密偵とクソガキ
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茶房『葵』に忍者あり。今日はあの忍者装束に覆面姿ではない。ブレザーに短いスカートの学校制服である。少し鍛えられた脚は逆に肉感的な色気を放ち、ヒザを隠す丈のストッキングで彩られていた。
覆面を外した忍者は、なかなかに美形である。細面の顔立ちに涼し気な眼差し。長い髪を無造作に結わえているが、それでも華がある。しかし、一人茶であった。
テーブルの向こう正面には予約席の札が置かれている。が、しかしこの席に座る予定の客などいない。面倒な話し相手など欲しくなかったからだ。
忍者いずみはこの店に、探りを入れるために来ていたのだ。どこかのプレイヤーが不正を是認するような考え方を流布しているのではないか? そのような疑問が、同盟団体『嗚呼!!花のトヨム小隊』から持ち上がってきたのだ。忍者としては笑止というところ。不正を流布して回る輩など、あちこちにいるからだ。
「ツールを入れられて口惜しかったら、自分もツールを入れればいいじゃん」
そんな考えならこの『王国の刃』には、嫌になるほど行き渡っているのだ。
しかし、依頼は依頼。仕事は仕事だ。有名どころの不正是認者を何人か見繕って、報告として上げるまでである。
すると他のテーブルから弁舌が届いて来た。
最上位、無双格の有名プレイヤー『ドラゴン』氏であった。
「ツールっていうのはね、みんなを平等にするものなのさ。一人二人がツールを入れたら、これは卑怯になる。だけど全員がツールを入れたなら、不平等は無くなるだろ?」
最上位格の者がコレだ。
一見正しいことを言っているように聞こえるだろうが、これは大間違いである。まず大前提として、不正は周りの全員がやっていようとやっていまいと、不正でしかないのだ。ゲームというものは不正を働かないことが前提となって成立している。これが正しいというのなら、運営が公式ツールとしてゲーム内で販売しているだろう。
運営が認めていないものを是とするのは、プレイヤー個人の勝手な解釈でしかない。運営が不正者摘発、不正ツール撲滅の手を回しきれていないことを良いことに、自分勝手好き放題をしているだけのことである。しかし不正者ドラゴン氏は熱弁を振るい続ける。
「条件が平等になったからこそ、僕たちはいろんな研究ができるんだ。例えば戦法。僕たちのパーティーじゃ『車懸りの陣』を用いている」
車懸りの陣というのは、簡単に言うと機動力を活かして次々と新手が現れる戦法である。一撃離脱戦法の連続とでも言おうか? それを、機動力に差の無いこのゲームで、どんなに人を集めても十二人しか集まらないこのゲームで行おうとしている当たり、お里が知れるという奴だ。
それならば陸奥屋一党でよく用いる、二人一組の新選組戦法の方がよほど有用というものだ。
しかし上位格の言葉というものは、ある意味強い言葉なのだろう。新参のプレイヤーたちが聞き入っているのが見えた。
「まずはドラゴンか……こいつをシメるにはイベントを待つか、無双各まで上がらないとならんな……」
忍者は心のメモ帳に、「ドラゴン」と記しておいた。取るに足らない輩でしかないのだが、イベントの標的としては格好の相手である。
しかし不正者なんぞは、各階級にいくらでもいる。なに、このドラゴンなんぞを槍玉に挙げなくとも、いくらでも標的は出来上がるのである。陸奥屋一党鬼組は、『チャレンジコンテンツ』において士郎先生がパーフェクトなんぞ出してしまったおかげで、彼一人が豪傑格に昇格。
そのため陸奥屋一党鬼組全員が、六人制試合では豪傑格を敵に回さなければならなくなってしまった。
その豪傑格でも、忍者いずみの調べでは不正者パーティーなどゴマンといる。ただ単純に、そいつらが不正を是認するような発言を吹聴しているかどうか?
