盆明けに動く
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夏のイベントを終えて、八月半ば。私はまずトヨムに一発キルの技法……無双流においては『虎徹』、一般的には浸透勁……を仕込むことにした。
「アタイはいいよ、拳ふたつで連打を入れる方が早いから。それよりも長柄物の方が回転が遅いから、そっちに仕込んであげて」
ちょっと遠慮気味なトヨムであったが、それでも一発キルの浸透勁は片腕をやられても使えるからと、無理に教えてやる。しかしトヨムの言うことももっともだ。長得物のメンバーがこれを覚えると、小隊の戦力はかなり上がることになる。
ということで、セキトリとシャルローネさんを中心にカエデさんマミさんにも教えることにする。
ここで面白い発見をした。カエデさんの楯は面積が広い。ということでこれを地面に見立てて疑似投げ技状態を作ることができるのだ。
楯を使った浸透勁というと、「できるのかよ、そんなこと」と思うだろうが、これは本物の浸透勁ではない。ゲームのシステムを利用した浸透勁なのだ。つまり楯で打つという打撃を地面に打ちつけられたとシステムに勘違いさせるのだ。
ということで、トヨムやセキトリたちは通常の「鎧の内部が生身の肉体にぶつかり投げ技を決められた」とシステムが勘違いするような浸透勁を、突き技で指導する。カエデさんには楯を地面に見立てて、地面をぶつけてゆく突き技を教えた。
「リュウ先生、片手剣での浸透勁はできないんでしょうか?」
「まだ焦らないで、まずは楯を使いこなすことからだ」
と言って、カエデさんの片手剣を借りる。そしてカエデさんの革防具にひとつ入れさせてもらう。……キルが取れない。もう一度試す……ライフは削れたが、これまで通りではない。キルに繋がっていないのだ。
カエデさんのライフをリセットして、もう一度。今度はキルに繋がった。
蘇ってきたカエデさんが笑う。
「リュウ先生ほどの達人でも仕損じはあるんですね?」
「……うん、そうだな……」
納得いかん。ということで今度は片手剣の木剣を使ってみた。木剣といっても、真剣ほど薄っぺらくはない。そこそこ肉厚で刃部分もかなり鈍くなったものだ。
「それじゃあカエデさん、もう一回」
こんどこそ一撃キルとなった。うひょ〜〜♪ とか叫んで、カエデさんは楽しそうに消えてゆく。私も納得いった。
浸透勁の練習に励んでいるメンバーたちに告げる。
「みんな、上手く行ってるか?」
「「「いいえ、先生。上手くいってません。お願いティーチャー。教えてプリーズ」」」
予想通りの答えだ。みんな得物の先端にはスパイク……つまり鋭いトゲがついている。これが浸透勁の邪魔になっているのだ。
セキトリ、シャルローネさん、マミさんの得物から先端のスパイクを外させる。トヨムに至っては、スパイクグローブからクッションのついた指なしグローブに変えさせた。
「得物が鋭いと駄目なんだ。面や体、球で打つとイメージしよう。どいぃぃん……とね」
どいぃぃん……これは私の記憶によれば、実在する気楽流柔術の当て身だったはずだ。間違えていたら申し訳ないのだが、当て身の中でも極意や口伝に相当する高い技術だったはずである。
「ん〜〜球をイメージかぁ……」
シャルローネさんがアゴ先に人差し指をつけて、『女の子のもの思いポーズ』。
それから何を思いついたか骨盤の高さにメイスを構え、「えんやこ〜ら♪」と柄をしごいて突き出した。的はカカシ、鉄の鎧を着込んでいる。ズム……鈍い音がした。
金属を突いたときの高い音ではない。明らかに鎧越し、カカシを突いた音である。
カカシ、撤退。
キャ〜〜♪ やったやった〜〜♪ と、ピョンピョン跳ねてシャルローネさんは喜ぶ。
私としては開いた口が塞がらなかった。何故にこの短時間で? なにをやったのさ、アンタ? という次第だ。
「はい♪ あの浅間山荘事件で使われた、鉄球を思い出したんです! あんな感じで『えんやこ〜ら♪』って」
浅間山荘事件って、きみィ。古いもの持ち出すねぇ……。
「じゃあアタイは自分が鉄球になったつもりで……そ〜ら、どっこいしょ〜〜!」
トヨムの突きが鉄の鎧に命中。そこからトヨムの身体が追いつき、体重がのしかかる。ズ……ドオォォ……。『ン』が付かない効果音であった。もちろんカカシは姿を消し、鉄の鎧がその場に崩れ落ちた。
「シャルローネさん、トヨム。士郎さんのとこへ出稽古に行ってこい。御挨拶入れてからな」
「「は〜〜い♪」」
なんだよ、もう教えることが無くなったじゃねーか。あとはキョウちゃん♡ やユキさんといった手練れに揉まれた方がいい。
次はセキトリ、こちらはなかなか上手くいかない。筋力を持て余しているので、体重を活かすことができないでいたのだ。
「セキトリは力がありすぎる。もっと楽に、目方をかけてのしかかるつもりで」
人間は筋力を使って活動している。ましてセキトリは力の士だ。これに「力に頼るな」と言っても上手くいかないのは当然。
「そうだ、コンニャクになれ! 腰から上はすべてコンニャク。のったりとした突きをいれてのしかかるんだ」
するとそのアドバイスで、マミさんがカカシを打ち消した。鬼組出稽古へ出発である。
男子の矜持からか、セキトリはクッともらした。
「気にしない気にしない、人は人。自分は自分さ。むしろこうした打撃は、筋力の少ない女の子の方が覚えが早いものだ」
慰めている訳ではない。古武道というのはそういった一面がある。未経験の男女を並べて同じように教えると、女子の方が覚えが早いのである。
これは『素直さ』によるところが大きい。いやしくも男子たるもの、銃器刀剣の類いを手にすればいやが上にも血湧き肉躍るものである。それが「教わる」ことを邪魔しているのだ。どうしても『斬る!』『戦う!』という観念が入り込み、技を邪魔してしまうのである。
簡単に言うと、男子は『速く! 力強く!』という思いが強いのである。古武道は違う。力を抜けば速くなる。速くなれば力がつくのだ。そして力を抜くことで『正しい技』が身体に入ってくるのである。そこが現代体育との違いだと私は思っている。
「その突き、ヨシ!」
セキトリが力の抜けた突きを入れた。しかしカカシに変化は無し。だが力みの無い良い突きであった。そしてヨシと言われたセキトリは、何が良かったのかも理解できていない様子。なにしろ結果が出ていないのだから。そしていましばらく、力を入れた突きに逆戻りするのである。
そうだ、それでいい。稽古というのはそういうものだ。何が良かったのかもわからず、霧の中を彷徨うようにもがいて、どうにか掴む真実。それこそが鍛錬の成果であり、自分だけの本物なのだ。そうして掴んだ本物の技でなければ、いざというときに使えないものである。
この一連の流れが理解できるかどうか? 大変に残酷なことを申し上げるが、これが古武道に向いているか否か?
