辻斬りから用心棒へ
士郎さんと落ち合った。
色町の外れでだ。
「このように軽く二人ばかし旅立たせてはみたが、士郎さんや。下々の兵隊なんぞあやめてみても意味は無いかもな」
「おう、俺もそれを感じてたさ。どうだ、警備が厳重になる前に一丁大物狙いってのは?」
「いいねぇ、夜になりゃぁ指揮官たちも色町に繰り出してくるだろうよ」
ということで、夜まで時間私潰す。
いちど色町から出てしまうと入場で手間を食うかもしれないので、裏路地やら橋の下で風来坊(柔らかな表現)の振りをした。
案の定というか、伴天連の兵隊たちが騒がしい。
騒がしいだけでなく、物々しい。
随分と張り込んだような数の鉄砲を持ち出している。
「アキツの国のサムライも、実力を買われているんだな」
士郎とともに、そう言って笑っていた。
「どうだいリュウさん、今夜は大物が遊びに出てくるだろうか?」
「出てくるだろうさ、大物だからな。大物は辻斬りごときにビビっちゃいられない」
「となるとだ、鉄砲隊に囲まれた店に大物がいるってことになるな」
それ以前に、高級店が徴発されているはずだ。
その目星はつけてある。
戦前から高級店と名高い「たぬき屋」がそれにあたる。
付近の裏路地、ゴミ箱の中に隠れた。
生ゴミの臭いが酷かったが、戦場の臭いはこんなものではなかった。
血の臭い、脂の臭い、そして内容物の臭い。
戦場など格好いいものでも勇ましいものでもない。
何日も風呂に入れず、体臭が獣臭を帯びてくる。
それでも剣を振るわねばならなかったのだ。
人の気配。
息を殺して気配を消す。
しかしゴミ箱のふたをあけられてしまった。
「なにしてんだ、そんなとこで。気配ダダ漏れだぞ」
目つきの鋭い娘だった。
「誰か斬ろうってのかい? ほら、そっちのゴミ箱もだ」
士郎の潜んでいるゴミ箱も指差す。
この娘、何奴?
自分たちをいとも容易く発見するとは、ただ者ではない。
「この物々しい雰囲気の中誰か斬ろうってんなら、腕におぼえありってとこだな?」
「自慢じゃねぇがな」
士郎が答えた。
ゴミ箱の中から立ち上がっている。
龍之介も諦めるようにしてゴミ箱から出た。
「戦さ帰りだね、アンタたち」
「あぁ、だから腹いせにここいらを仕切ってる伴天連に一発食らわせてやろうと、な」
「やめとけやめとけ、戦さ帰りなら連中の鉄砲の味知ってんだろ? 蜂の巣にされるのが関の山さ」
知ったような口をきいて、娘は笑う。
「ンなことわかるもんけぇ、俺のひと太刀が届くかもしれんぞ」
士郎が不服を口にすると、娘は笑い声をあげて手をヘコヘコと動かした。
「アキツの国の太刀が届くなら、戦さに敗けちゃいないだろ。村なkとは日を見るより明らかだ」
確かに、娘の言う通りだ。
やはり、ただ者の考えではない。
「娘、お前は何者だ」
龍之介が厳しく訊く。
「私かい? 私は『たぬき屋』の者さ」
「ただ者ではないだろ?」
「おっちゃん、お目が高いね。何を隠そう私こそは、走れば馬よりも速く高い石垣も平然と登り、堀があれば水にも潜る! アキツの国イチの忍者なのだ!」
「その忍者が『たぬき屋』で油売ってんのかよ」
士郎の質問も容赦がない。
「っつーか女の忍者なら色仕掛けだろ? お前の紹介文には色仕掛けなんて一個も入ってないじゃないか」
「私は男など趣味じゃない。むしろ可愛い女の子の方が……」
うむ、あまり深入りして良い話題ではないようだ。
「で、その最強忍者が戦さにも出ないで、女郎屋で何してんだ?」
「金稼ぎさ、伴天連もロハではやっつけられてはくれんだろ?」
なるほどその通りだ。
しかし一人では稼げる額も限られていよう。
「その辺りはどうなのよ?」
「なに、本格的な金儲けは店主が担当している、つまり命捨てて一人殺れるかどうかなんて博打は必要ない」
「言ってくれるな、小娘」
「やるからには、勝たなくっちゃね♪」
「で? そんな話したってこたぁよ、俺たちも勝ち馬に乗れってこったろ?」
「ダメだ、そのままじゃ勝ち馬に乗せられん」
からかったのか? 鯉口を切ろうとしたら、忍者は声をあげて笑った。
「まずは風呂に入ってもらう。そうでなきゃ馬の鼻も曲がっちまう」