というだけの話なのだ。
「お姉さん、この席空いてる?」
そんなときだ、金髪碧眼、ソバカスだらけの小僧が話しかけてきたのは。チューインガムを噛んでいるらしく、クチャクチャと汚らしい音を立てている。
「生憎だが、予約席だ。よそへ行け」
忍者は取りつく島もなく断った。忍者はクチャラーが大嫌いなのだ。そしてヘラヘラと笑う男もだ。さらに言えば、世の中が自分の思い通りになると思っている手合も大嫌いであった。そして断りもなく勝手に椅子を引いたガキは、それらの条件をすべて満たしていた。
「予約席だと言ってるだろ、早くどっかへ行け」
「そういいながら相席の人、全然来ないじゃん。ずっと見てたんだよ、お姉さんのこと」
知っている。この店に入ったときから視線に気付いた。だが汚らしいクチャラーで、毛唐のガキなぞ、相手にしたくなかったのだ。
……毛唐? 忍者は気づいた。目の前のガキは、流暢な英語で語りかけてきたのだ。
「お姉さん、忍者なんだよね? 陸奥屋一党鬼組の」
勝手に椅子に腰掛けた白人のガキは、ニヤニヤと笑いながら忍者に話しかけてきた。もちろん忍者は返事もしない。
「チャレンジコンテンツで完走して最速記録を出した、あの忍者なんだろ?」
「うるせぇ、黙ってろ」
忍者は腕と脚を組んで睨みつけた。人間というものは不便な生き物で、近距離の言語を耳にすると他の言語が頭に入らなくなるのである。だから是が非でも、このガキには黙ってもらいたかったのだ。
「やった、返事してもらえた♪」
目的を達成したかのように、白人のガキは大袈裟に喜びを表す。その一挙手一投足が、忍者を不快にさせてくれた。
「ねーねー忍者、ボクに興味がある?」
「無い」
だからこの場合、このクソガキの用件を終わらせてさっさと退散していただくことにした。不快な気分はそのための代金のようなものだ。忍者はそのように気持ちを切り替えた。
「興味を持った方がいいと思うけどなー」
「お前のどこに興味持つべき要素がある」
「だってボク、天才プログラマーで天才ハッカーなんだよ?」
ハッカー……生まれてこの方、そんな単語をまともに聞いたことは無かった。しかしIT黎明期、インターネットを介して他人のPCやプログラムなどに不法侵入し、情報を抜き取ったりプログラムそのものを書き換えたりする犯罪者のことを指すものだったが……。
現在では技術も進歩し、個人によるハッキングなどほぼ不可能。国家戦略レベルでなければ通信機能をどうこうしようなどということはできなくなっていた。故に忍者ですら、個人で『天才ハッカー』などと名乗る輩は初めて見るのであった。
「で? その天才ハッカーだかプログラマーだかのクソガキが、私になんの用だ?」
「クソガキだなんて嫌だなあ、ボクはトニーって言うんだよ?」
「お前にどんな名前がついていようと、私にとってはクソガキだ。用件を言え、クソガキ」
「そんなこと言って、お姉さんはどんどんボクに興味が湧いてくるんだけどなぁ。その証拠に、さっきからボクのプロフをチラチラ盗み見てるだろ?」
その通り。こいつの頭の上に表示されている簡単なプロフィールを、忍者は盗み見ていた。だがそんなことは、興味でもなんでもない。
「気になってきただろ、ボクのことが?」
忍者が自分の思う通りになっていると信じているのか、クソガキはニヤニヤが止まらない。
「で、用件はなんだ?」
「そんなに釣れなくしないでよ。せっかくの二人の出合いなのに」
クソガキのニヤニヤは、すでに虫酸が走るレベルに達していた。
「早く用件を言え。私には私の仕事がある」
「それじゃあ教えてあげようか? ぼくが何故忍者に近づいたのか」
これはトンチキなことを口走る前兆だな、と忍者は踏んだ。
「……それはね、忍者に恋をしたからだよ。な〜んちゃって♪」
まあ、そういうパターンだ。しかしこのトニーとかいうクソガキは、自分で言ったことに爆笑して一人でよろこんでいる。天才を自称していても、対人関係というものに疎い『バカ』でしかない、ということだ。プログラムに関してはどうか知らないが、人格のIQは最低レベルと断じることができる。
「ま、ジョークはこのくらいにして……ホントのこと言うとね、ボクはキミを始めとした陸奥屋一党を、全員死人部屋送りにできるんだよ」
だったら黙ってかかって来ればいいだろ。策士策に溺れるというのではない。自ら策を披露したがるあたり、コイツは三流だということだ。そして三流にからまれるということは、私も一流になったということだ。忍者は自分の解釈に満足していた。
「ということで忍者、キミが負けたらボクのクランに移籍してもらうよ」
自信満々で、クソガキはニヤけた。
忍者の返答は、鼻の穴に小指を突っ込むことであった。
「やめてくれよ、せっかくの美貌が台無しじゃないか!」
感情を乱したな。これは私の勝ちだ。忍者は確信した。そこで追撃を食らわせておく。
「私がお前のクランに入ったところで、私はログアウトしたらお前のことなど忘れて、恋人とあまい夜を過ごすんだぞ? いいのか、それで」
忍者に賭けた青春である。もちろんそんな相手はいない。そして忍者は少数派、女の子が大好きな女の子なのである。恋人など作る機会は少ない。だが、こんな簡単なウソなのにクソガキは引っかかった。
「なんだって!? ボクはそんな男みとめないぞ! お前はボクだけのものになるんだ!」
恋人イコール男。つまりこのクソガキは、忍者の個人情報などひとつも手に入れていない。自分が万能だと信じているのだろうが、頭は子供、経験値も子供でしかない。
「私が負けたら、と言ったが、何で勝負するんだ?」
「話に乗ってきたね、忍者。ボクがそんな恋人のことなんて忘れさせてあげるからね」
「早く言え、私と何で勝負するんだ?」
「もちろん六人制試合さ。ボクのクランは、メンバー全員ボクが組んだNPCだよ」
「お前、私たちの闘いは研究してるんだろ? そちらの手の内が見えないのは卑怯だと思わないか?」
自信家という奴は、不利な条件でも平気で飲む。自信家であればあるほど、その兆候は目覚ましい。
「そうだね、それじゃあ君たちの手下であるあの『なんとか小隊』って奴。あれを全滅させてあげるよ」
万能どころか自分を全能と信じるクソガキは、『嗚呼!!花のトヨム小隊』にまでケンカを打った。