を決めるのである。そして向いていない方には大変に申し訳ないのだが、そうした方が古武道を志しても時間の無駄である。もっと別なことに目を向けた方が有意義な人生を送れるだろう。
これが武術の残酷な一面である。
しかしセキトリに古武道の素質がないのだろうか? 根拠は無いのだが、素質が無いという訳ではないと思う。
「どすこ〜〜い」
セキトリ、カカシに体当たり。それこそどいぃぃんという当たりだ。イベント中に試したときは失敗に終わっていたのだが、今回は違った。カカシが消失したのだ。もちろん鉄の鎧はそのまま、カカシだけが消滅し鎧がその場にガシャリと落ちた。
「おいおいセキトリ、イベント中は失敗してたろ?」
「ありゃあ相撲用の当たりですわい。つまり相手の上体を起こす当たりでのう。今のは正しく体当たりでしてな、リュウ先生が言うところのどいぃぃん、と当たってみたんじゃ」
つまりは、イベント中の私の見立て違いなのか?
「セキトリ、もう一度見せてくれ」
「おうさ」
新たなカカシに新たな鎧。セキトリは腰を割った姿勢からゆっくりと立ち合う。そしてどっしりとのしかかり、鎧ごとカカシを押し込んでから、グッと力強く踏み込んだ。
鎧の内側がカカシにプレッシャーをかける。カカシ本体に密着したところで、鋭く、キビシく。
当然カカシは消失。またもや鎧が崩れ落ちた。
「じゃあセキトリ、今度は得物を抱えて、メイスごとのしかかってくれ」
「ほいよ」
「鋭さを求めすぎて、腕で押し込んじゃだめだぞ。杖体一体だ」
「注文が多いのう」
セキトリは笑ったが、得物を介した体当たりの浸透勁が決まった。
「その調子だ、セキトリ! 今度はメイスを突き込む感じで当たっていけ!」
「おうよ!」
ようやくと言っては失礼か? セキトリも無事ゲーム内浸透勁を完成。士郎さんのところへ出稽古へ向かわせる。やれやれ、一時がどうなることかと思ったが、どうにかセキトリも出稽古に出すことができた。
「あの……」
それでは私もひとつ、自分の稽古に入るとするか。
「あの、リュウ先生?」
「うぉう! カエデさんじゃないか!」
「カエデさんじゃないか! じゃありません! 私にも浸透勁を教えてください!」
「楯を使った浸透勁はできるようになった?」
「はい! みていてください!」
楯で鎧を押し込み、内側がカカシ本体に密着したところで、鋭く発勁する。カカシは消失、鎧が崩れ落ちた。
「うんうん、上手上手。カエデさんも出稽古に行くかい?」
「ですからー!」
カエデさんは頬をふくらませる。
「片手剣の浸透勁を教えて下さいってば!」
「今の要領で突けばいいんだよ」
「みんな突き技ばっかりでしたよね? リュウ先生、打ちの浸透勁を教えて下さい!」
リュウ先生のような、打ち技の浸透勁です! とカエデさんは訴えた。
私は「ん〜〜……」と考え込む。
結論。
「無理!」
「え〜〜っ!? なんでですか!! リュウ先生も士郎先生も、あんなに簡単にキルを取ってたじゃないですかーー!!」
「だから無理。あんまり言いたくないことなんだけど、私も士郎先生もそれなりの研鑽を積んでるからできるんだ。それこそ世が世なら……」
そっと殺気を放つ。
「人斬りと呼ばれるくらいにはね」
カエデさんの勢いが止まった。冷や汗をひとつ流して、身を引いている。そしてゴクリと生ツバをのんだ。
「私としてはみんなに人斬り技なんて教えたくない。みんなのことを人斬りなんかにもしたくはない。だから私たちの技を、すべて身につけようなんて思わないで欲しい」
訴えは通じたようだ。カエデさんは「わかりました、すみません」と頭を垂れた。
「わかったなら稽古稽古、士郎さんのところでみんなが待ってるぞ」
これだけの技を振るいながら、小さな肩と頼りない背中の可愛らしい女の子を見送った。