勝利と畏敬
剣がある。楯もある。そしてカエデは剣士である。ならばどれだけ甲冑をボロボロに剥がれようとも闘わなければならない。いかに涙目であろうとも、カエデの闘志はいまだ衰えることを知らなかった。
むしろ、「ここからが勝負だ!」とばかり私を睨んでくる。
いい。
抜群によろしい。
私も師匠から先の大戦における古流剣士たちの奮闘。涙なくして語れぬ聞けぬ話はこれでもかというほど聞いてきた。
故にその悲壮なる決意や良し! 戦士としては天晴! ただし女子高生としては落第! の評価を下してあげよう! そして今の私にできることは、私の技をもって君をもてなすばかりである!
ということで左の上腕部、防具いただき! 残る右上腕部の防具も、一度背後に回ってからゴッチャンした。
「さて、スネ以外の防具をすべて失ったが……どうする?」
「さすが、私たちが見込んだ剣士だけはあるわね! でもその余裕が命取りよ! タァァアーーッ!」
カエデはひとつ間違えていた。
あきらめない心だけで勝利できるのはジャンプ〇ンガだけである。
おっと、伏せ字の位置を間違えてしまった。あきらめない心だけで勝利できるのはジャ〇プマンガだけである。ここは昭和の売れ筋とは一線を画した、はるか未来の令和世界なのだ。
だから太ももに刃を入れさせていただく。カエデはガックリとヒザを着いた。
「……それが噂に聞く西洋剣術というものだな? しかしそれはカエデさん、アンタには向いていない」
断じてやる。カエデという娘は闘魂剥き出し、斬るならば斬り落とすまで斬る人間。突くならば貫き通す人間。
いかに効率よくチョンチョンと戦闘不能に追い込むか? という合理性の西洋剣術には向いていない。むしろ日本の古流こそが、彼女には向いていると私は考える。
だけど言う事聞かないんだろうなぁ、この娘。
その思いでもう片方の脚も奪う。それでもこの娘、剣を私に向けるんだから……。そこは君、まず回復ポーションを使おうよ。
私は何も痛ぶりの真似事をしている訳ではない。白百合剣士団はなかなかの強豪である。故に稼げるポイントは可能な限り稼いでいるだけだ。いきなりキルを取っても、トヨムかセキトリがやられれば同点である。ならば防具破壊でポイントを取り、手足を使えないようにしてポイントを奪い、それからキルを取るべきである。本来の闘いならばこんなスケベ臭い闘い方はしないのだが、ここはゲーム。そして私はリアルな闘いとゲームの闘いの狭間で、揺れ動いている。
立つこともできないカエデの前腕を打った。それでも彼女はポーションを使わない。
もしかしたらゲームと現実の区別がついていないのかもしれない。ここは一度退場していただいて、冷静になってもらうとするか。ということで、カエデ選手の胴に一撃。キルとさせていただく。
セキトリとピンクの娘、マミさんの闘いは泥試合である。お互いにカスのようなダメージは入れ合っているものの、防具ひとつ破壊できていない。セキトリの昇り龍をマミさんが上手く防御して、強い当たりも間を外しているのである。しかしそれが攻撃につながらないのだ。
性格によるものだろうか? それとも壁役として相手を引きつけているのか?
私は前者と見る。カエデの撤退はもう知っているはずだ。それでも攻撃に転じないのは、性格的に防御型なのだろう。
「セキトリ、ちょっと代わってくれるかい?」
「おう、リュウ先生。こやつなかなかしぶといぞい!」
「おっつけカエデという青い娘が来るから、彼女の相手を頼むよ」
「任せんしゃい!」
ということで、私はマミさんと対戦。
「さ、打っておいで。これはゲームだから相手が傷つくことはない」
そう言ってやるとマミさん、スパイクのついた棍棒を構えて私に打ちかかってきた。パンパン!
二度受ける。つまり左右の連打を放ってきたのだ。やればできるじゃないか。やはり性格的に他者を傷つけるのが嫌い、ゲームと割り切れば闘える、闘いを楽しめるタイプなのだろう。
しかし弾け過ぎだ、アチコチ隙だらけである。まずはすれ違い様に胴をいただく。それで怯むかと思えば、振り向きざまにまた攻撃を仕掛けて来ようとする。
ふむ、攻めることが楽しいのだろうか? とりあえずテレフォンな攻撃から小手をいただいた。
「まだまだ! 防具が剥げただけで死んではいません!」
その通り。しかしいいように防具を剥がれているのも事実。とはいうものの積極性が出て、攻撃にも伸びが出た。思わず頭上で太刀を旋回させる技、旋風を使ってしまう。
兜が弾けた。フワリとしたピンクの長い髪が散って、反対の横面に木刀が滑り込み、マミ選手撤退。
セキトリはカエデと打ち合いをしていたが、気になるのはトヨムだ。
シャルローネのロングメイスが風を切って襲いかかるが、トヨムは素早い動きでこれをかわしている。しかし、中には入れない。お互いにノーダメージ。鎧はおろか衣服にも触れていない。
しかしトヨムのノースリーブをシャルローネのスパイクがかすめたらどうなるのだろうか?
