消えたコンテンツ、生まれたコンテンツ
さあ、私リュウの視点だ。チーム『まほろば』に浸透勁の技術は渡した。それが使いこなせるようになるかどうかは、あちらさん次第である。そしてそのことに対して、小隊の中では少なからず動揺が広がっていた。
「まあ、旦那や士郎先生の判断だから文句は無いけどさ……それにしても、敵も強豪なんだ。これから先、楽じゃなくなるぞ?」
「そうですねぇ、小隊長。どう闘いましょうか……」
やはり、若者は良い。起こってしまった事象に愚痴ひとつこぼさず、もう先のことを考えている。
「まったくリュウ先生ってば、どうせかわいい女の子に浸透勁を教えたんでしょ!?」
ジットリとした視線を向けてくるのはカエデさんだ。
「オジサンから見たら、若い娘はみんな可愛く見えるよ。ただ、そうだなぁ……女の子というよりも、男の子に近かったかな?」
「なぬっ!? 男の娘!?」
変に食いついてきたのはマミさんだった。もちろん私は漢字の誤変換には気づいていない。
「そ〜ですか〜。リュウ先生もようやく高貴な趣味にお目覚めですか〜〜♪ これは捗りますねぇ〜♪」
そこはかとない誤解を感じつつも、マミさんは放っておく。それよりも、技術流出の意図である。
「例えば私が浸透勁の技術を、小隊のみんなにすら教えなかったとしよう。確かに私ひとり、もしくは士郎先生と二人でいわゆる『無双』できただろう。俺強えぇえぇえ! って奴だ。しかしそれで勝てるか? 六人制ならば問題は無いだろう。しかし今回イベントを経験して、そんなものは螳螂の斧に過ぎんというのが理解できたはずだ。ならば五人十人でこれをやる。戦さの流れが変わるだろう。しかしどうだ? 陸奥屋が所属した軍ばかり勝っていたら、イベントが面白くないだろ? 確かにこの技術は私たちが努力で勝ち取ったものだ。しかしその結果は、不正者が『王国の刃』を面白くなくしているのと同じになってしまう。稽古は相手があってこそ、対人ゲームも相手があってこそ。そこに拮抗が無いとゲームは面白くなくなって、サービスが終了してしまうぞ。ひとつのゲームを盛り上げるも滅ぼすも、そこに参加する者の責任なんだよ」
「う〜ん、強いばかりじゃ駄目なのか……」
トヨムには難しかっただろうか。腕を組んで考え込んでいる。
「せっかく身につけた技だけど制限がかかってくるんだな〜……」
「そんなに難しく考えることはない。稽古ではできる浸透勁も、実際に使うのとでは大違いだぞ。それに」
「それに?」
「不正者相手なら手加減の必要は無いさ。それと、囲んでフルボッコみたいな面白くないプレイヤーもだ」
強い者には強い者の責任がある。そして勝てるだけの力があるのなら、相手も楽しませてやるべきだ。そうでなければゲームは面白くない。
「よし、シャルローネ、カエデ、マミ。よく聞け……アタイたちは、プロレスラーだ」
「リュウ先生、トヨムのやつ可笑しなことを口走り始めたぞい?」
「まあ、聴いてみよう」
以下、トヨム論。
「いいか、プロレスラーってのはまず、絶対に強くなくちゃいけない。例え相手が不正者でも、負けないだけの実力が必要だ。そしてプロレスラーは人気者でなくっちゃいけない。対戦相手を楽しませてナンボだ。アタイはやるぞ、『王国の刃』のエンターテイナーを目指すんだ!」
「小隊長、それじゃリングネームは『キューティー・トヨム』でいきますか!?」
シャルローネさんはノリノリだ。
「いや、アタイはトヨム・コングだ! でっかくていいだろ?」
実際のトヨムはチビチビである。ジャンボ・トヨムやジャイアント・トヨムも面白いかもしれない。
「キューティーの冠は〜、カエデちゃんが似合うと思いますよ〜♪」
「え!? 私? 私が、キューティー……?」
