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居合

「ミニイベントも気になるところですが小隊長、まずは本店と忍者さんにトニー君退治の報告を上げてみてはいかがでしょう?」

「おう、そうだなシャルローネ! 忍者も首を長くしてこの報告を待ってるだろうよ!」



 ということで、戦闘記録の動画とともに、メールを送る。少し間を置いて、返信があった。

 鬼将軍からは「御苦労であった。しかしいずみ君は何にからまれていたのかね?」という質問も添えられていた。

「本人に訊くのが、より正確な情報かと」と返信させる。これで忍者は根掘り葉掘りとさまざまなことを訊かれることになるだろう。楽しみなことだ。

 そして忍者からも返信。


「クソ坊主を退治してくれたことには感謝する。ありがとう! しかしだ、本店にまで報告は必要なかったんじゃないのか?」


 そこへ返信。


「礼などいらぬ、仲間じゃないか。で、そろそろかなめさんが来る頃じゃないのかい?」

「あぁ、かなめ姉ぇのスキップ踏む音が聞こえてきた。私はそろそろ逐電する、あでゅ〜!」


 忍者、あでゅ〜は二度と会えない別れの言葉だ。生きて帰ってくるつもりなら、あでおすが正しい。……ん?

かなめさんに追われているということは、二度と会えない永の別れか。正しい用法だったな、忍者。冥福を祈っているぞ、腹を抱えて笑いながらな。

 そしてトヨムはウィンドウを閉じて言った。


「忍者は死んだ。無言で土に還るだけだ。かなめさんの追手からは逃れられない。ということで、秋のミニイベントについて研究しよう」


 忍者の話題はこれで終了となった。話はストリート王者決定戦に移る。


「カエデ、ミニイベントの説明文を読んでくれるか?」


「はい、小隊長。え〜と……秋は市街地が戦場になる! 安全なのは拠点だけ、一歩外へ足を踏み出せばすぐに一対一。もしくは一対多数、あるいは多数対一、多数対多数の闘いになる! ルールは簡単、拠点から外に出てプレイヤーを発見したら襲いかかる。不意打ち待ち伏せ上等、どんな上位クラスとでも手合わせができる機会です! ……だそうです」

「なあ、トヨム?」

「なんだい、旦那?」


 またもや回分だ。しかしそのことには触れずにおく。


「こりゃまるでチンピラのケンカのようだが、そんなモノが私向きだとでも?」

「いやいや旦那、いついかなる時、誰が相手でも立ち合う。そんなスタイルが旦那向きだと思ったんだよ」

「そうですよ、リュウ先生。まるでいつも命を狙われてる坂本龍馬みたいじゃないですか!」


 カエデさんもフンス! と鼻息を荒くしている。



「しかしこのルールでは、拠点を持たない野良のプレイヤーが可愛そうじゃないか? イン、即座に撤退」

「その辺りは運営も考えているようで、野良は人気のない場所にインするそうです。撤退から復活も人気のない場所に、私たちの復活は拠点になるそうです」


「同盟相手やクランの仲間たちとの対戦は?」

「もちろん可能、完全な個人戦をストリートで行うみたいですね。ただし、拠点での戦闘は不可」

「戦闘禁止エリアは拠点だけかい?」

「拠点だけですね」



 私は茶房『葵』が血の海になるところを想像してしまった。いや、あそこの店主も猛者だ。もしかしたら茶房で暴れたりしたら、店主の(キルポイント)になるだけかもしれない。

 しかし、それ以上の懸念があった。


 鬼組の士郎さんだ。奴だけは危険だ。このルールなら、スキップ踏み踏み私を狙ってくるかもしれない。いや、絶対に奴は私を狙ってくる。


「そうなるとリュウ先生と士郎先生の人斬りマッチもあるんかい。楽しみじゃのう……」


 巨大なアゴを撫でながら、セキトリはゴールデンカードに目を細めている。


「いえいえセキトリさん、『まほろば』の白銀輝夜さん辺りが、リベンジマッチを申し込んでくるかもしれませんよー?」

「マミ、それもそうだけど『まほろば』の中で序列の変更なんかがあるかもしれないぞ。案外自分たちだけじゃなく、よそのプレイヤー同士の一戦っていうのも面白そうだ」

「そういう小隊長は誰か狙う相手がいるんですか?」



 シャルローネさんが訊く。

 トヨムはウィンドウに『御剣かなめ』とだけ書いてすぐに消した。


「かなめさん……ですか……」


 カエデさんは生唾を飲み込んだ。


「あぁ……色白でボインでくびれていて、背もシュッと高い美人のかなめさんだ。何一つ恨みなんか無いんだけど、アレだけはキルを取らなきゃならない……そんな気がするんだ……」


