実験室
訓練場で稽古に励み、戦闘は一日ほんの二〜三回。そんな私たちではあったが、ダメージポイントを奪われることは無かった。セキトリの防具が破壊されたり、私やトヨムがダメージを被るということがゼロだったのである。
そして私たちは三人。出場する戦闘は六人制。味方が三人いる訳だが、彼らがポイントを得るより早く、試合を終わらせてしまったのである。
戦場でヤイバ系の武器は、初心者には好まれていない。このゲームはなかなかよく出来ていて、刃のある武器の当たり判定がなかなかに厳しいようである。
刃筋が立っていないと当たり、もしくは有効打として見なされないのだ。そのかわり当たり判定で有効打と見られると、一撃で防具を破壊できたり、キルにつながったりする。
では『刃筋が立っている』とはどういうことか? 日本刀で例えてみよう。
刃と峰を結ぶ線を線ABとしよう。そしてヤイバが侵入する敵の……この場合袈裟の接触点これをC。そして斬り裂いた刃の出口、これをDとする。
刀の線ABと通り道である線CDが一丁していること。これが刃が立っている状態である。居合や古流を学ぶ者にとって、この『刃を立てる』というのは初心者のうちに完了していなければならない基本中の基本なのだが、未経験者にはこれが難しい。
斬ろうという意思はあるのだが、どうしても峰の向きがあっちへ行ったりこっちへ行ったり。
なかなか刃が立ってくれないものだ。
故にこのゲームでは打撃系武器、スパイクのついた棍棒や長得物のメイスなどが好まれている。
しかしそれはそれで、やはりスパイクが小手や胴、兜に垂直に命中しないと防具破壊にはつながらない。それでみんなモチャモチャと押し合いへし合いになってしまうのだ。
打撃、即効果。武器では初心者のセキトリに、まず当たりで敵を崩せと指導しているのはそこである。きっちりと間を作り、自分の注文で落ち着いて一撃を入れる。それが防具破壊のクリティカルにつながるのだ。
そういった攻撃のコツをみんな理解出来していない。敵も味方も。
だから防具破壊のポイントもキルのポイントも、私たち『トヨム組』メンバーで一人占め状態だったのだ。
ついでに今のうちに言っておきたいことがある。
防具も武器も普段からメンテナンスを行っておく必要がある。これは試合報酬からすればほんの微々たるゲーム内通貨を支払えば、それでOK、手間いらず。
これをしておかないと、ダメージを負った防具でそのまま次の試合に出ることになる。
武器も防具も破損しやすくなってしまうのだ。
ちなみに試合で壊された防具は、『修理』に出す必要がある。メンテナンスがミリの金額とするなら、壊れた防具はセンチの金額で修理できる。
これを踏まえた上で、トヨムが面白い話を持ってきた。
「ね、旦那にセキトリ。運営が実験的に三人制のバトルをするみたいだよ?」
「ほい、三人制かい?」
「既存の試合形式があるのにか?」
「何を狙ってんのかはわかんないけどね、でもちょっとだけルールが違うんだ。今まではキルを取られたら、ゲームオーバー。その試合場から退場だったけど、三人制は復活があるみたいなんだ」
「できるやつはポイント取り放題かい」
「そ、それでキルを取られたらスタート地点まで後退。そこで防具を修理したり欠損部位を治したり。それから戦場に復活ってルールらしいよ?」
「すると回復ポーションをたっぷり持って行くのか?」
「スタート地点に戻った時点で体力は自動回復、欠損部位の手足は、その場で回復ポーション使い放題。ただし試合あとに精算。修理もおんなじ要領だってさ」
「それならコンタクト、即退場の憂き目に遭っていた初心者も楽しめるということか」
「いや、案外これは判断速度がモノを言うかもしれんぞ、セキトリ。自分がキルを取られて復活までのタイムラグをどれだけ少なくするか? 自分の防具がボロボロでも敵は丸裸かもしれない。数的不利をすみやかに改善するのが勝利のコツかもしれないな」
私は即座に勝利への分析をしてしまった。これは私が兵法指南役とでも言うべき立場にいるからである。それが道場主というものだ。
「だがしかし、三人制だろうとなんだろうと、面白い敵がおらんでは話にならんぞ?」
「そこは手数を増やすってか出会いの機会を増やすべきじゃないかな、と」
「そうだな、トヨムの言うとおりだ。参加もせずにあれこれ言ってても仕方がない。ひとつ参戦してみるか」
「そう来なくっちゃ、旦那!」
ということで今日の稽古は切り上げて、闘技場へと向かう。
受付のリンダに仮設置された三人制へ出場したいという旨を伝えると、彼女は顔をほころばせた。
「ありがとうございます、リュウさん! プレイヤーたちはみんな慎重なのか、参加者が少なかったんですよね!」
「礼を言うならアタイ、アタイだろ? クランのリーダーだし、言い出したのもアタイなんだからよぉ」
トヨムは面白くなさそうな顔をしたが、それでも控え室に入る。
そして控え室にあったウィンドウで敵チームの情報を調べる。
