三日目、開幕!
三日目、イベント最終日。いよいよ開幕である。
いつものように早目のイン。そして敵の情勢を確認する。眼の前に雑兵(失礼!)はいない。白銀輝夜と三条葵。そしてその向こうに、巫女服姿の娘たちがいるだけだ。
そしてマップを確認。私たちが葬った雑兵たちは次々と西軍本丸から復活。東軍が取り返した陣地を目指すかと思いきや、私たち目指して移動中である。
「良いかね、諸君」
先頭に立つと宣言していた鬼将軍。しかしまだ試合時間になっていないので移動することはできない。
「試合時間となったら私が先頭に立つ」
「仰せのままに」
私たちは頭を下げた。
「嗚呼!!花のトヨム小隊! これよりアタイたちは敵陣深く攻め込む! つまりカエデの囮作戦はもう当てにはできないから、気合入れていくぞ! 泣くな! 騒ぐな! 泣き言いうな! わかったか!」
おう! と私たちは答えた。そうだ、もう人を葬るのは飽き飽きだ、などと言っている場合ではない。若者たちは勝利を目指して奮戦し、そのためには私が当てにされているのだ! 気合を入れ直さなければ!
「陸奥屋一党鬼組! 俺たちこそが総裁の懐刀だ! 総裁が西軍本丸に届くも届かぬも、我々次第である! ……総裁を男にするぞ!」
「応!」
私たちの背後を守るそれぞれの組から、盛んに声が上がった。陸奥屋一党、戦意は溢れかえっている。
泣いても笑っても、イベントは残り二時間。その時計の針が、進む。いくぞ、銅鑼だ! 駆け抜けろ! まず軍の先頭に立つのは鬼将軍、これが声を励ました。
「陸奥屋一党、目指すは西軍本丸! 我につづけーーっ!」
精鋭三十六の志士が吼える。ゆくは敵陣一直線。しかし白銀輝夜たちが追いすがってくる。
そして本丸からは、私たちが葬った西軍兵士たちが復活し、これも声を上げて迫ってきた。
「士郎さん、お先に♪」
忍者がまず出た。露払いとばかり、西軍兵の鎧を剥いでゆく。そこへ私たち老兵を追い抜いた若者たちが勢いまかせで飛び込んでゆく。陸奥屋一党鬼組、トヨム小隊の面々だ。
「あいつらを撤退させるな! 突撃ーーっ!」
残る陸奥屋勢力も一丸となって防衛線に牙を立てた。敵の防衛線、そう、私たちがまず相手にしたのは復活兵ではなかったのだ。豪傑格よりもさらに上位、西軍英雄格の面々であった。
今回のイベントで初めて手合わせをするのだが、これが豪傑格に輪をかけて酷い。不正者の銀座通り、あるいは不正百貨店とでもいうべきか?
ワープはするわ分身の術は使うわ。挙句の果てには空中浮遊まで使うという、「お前ら本当に、『王国の刃』でしか遊べない連中だろ? 他のゲームじゃ相手にされないような、ヘッポコプレイヤーなんだろ?」と言いたくなる有り様なのだ。
「うひょーーっ! こりゃとんでもないプレイヤーばっかだよ、旦那!」
先に敵陣へ飛び込んでいたトヨムが、奇声を発して殴りかかる。
「小隊長! こういう相手にこそ二人一組です! 基本を忘れないで!」
そう、二人一組とヒットエンドラン。どんな不正者であろうと、このふたつが対応の基本なのだ。二方向からの攻撃、そして敵の正面に立たない。だがこの勝利の方程式というのが私たちには通じない。
敵が二人掛かりで襲ってこようとも、というか陸奥屋一党の装備の軽さを軽視して大勢で掛かって来すぎ、人数過多になりがちなのだ。結果押し合いへし合いのギュウギュウ詰めで身動きが取れなくなってしまう。当然のように私たちのサイドに回り込むとか、機動力など発揮できず、いたずらに死人部屋送りとなる始末。
そして人数が減り空間が発生した後は、状況不利と見て逃げ出すのである。私からすれば、オイオイここが稼ぎ時だろ? と声をかけたくなるほど、爽やかに逃亡するのだ。
「これだから英雄格まで登り詰めることができたんでしょうね……」
カエデさんが呆れたように呟く。
「絶対に危険には手を出さない。取れるキルだけ稼いでいく。自分がキルを取られるかもしれないような勝負はしない」