 まるで先祖の代から殺し合いでもしてきたかのような、そんな錯覚がするんだとトヨムは言う。

 まあ、容姿だけでもトヨムとは正反対。


 さらにあの美貌ともなれば、恨みのひとつも抱きたくなるだろう。しかしそれを言うならば、『まほろば』の白銀輝夜もそうではないか。しかしそちらには、トヨムの食指は動かないらしい。もしかするとトヨムにとって、本当に先祖代々の天敵なのかもしれない、御剣かなめさんは。


「とはいえ、私たち『トヨム小隊』は通常試合でも散々にキルを取りまくっている。もしかしたらあちこちで恨みを買っているかもしれないから、みんな気をつけるんだぞ?」


 私はメンバーに注意を促したが、全員から白けたような眼差しを向けられてしまった。


「自覚が無いってのは罪だよ、旦那……」

「ウチで一番の稼ぎ頭が、何言っとるんかいのう?」

「一番恨みを買ってるのは、リュウ先生でしょう?」


「これだけのニブチンですからー、女の子にもモテないんでしょーねー」

「いまの私にはわかるわ。なんでリュウ先生が未だに独身なのかが……」


最後の二人! マミさんにカエデさん! それは私につらすぎるだろ!





 ……まあ、私の涙は私が拭い、早々に秋のミニイベント『辻斬り祭り(仮称)』が始まった。

 このイベントに際して、まず私は鞘を購入しておいた。日頃から使っている木刀用の鞘である。


 そこに木刀を納め、抜いて斬ってまた納めるという稽古を、メンバーがログアウトしてから熱心に、念入りにおこなった。そう、居合である。無双流の居合は、鞘がなくては始まらないのだ。


 私は他流派を知らない。語りたいとも思わない。いままで散々に語ってきたクセに、何を言ってやがる。と思う方もいらっしゃろうが、それこそ木を見て森を見ない、である。これまで私が語ったこと程度で古武道を知った気になられては大変に困る。この程度の知識は、初歩も初歩。むしろ語れば恥をかく程度でしかないのだ。


 さて、無双流の居合。これは刃筋を隠すためのものである。

 以前ド素人の若者がしたり顔で、『居合の初手は横に抜くしかない』と語っていたことに出くわして、苦笑を禁じ得なかったことがある。しかし、無双流においてはそれは間違いだ。


 切っ先が鯉口から離れる瞬間まで、どこを斬るかは決定していない。そもそも刀を横に抜くためには、切っ先が離れる瞬間に、鞘を横に向けるから横に抜けるのである。腰に落とした刃が天井向きの抜き付けならば、縦の一刀。そしてグリッと鞘を捻って刃を下に向けて抜けば、下からの抜き付けになる。


 何を言いたいかというと、一に居合の初手は千変万化。二に、どこを斬られるかは斬られるまでわからない。そしてもうひとつ言わせてもらおう。『居合なんぞ抜けば終いじゃ!』という言葉を信じている者がいれば、棺桶を用意しておきなさい、ということだ。


 確かに、居合の有利は鞘の内にある。鞘の中の太刀はどこを斬ってくるかまったくわからない。以前申し上げたことがあるかもしれないが、抜いた刀を構えた時点で、どこを斬ってくるかが丸わかりになるのである。刃筋がどこを狙っているか、それを見れば一目瞭然というやつだ。


 しかし、これも以前語っただろう。抜いたからといって、読まれる太刀など下の下。抜いたあとに構えたところで、『何故か斬られる』『何故かもらってしまう』から剣術なのである。この辺りのことは、詳しくは語らない。読者諸兄にも無縁な話であろう。



 どうしてもその秘密が知りたいというのであれば、ぜひ近隣の剣術道場、居合道場の門を叩いてみるといい。明日から君は人間としては生きていけなくなるだろう。

 とりあえず、当たり障りのないところで。


 居合のために鞘を購入した。何故居合を選んだかというと、居合は申し上げた通り鞘の内の武術。つまり不意打ちに対応するための武術だからだ。そして鞘ごと刀を腰に落として、着装を整える。袴をきっちり、角帯もいつもの通りの強さで締め込み、襦袢が見えないように襟元を整える。


 服装がいつもどおりならば、差した刀もいつもの場所にある。不意打ちを食ったところで、いつもの場所に手を伸ばせば、いつもどおりに刀がそこにある。つまりエマージェンシーに対応しやすいのだ。

 私のアバターが大変に似ている歴史上の人物。


 彼の写真は襦袢をみせたものが多い。あれでは手指があちこちに引っかかって、いざというときには対応できない。つまり彼の剣の腕前は、下の下であると写真が証明しているのだ。


 まあ、歴史上の人物のファンタジーなどどうでも良い。私は私で袴の折り目も正しく、衣服の着装も整え、いつもの場所に刀を落としてイベントに備えた。

 さまざまな説明は不足しているかもしれないが、こうしてメンバーにも手の内をナイショにして、私はミニイベントに挑んだのだ。


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