衣服が裂けるとか破れるとかいう演出はあるのだろうか? だとすればこのゲームは年齢制限がかかってしまうだろう。そんなことは期待できないかも知れない。
アホなこと考えていないで、少しあそんでみるか。
「トヨム、私にもシャルローネさんと遊ばせてくれ」
「あいよ、旦那。だけどコチラさん、なかなか手強いぞ?」
「あぁ、いま拝見してたよ。ということで、シャルローネさん。一手所望する!」
「こちらこそ、お願いします!」
一礼するところが正直者くさい。それからスパイクのついたメイスを突き出してくる。
初手のセンスとしては悪くない。打つより突く方が確実だ。
しかし私は横向きになりこれをかわす。シャルローネさん、死に体。これまではここで小手を奪ってきたが今回はメイスを軽く叩く。そら、もう一丁! という意味だ。
するとシャルローネさんは楽しそうにジャレついてくる。どんどん攻撃が伸びてくるのだ。三人の中で、一番ゲームを楽しんでいるのがわかる。そう、攻撃に殺気が無い。ただ純粋にストライクを取りに来るピッチャーのようである。
ある意味、ゲームの達人。こういう子がゲームの中では伸びるのではないか? と考えさせられる。
トヨムもセキトリも、何かの理由でゲームを始め、何かの代用にしている節がある。立ち入った話は聴いたことはないが、どこか悲壮感が見え隠れしている。できればシャルローネさんのような、ゲームとして純粋に打ち込んでいる子が友だちとしてそばにいてくれたら、と思ってしまう。
鎧が剥ぎ取られシャツと乗馬ズボンになり、金髪をなびかせるシャルローネさんの胴を打った。
シャルローネさん、撤退。
これで私は三人と剣を交えたことになる。
セキトリはショートボブのカエデさんと火の出るような打ち合い。トヨムはマミさんを激しく攻め立て、固い防御にはばまれていた。
シャルローネさん復活、セキトリにシャルローネさんの相手をさせる。空いたカエデさんはトヨムを当てた。
「さ、マミさん。どんどん打ち込んでおいで」
このゲームの楽しみ方を覚えたマミさんは、水を得た魚のように伸び伸びと私にかかってきた。
もうキルは取らない。
その必要が無い。残りの試合時間は、みんな好きなように思い切り打ち合いをさせた。
そして試合終了の銅鑼。
私たちは一礼を交わして控え室に戻った。
結果はキル数で3−0、防具破壊のポイントではおとな気無いほどの差をつけての圧勝。
これまで無敗の白百合剣士団に土をつけた、ということになる。しかし大事なのはそこではない。試合結果や無敗記録の維持など問題ではないのだ。
「あーー強かったなぁーー! 一発もクリティカル入れらんなかったよ!」
そう言うトヨムの顔が明るい。
「まったくじゃ! 強い奴ってのはいるもんじゃのう!」
セキトリもにこやかだ。強豪に出会って、技の限り力の限りを尽くしたことが楽しかったらしい。そして乗り越えるべき相手が見つかったということが何よりも嬉しいのだろう。
「まさかワシの当たりがスカされるとは、お嬢さんと思って侮ることは出来んもんじゃい!」
「アタイも前へ前へって考えてたのに、全然攻撃させてくんないんだもんな!」
いつまでも技術談義に耽っている。そして話は試合結果に移った。
「結局旦那のポイントで勝っただけだもんなぁ……もう連勝とか無敗記録とか、どうでも良くなっちゃったよ……」
「なんじゃこう……肩の荷がおりた気分じゃのう……」
そこだ。
勝たなければ、負けてはいけないという気負いが抜けている。
そこがまた、この試合の収穫と言えた。
控え室を出ると、人が押し寄せていた。
「スゲェぞ、トヨム組!」
「白百合剣士団に勝ったんだってな!」
「それもパーフェクトだよ、パーフェクト!」
「俺のカタキとってくれてアリガトー!」
超有名新人、白百合剣士団に勝った私たちを祝福してくれているようだ。中には白百合剣士団に手痛く敗北した者もいるらしい。というか……。
「さすが俺たちをパーフェクトで負かしたトヨム組だぜ!」
「俺、初めてマミちゃんの顔を見れたよ、アリガトー!」
おかしなことを言ってる者もいた。
そんな人混みが真っ二つに割れる。その先には、白百合剣士団がいた。
「お疲れさまでした、トヨム組のみなさん」
リーダーのシャルローネさんが挨拶に来た。甲冑を脱いだ私服姿だが、薄手のサマーコートにファンタジーな装い。つまり露出が高く、出るところが出っ張っててくびれるところがくびれている。しかし下品ではない。
そして美貌と呼んで差し支えない顔立ちに幼さがまだ残る、『少女』の可憐さがただよっている。
控えているカエデさんは真面目な女子高生、マミさんはおっとりとした慈母の雰囲気。その容姿が板についているところから、リアルでも彼女らはこんな顔だと想像ができた。
「あ、お疲れさん。白百合のみんな、楽しかったよ♪」
こちらもリーダーのトヨムが応じる。
「もしよろしければ、さきほどの試合についてお話したいのですが、お時間よろしいでしょうか?」
「アタイはかまわないけど、旦那たちは?」
「私はかまわない」
「ワシもじゃ」
ということで、白百合剣士団との茶会である。