「まったく、なにが面白くてゲームをしているものやら……」
逃げ去る英雄格の背中を見送りながら、私も眉間から力が抜け落ちる。
しかし、勇者はいた。本店メンバー御剣かなめから通信が入る。
「後方より、チーム『まほろば』が接近!」
「旦那!」
「おう、メンバーまとめて行って来い!」
「リュウ先生、私たちも行きます!」
これはユキさんの声。鬼組メンバーも『まほろば』衆を迎撃するようだ。
「気をつけてな、敵は天宮緋影を奪還しようと躍起になってるぞ!」
西軍英雄格が逃げてしまったので、少し私も暇である。ここはチーム『まほろば』と陸奥屋若党の戦いを観戦させていただく。
「卑怯だぞ陸奥屋! 緋影さまをかどわかし、西軍を意のままに操ろうとは! 恥を知れ!」
「確かに天宮緋影さんを誘拐してきたのはウチの忍者だけど、昨夜帰ろうとしなかったのは彼女の意思だよ! 誤解誤解!」
ユキさんは実情を説明しようとするが、白銀輝夜は聞く耳を持たず。「問答無用! 実力で取り返させてもらう!」と実刀を抜き放つ。
「野獣のような娘って思ってたけど、誘拐だなんて禽獣にも劣る振る舞いよね。卑怯にもほどがあるわ、トヨム」
「なあ、三条葵。お前ユキの言葉聞いてたか?」
「今度は左目だけじゃ済まさないわよ!」
「わからず屋だなぁ……。そっちがその気なら、こっちも利子つけてお返しするぜ……!」
巫女服に薙刀、ポニーテールの娘はカエデさんの前に立った。
「ふふん、輝夜も葵ちゃんも、我ら四天王の中では最弱なんだよね〜〜♪ 本当に強いっていうのをお見せしよっかな〜〜♪」
「三、四、五……あの、芙蓉さん? 小さい女の子も入れると五人いるんですけど……四天王?」
「あ、もう一人いるんだけどね♪」
「六人いて、四天王ですか?」
巫女服に薙刀、ショートボブの娘はフィー先生がお相手。
「……………………」
「あの、なにか喋ってもらえます?」
「……………………っ!」
「って、いきなり斬ってこないで〜〜っ!」
フィー先生、危ういところを紙一重でかわす。
そして小柄な女の子、こちらも巫女服装備であった。
これには我らがキョウちゃん♡ が当たる。
「我が名は三条歩! 五人いても六人いても四天王の一人なのですよ〜〜!」
「すまんな、三条歩さん。神党流目録、キョウがお相手する……」
「おぉっ! これはなかなかのジャニ顔。生まれつきのスケコマシさんが現れたのですよ〜〜!」
「別に、俺はスケコマシなどでは……」
「これは歩の貞操の危機! 負けたらキズモノにされてしまうのですよ!」
「いや、そんなことしないから……」
「歩のようなランドセルもOKなお兄さんは、ロリコンが紳士でご病気なのですから、犯罪の香りが漂うのですよ!」
「だから俺はロリコンなんかじゃ……」
「隙あり! なのですよ!」
「危なっ! 子供がそんなエゲツない不意打ちを使うんじゃありません!」
「キャーーッ! ロリコンさんに襲われるなのですよーっ!」
「だから違っ! ……ってダイスケさん、何故に味方のあなたが俺を羽交い締めに!?」
「キョウくん……すまない、だけどロリコンの二つ名は、俺のモノなんだ……」
「なにをトチ狂ってんですか、アンタ!」
「俺のアイデンティティのために、斬られてくれ! 歩ちゃんに!」
「いつの間に『ちゃん』付け!? ってマジでキル取られますから、離して!?」
「滅べロリコン! 乙女の敵! なのですよ〜〜っ!」
キョウちゃん♡ ダイスケくん。仲よく死人部屋へ送られる。代打、マミさん登場。
「おおっ!! お胸が超弩級戦艦ポチョムキンなのですよ!?」
「はじめまして、歩さん。今度はマミさんがお相手しますよ〜〜♪」
「むう、このお胸は葵お姉さま以上。……しかも最近『夏バテしないように!』とかお題目を立てて食べ過ぎなお姉さまより、厳しくくびれてるなのですよ〜〜……」
「ちょっ! 歩!? なに言ってんの!?」
思わずよそ見の三条葵。そのアゴ先にトヨムのワンツー、返しの左フック!
