。才能も充分にいるであろうに、なんとももったいない話である。
そんなことを考えている間に、闇討ちチームも含めて全員のしてしまった。立っているのは私ひとり。これだけの数がいて、姑息な戦法を取っておきながら全滅である。
辺りを見回した。人影は無い。だが油断をするな、私。敵は物陰に潜んでいるものだ。
とはいえ、寝込みを襲われたり風呂の最中を襲われることが無いのは助かる。伊東一刀斎であったか、小野次郎右衛門であったか忘れたが、寝ているところを襲われ布団の四隅を抑えられ危ない目に遭ったという史実がある。
そしてどこの流派にも、対奇襲の技がひとつくらいはある。別の言い方をすれば、技のひとつひとつを丁寧に読み込めば「暗殺技」のひとつやふたつは必ず秘められているものだ。近年ではわざわざ自らを「暗殺者」とか呼称している者もいるようだが、私からすれば「御苦労なこって……」としか言いようが無い。
そして敵は現れた。見覚えのある若者だ。革防具にトゲ付きメイス。地下足袋姿の……そう、「情熱の嵐」のヒナ雄君である。
「おや? トヨム小隊のリュウさんではありませんか?」
「よく覚えてたね、私のことなど」
「わりと目標にして、頑張ってきましたから」
「ということは、私たちのイベントでの働きは……」
「はい、研究させてもらってます。ただ、どうやって一発キルを取っているかは、まだわかりませんけど……」
「おや? 私と士郎さんでマヨウンジャーのアキラくんには教えたはずだが……」
「あれでできるようになるのは、アキラくんと輝夜さんだけです。ボクたち素人じゃあなかなか上手くいくものではありません!」
「やはり、白銀輝夜は修得したか」
私が言うと、ヒナ雄青年はハッとした顔をする。
「なるほど、君は情報の恐ろしさというものを理解しているようだ」
そういうと今度は青い顔をした。なかなかに忙しい青年である。
とはいえ、情報の恐ろしさを知っているということは見どころのある若者だ。
そしてこちらの出した情報、浸透勁を疑っているのかもしれない。だとすればもったいないことだ。
「じゃあヒナ雄くん、食らってみないか? 一発キルというのがどういうものなのか」
「そう言ってボクからキルを奪う、っていうケチな考えでは……無さそうですね? どういう魂胆ですか?」
「面白きこともなき世を面白く、さ」
私の意図は伝わらなかったようだ。青年は頭の上に「?」を浮かべている。
「つまりね、ライバルがいないとつまらないってことさ」
あぁ、とようやく納得してくれたようだ。
「でしたら信用できる技だ、ということですね?」
ニコニコとはしているが、これが若さなのだろう。考えていることが顔にですぎる。そして得物を執る手が、自由度も高くゆるやかになった。
身につけていたのだな、浸透勁。彼は彼なりに、一生懸命私を欺こうとしていたのであろう。しかし毒餌に「居合腰」を身につけたり、「ナンバ」を修得したりと、努力の経歴がありすぎる。そしていま現在も、私に手の内を晒してしまった。これでは「一端の使い手になりました」と名札を提げて歩いているようなものだ。
私の木刀は鞘の内。つまり手の内は晒していない。ただヒナ雄青年は、しきりと私の腰の物を気にしている。
ふむ、居合を知っているか。そりゃそうだろう、あの白銀輝夜を仲間としているのだ。
「ヒナ雄くん、なにやら面白いオモチャを持ってるみたいだね?」
「あれ? やっぱりわかっちゃいます?」
ヘラリと笑って見せるが、上手くない。作り笑顔が引きつっているのだ。それに発汗もしている。
「どうせなら、仲間を全員呼び出すといい。隠れてるんだろ?」
カマをかけると、素直に赤髪の若者が姿を現した。
「ちぇ〜〜っ、輝夜が言うよっかずっと達人じゃねぇか」
「我らの気配を読んでいたのだな」
「ふふ……その自信が命取りにならなければよろしいが?」
男子ふたりに女子ひとり。
いや、まだいるはずだ。情熱の嵐というクランは四人ではない。そして遅参遅刻も考えにくい。というか今回のイベントにも準備をして、全員参加してくるはずである。それくらいの周到さ、几帳面さが彼らにはあるように思えた。というか、アバターの人相。ヒナ雄くんの人相がそれを物語っている。アバターの人相で何を言う、と仰る方もいようが、私はこれが馬鹿にできないと思っている。
人は自分のアバターを、実際の人相とかけ離れたものにはしないと、私は考えている。多少のアレンジは加えて男前にはするだろうが、どこかかしこは似ているものである。
アバターヒナ雄くんは理屈屋の顔をしている。別な言い方をすれば賢い顔立ちであった。大人からすれば「まだまだ修行が足らんわ!」と一喝したくなる顔だ。そう、一喝したくなるのだ。構いたくなってしまう。将来を期待してしまう顔なのである。長大物プロレスラーの言葉を借りるならば、「小さくまとまるな!
恥をかけ! 馬鹿になれ!」と言いたくなる。
だから私は挑発する。
「坊や、大人をナメるもんじゃないぜ。そこに隠れてるのはわかってんだ」
『そこ』がどこなのかは示さない。しかしヒナ雄くんは根が素直なのだろう。あるいは私を大きく見てくれているのか。
「二人とも、バレてるよ」
そう言って残りの二人を出してくれた。