クラン名『白百合剣士団』 週間パーフェクトランキング1位
リーダー シャルローネ
メンバー カエデ マミ
武装
シャルローネ 白磁の甲冑 メイス『極楽浄土』
カエデ 白磁の甲冑 片手剣『月光』 丸楯『決意の円卓』
マミ 白磁の甲冑 双棍型メイス『双龍』
いずれも新兵
「か〜〜っ! 寄りにもよって、コイツラかよ!」
トヨムは頭を抱えた。
それもそのはず。対戦成績が二十五戦無敗 二十五のパーフェクト勝利とあった。
「どういうことだ?」
私が訊くと、トヨムは短い髪をかきむしった。
「アタイたちは十七戦無敗 パーフェクトも同じ数。つまり相手の方が歴戦ってことさ!」
「このパーフェクトってのはなんじゃい?」
セキトリが訊く。
トヨムの答えはわかりやすい。
「一発ももらわずに敵を全滅させたってことだよ! コイツラなかなかやるじゃんか!」
「慌てることは無いぞ、トヨム。私たちのような者がいるんだ。こんな連中がいてもおかしくはないさ」
「とはいえこんな強いやつら、初めてだし……キンチョーするなぁ……」
「相手もトヨムのことをそう思ってるさ。これはあくまでゲームなんだから、今できる全力を出せばいい」
「今回は力試しってことかのぉ?」
「そうだ、胸を借りるつもりでドンと行って来い」
ちなみに私たちの情報だ。
クラン名『トヨム組』 週間パーフェクトランキング2位
リーダー トヨム
メンバー リュウ セキトリ
武装
トヨム スパイクグローブ
リュウ 赤樫の木刀
セキトリ 鉄の甲冑 メイス『昇り龍』
ということで、甲冑を身につけているのはセキトリだけ。ある意味ナメたプレイヤー、フザケたプレイヤーと取られても仕方ない。しかしそれでもパーフェクトレコードを記録しているのだから、とんでもない連中筆頭だろう。
「ん? この週間パーフェクトランキングってなんだ?」
「いつの間にこんなのできたんだろ?」
「誰も教えてくれんので気づかんかったのぉ?」
「まあ、なにかイイコトがある訳じゃないんだから、気にしなくていいだろう。試合に集中だ」
とりあえず試合場にイン。コートは六人制と同じ体育館だが、バスケットボールコートではなくバレーボールサイズといったところか?
ここでトヨムが提案。
「まずは並び替えしよう、セキトリが真ん中で旦那がレフト、アタイはライトだ」
「いい配置だ。そうなると……」
敵陣を見る。白百合剣士団、私の正面は青い娘。セキトリの正面にはピンク。トヨムの正面はリーダーのシャルローネだ。
青い娘はなんという名であったか……青い娘の頭上にカエデとあるのを確認したところで銅鑼が鳴った。両陣営小走りで接近、間合いになったところでセキトリが低く出る。シャルローネ、カエデ、ともに反応するが私たち両脇も構えたので白磁の二人は前に出られない。
金属のぶつかり合う音。白磁とはいえ瀬戸物の鎧ではない。ちゃんとした金属だ。そしてセキトリの当たりでピンクのマミがバランスを崩す。しかしセキトリのメイスは防いだ。なかなかヤルものだ。
「どうやら三対三の一騎討ちみたいですね!」
カエデが奇妙なことを言った。しかしトヨムはシャルローネの相手で手一杯。青い娘カエデの言うとおりの状況だ。
「ではリョウさん、お手合わせ願います!」
私はリュウさんだ。訂正する間もなく、カエデは楯を突き出してきた。あの楯の陰に片手剣を隠しているのだろう。そして楯は正面から見れば楯だが、横からみれば丸見えでしかない。そんなモノを頼りにしているのが若い証拠だ。
敵の間合いまで待っていてやる。
ピクリという予備動作を合図に横へ逃げた。諸刃、カエデの片手剣は空を突いた。
私はその死に小手を下段から打ち上げ、白磁の兜を砕いた。防具剥ぎのポイント、ふたつゲットだ。
カエデは私をキッと睨む。ショートボブ……でいいのか?
肩に届かぬオカッパ頭をヘアバンドで止めている。しかし清潔感というか潔さも清々しい『女子高生』が香ってきそうだ。
真面目な娘なんだろうなぁ……。そう思ったときには胴を打って大腿部の防具も吹き飛ばしていた。
「クッ……」
カエデは後退、楯に隠れる。間合いができたので、余裕が生まれた。セキトリとトヨムを気にする。
セキトリはピンクの娘とど突き合い。トヨムはリーダー対決だが間合いの測り合いで互いに手を出せていない様子。二人とも強敵を楽しんでいるようだ。ならば私はカエデとの一戦を楽しもう。
ヌルリと間を詰め、カエデを誘う。
こんなオッサンの誘いに、カエデは無邪気についてきた。左の楯を押し出してくる。私はカエデの左へ避ける。
この状況、右の剣をカエデは使えない。ボクシングで言うところのピポットポジション。自分は好き放題にできるが、敵は攻撃に一拍遅れるというボーナスポジションだ。
まずは死に小手の左に一撃。片膝ついて、太ももとスネの防具を剥いだ。残るは右足のスネの防具、そして両腕の上腕部の防具だけである。カエデは今にも泣き出しそうな目で、口惜しそうに私を睨んでいた。