三条葵、不覚の撤退。というかとばっちりというか、流れ弾に被弾という、感想を言い難い撤退であった。
そしてユキさんと対峙する白銀輝夜。そのかたわらに六人目の戦士がセコンドに就く。
「輝夜、相手も使い手じゃけんども、美人っぷりではアンタの勝ちよ。飲んで行きんさい、飲んで」
「ゴクリ」
「誰がボケろ言うたか! ここはボケいらんじゃろ、ボケは!」
インチキくさい広島言葉だ。しかしお人形さんのようにパッチリとした碧眼。色の濃い金髪を無造作に束ねただけだが、全体的に華がある。近衛咲夜というプレイヤーのようだ。巫女服に帯刀している。
「そこのパツキンのおねーちゃん」
忍者がからみにゆく。
「手が空いてるなら、私の相手をしてくれるか?」
「あ、緋影さま誘拐犯!」
「なにーーっ!!」
近衛咲夜が忍者を指差すや、鬼の形相で白銀輝夜が忍者に斬りかかった。忍者刀を鞘ぐるみ、どうにか受け止める忍者。
「精くん、刀はあるか!?」
「……忍者、精くんってなに?」
ユキさんは冷たく言うが、これは幕末の志士中岡慎太郎の変名だ。つまり坂本龍馬が伏見近江屋で暗殺者に襲われたとき、二の太刀を鞘ぐるみで受け止めたことになぞらえたおフザケである。
忍者、俄然不利。と見えただろうが、白銀輝夜の太刀は一直線。忍者の動きは変幻自在。ヌルリと太刀の下をくぐり抜けて、あっさり背後に回った。しかしそこは安全地帯ではなかった。
白銀輝夜、振り向きもせずに突いてきた。
「油断も隙も無いおねーちゃんだな」
忍者も苦笑い。しかし振り向いた白銀輝夜の圧力は凄まじかった。上から右から左から、次々と必殺の太刀を打ち込んできた。
「あの……近衛咲夜さん……?」
「なんね?」
「輝夜さんが忍者と遊んでるから、お相手願えますか?」
「ほうじゃね、斬り合いのマネくらいしとこっか?」
ほうじゃね、というのは誤字ではない。そうだね、の訛り形である。
ユキさんと金髪の近衛咲夜が斬り合いの真似事をしている間、我らがカエデさんはなにをしていたかというと……。
「ねえ、カエデちゃん?」
「なんでしょうか、御門芙蓉さん」
巫女服に薙刀の御門芙蓉と相対している。どちらも動かない。
「カエデちゃんから仕掛けてくれないかな?」
「お断りします。長得物相手に片手剣が仕掛けたら、斬られちゃうじゃないですか」
「いや、お姉さんとしてはそこが狙いなんだけど」
「そういう芙蓉さんから仕掛けてきたらどうですか?」
「いやぁ、それするとカエデちゃんの楯で受けられて、酷い目に遭っちゃいそうだから」
「こちらもそれが狙いです」
「あのね、カエデちゃん?」
「なんですか、芙蓉さん?」
「ウチのひ〜ちゃん……天宮緋影さんね? あの娘が皇室を支える家柄の娘なら、私は天宮を支える家柄なんだ」
「大変そうですね」
「そーそー、だからお姉さん、撤退することができないんだよね」
「事情は誰にでもあります。すべてのプレイヤーがここではフェアなんですよ?」
「あ! カエデちゃん、あそこでブタが空飛んでる!」
「ゲーム世界ですから、そういうことがあってもおかしくはないですね……あっ!?」
「え!? なになに!?」
ザクリ。よそ見をした御門芙蓉に、カエデさんの片手剣が一閃。
「あ〜〜ズルいよ、カエデちゃ〜〜ん!!」
御門芙蓉、撤退。実は彼女こそ四天王最弱の部類だったのでは? 私はそう思ったが、カエデさんが大きくため息をついたところを見ると、かなりの使い手ではあったようだ。そして……。