頬を染めるカエデさんだが、まんざらでもなさそうだ。
「シャルローネちゃんはどうしますか〜?」
「私は悪役っぽい名前がいいなぁ〜……デビル・シャルローネ? デンジャラスクイーン・シャルローネ?」
「アブドーラ・ザ・シャルローネってどうだ?」
「小隊長、それいただき!」
「それじゃあマミさんは〜……」
マミさんがリングネームを考え始めたとき、女性陣は声を揃えた。
「「「ポチョムキン・マミ!」」」
もちろんリングネームなどというのは彼女らのお遊びで、実際にはプレイヤーネームを変更することなどできない。
「リュウ先生」
「どうした、セキトリ?」
「そうなると儂ぁ、ドスコイ・セキトリかのう?」
「セキトリ・ザ・ハンサムボーイってどうだい?」
「それならリュウ先生はダンディ・リュウじゃのう」
「どこの芸人だよ、私は……いや、だからこそイイんだ!」
そう、それくらいの遊び心がなくては、ゲームというものはやってられない。
人間は遊び心無しには生きていられないのである。そしてトヨム小隊の合言葉も決まった。
『真剣になれよ、遊びなんだぞ!』というものだ。
以上を陸奥屋本店に報告すると、総裁鬼将軍から『天晴』の言葉をいただいた。
嗚呼!!花のトヨム小隊、明らかに何かを踏み外した瞬間だ。
そしていざ実戦。まずは小手調べにゴブリン先生にお手合わせ願おうとした、そのときだ。
「あれあれあれ〜? 探索の森ステージが終了してますね〜……」
なんと探索の森ステージが閉鎖されていたのだ。その代わりに実装されていたのが、『武将にチャレンジ♡』というステージであった。説明文をシャルローネさんが読み上げる。
「え〜〜っと、並み居る雑兵を蹴散らして、いざ武将の砦へ! NPC武将を倒すと、アイテムがゲットできるよ♪ チームでも単独でも参加できるから、どんどん試してね♪」
まあ、探索の森の武将バージョンというところか。
そして単独参加できると聞いて、トヨムの頭に猫耳が生えた。ピコーン! とだ。
「ねねね、みんな。まずは小隊長のアタイが、先に試してもいいか?」
好奇心と書いて、トヨムと読む。あるいは好事家という文字を当てる場合もある。そして小隊メンバーはみな、そのことをそれとなく存じていた。
「ちなみにですね、小隊長。単独でチャレンジする場合、クランメンバーがナビゲーターを務めることができるそうなんですよ」
「へぇ〜〜、みんなの手助けがあるのか。これは心強いな!」
トヨムはすでにグローブ、柔道着の上、青いレギンスに赤いレガースとニーパットを着けていた。もちろん柔道着の下にはエルボーパットを着けている。頭突きができるようにだろう、赤いはちまきを締めていた。
「それじゃあ小隊長、準備はよろしいですか?」
シャルローネさんがウィンドウをポチポチとタップしている。拠点の壁に扉が現れた。
トヨムがそこをくぐる。ウィンドウには扉の向こうの世界、剥き出しの地面と草むらが交互に存在する世界だった。そして世界を仕切る杭を立てたような塀。
まだ見ぬ未知の世界、しかしトヨムはいきなり駆け出した!
「トヨム、どこに向かって走ってんだ!!」
私の問いにトヨムは答える。
「まだ誰も見たことがない明日さ!」
何か歌のフレーズのようで格好良いのだが、明日を見ることができる人間などいない。誰も見たことがないのは当たり前である。つまりトヨムは、未知の世界に心躍り、たまらず駆け出しただけなのだ。
「小隊長、いったん停止!」
かなり残念なことに、シャルローネさんの言葉には従う。私の婉曲な表現はトヨムには通じないようだ。
「左四十五度! そちらにNPCボスがいます! 軌道修正を!」
トヨムは右手を正面に伸ばし、左手を真横に伸ばした。これで九十度。その真ん中へ顔を向けて駆け出した。