「どひ〜〜っ!! だ、誰か助けて〜〜っ!!」
フィー先生がもう一人の薙刀巫女、比良坂瑠璃というボブヘアの娘に攻め込まれていた。
感情の無い眼差しで、容赦も無く、矢継ぎ早に薙刀を振るっていた。
「いずみ〜〜っ!! お姉ちゃんを助けなさーーい!!」
忍者に助けを求めるが、生憎忍者も白銀輝夜の相手で手一杯であった。
「あ〜〜ん! へるぷみ〜〜! 誰かたちけて〜〜!」
情けない声で救助要請してくるが、比良坂瑠璃の猛攻をことごとく防いでいる。というかときに反撃をこころみてもいるので、そこはさすがフィー先生。チビチビではあるが手練れと言えよう。
「おうっ! そこのオカッパの姉ちゃん!」
そこへ救助に入るのが、任侠精神旺盛なトヨムである。
「ウチのフィー先生痛ぶってくれて、ずいぶんとやりたい放題じゃないか! アタイが相手になってやるから、覚悟しな!」
いや、トヨム……。気持ちはわかるし言いたいこともわかるが、お前フィー先生よっかずっと格下だからな?
「コンチキショー!」と比良坂瑠璃の脇腹に飛び込んだトヨム、瞬殺撤退! 格闘機械と化した比良坂瑠璃の刃に、露と消える。
そして三条歩と対決していたマミさんは、マキリと呼ばれるマタギ刀で、チクチクとダメージを重ねていた。
「クウッ……ヌヌヌ……やりますね、三条歩さん……」
「そちらこそ鉄壁の防御なのですよ〜。なかなか急所を晒してくれないのですよ〜……むっ!」
背後からシャルローネさんの奇襲。かろうじて足でかわす三条歩。しかしそこにマミさんの棍棒が待っていた!
「しまった! 罠なのですよ!」
左の棍棒はマキリで受けた、右の棍棒もかろうじて防ぐ。しかしシャルローネさんの突きが影のように、音も無く脇腹に突き刺さっていた。チーム『まほろば』は巫女服で防具無し。よって三条歩、これにて撤退。残るは比良坂瑠璃と白銀輝夜の二人である。……いや、ユキさんとジャレている近衛咲夜もいた。
「だから私、さっきからピンチなんだけどーーっ! 誰が残ってるのーーっ!」
フィー先生の悲鳴に、改めて人員確認。私と士郎さん、当然健在。鬼組メンバーから先に確認すると、忍者は白銀輝夜と交戦中、ユキさんも近衛咲夜と剣を交えている。キョウちゃん♡ 並びにダイスケくんは死人部屋から復帰、移動中。
つまりチーム『まほろば』に一対一で相手ができそうなメンバーは、今は不在である。ではトヨム小隊、小隊長トヨム自ら撤退。セキトリ、健在だが女の子と闘う気は無いようで私の傍らに控えている。シャルローネさん、マミさんは三条歩を撃退したところ。カエデさんも御門芙蓉からキルを奪っているのだが、いずれも『まほろば』メンバーには歯が立たない。
そこへ面倒くさい連中が迫ってくる。
「今までなにしてたのよ? とは言わないで! 『迷走戦隊マヨウンジャー』、ここに参上!」
緑髪も長い、小さな女の子が大威張りで宣言した。
「さらにはチーム『情熱の嵐』、呼ばれてないのにここに推参!」
「おう、お兄ちゃん。確かウチのシャルローネさんに色目使ってた兄ちゃんだよな? どれ、私が一丁揉んでやろうか」
「リュウさんリュウさん、本職がその気にならないの」
士郎さんがとがめてくるが、私にも意見はある。
「じゃあ士郎さん、ユキさん目当てで近づいてくる奴がいたらどうします?」
士郎さんの返事は無い。ただ「ギャッ!」という声がして、『情熱の嵐』リーダーが撤退していった。