二日目、最終章……しかしまだ三日目が控えている
押し出したくとも押し出せない。このままズルズル戦いが続けば、東軍の敗北は必至。陸奥屋総裁鬼将軍としては焦れったい展開であろう。と思いきや、まるで焦りなど感じていない様子。
「なに、事態は必ず好転するさ」
などと言い出す始末。それは私と士郎先生が目一杯のフル回転で、最前線を支えているからだ。なにしろ一撃キルという特殊技。それを思いついたはいいがキルを取るということは敵が復活してくるということに同義であり、私たちはまったくちっとも楽にはならないのである。
しかもウチのシャルローネさん、私たちの一撃キルに興味を示したか豪快な足払いで敵を倒しては、トヨムから聞き出した一撃キルを試している様子。頼むから、もうこれ以上中途半端にキルを増やさないでくれないか?
私たちオジサンはもう腹一杯なんだよ。
「そんな胃もたれ胸焼けを感じる、中高年のオジさまを救う救世主♪ ラブリーマイエンジェルカエデちゃん登場! 私が来たからにはもう安心! 敵を一〇〇人二〇〇人釣り出して、一服の清涼剤としてあげましょう♪」
「おおっ! ラブリーマイエンジェルカエデさん! 待っていたぞ!」
「早く敵兵を釣り出してくれ!」
私も士郎先生も、暑苦しい男祭りで明日の朝食はノドを通らないような状態であった。我らがヒロインは陣地から離れた場所に立ち、西軍の群れに声を張り上げる。
「ヘーイ、そこの年齢イコール童の帝歴たち! そんなオジサン相手にしてるから、いつまで経ってもDTを卒業できないのよ! ちょっと私と遊ばない!? 天国気分が味わえるかもよ!!」
なんつー誘い文句だ。童の帝だのDTだのと。お父さん、カエデをそんな風に育てた覚えはありませんよ! ……もちろん言うまでもないことだが、童の帝とDTは同義語。すなわち童貞という意味だ。もちろん私は女性経験の無い男子を嘲弄する趣味は無い。
むしろ女の子のお尻を追いかける暇が無いくらいに、何かに打ち込んでいる人間もいるからだ。そしてかく言う私も、卒業は遅い部類であったとここに告白しよう。というか、そうしたことは本当にどーでもいい話でしかない。冗談めかして語るなら、私も十歳の童貞だと言わせていただく。三十を過ぎた頃から、その手の遊びはとんと興味が無くなってしまったのだ。
さて、男子の卒業、在学の話などどうでも良い。今回もまたイベント最大の人気者、カエデさんのお誘いに男の子どもは食いついた。若くて可愛らしく、そして装備は革防具。そんなカエデさんに『王国の刃』プレイヤーが食いつかない訳が無い。たった一人の女の子が、西軍の民族大移動を引き起こすのである。
何が起きているのか見当もつかないプレイヤーもいよう。しかし数多の甲冑男たちが、カエデさん一人に釣り出されてしまったのだ。
しかしいま現在、東軍陣地はふたつ占領されている。そこへ西軍兵士たちが雪崩れ込む結果となってしまった。
「あ、アレアレあれ? 西軍のみなさん、ついておいでよ?」
釣り出しは成功したものの、東軍陣地奥深くまでの誘導は失敗。しかし逆に言えば、西軍戦力を占領陣地に、不必要なくらい釘付けにできたのだ。これが何を意味するのか? 西軍はキルをとられない……つまり復活して来ないということになる!
「やったな、士郎先生。これで楽になるぞ!」
「なんのまだまだ、敵将が手薄になった以上、大将は本丸突撃を命じてくるぞ!」
「攻めることができるだけ、モグラ叩きよりマシさ!」
士郎先生は突撃に備えて、鬼組メンバーを集結させる。トヨムもまた、私のそばに小隊メンバーを集結させた。……しかし、土煙をあげておかしな牛車が走ってくる。
牛車を牽いているのは、鬼組の忍者であった。
「ヘイお待ち! ニッポンのお姫さま、お持ちいたしました!」
やけに陽気な忍者である。牛車をドリフトで停車させるや、鬼将軍の前で御簾を上げていた。
牛車の中を検めたであろう鬼将軍。例の偉そうなばかりで邪魔くさいだけの椅子からやおら立ち上がり、牛車のそばへと歩み寄る。そして片膝を着いてうやうやしく頭を下げた。
「初めてお目にかかる、影の姫君よ。我が名は水樹隆士、奥州みちのくを拠点に財界を騒がす小物にございます。どうぞお見知りおきを」
「噂はかねがね、出雲の御老体よりうかがっております。場をわきまえぬやんちゃ坊主が陸奥に現れたとか。それが貴方ですね、鬼将軍?」
「過ぎた二つ名、面映いばかりです」
「それで鬼将軍? 私をここまで呼び寄せて、如何なる用件でしょう?」
私からは、その影の姫君とやらの姿は見えない。しかし鬼将軍は打ち明けた。
「現在東軍陣地を占領し在る部隊の撤収にございます」
「私に物をねだる以上、報酬は心得ておりましょうね?」
「甘露なる洋菓子、プリンなどはいかがでしょう?」
「チェーンスーパーふじの、三個詰め合わせ百円のものを所望します」
「チェーンスーパーふじ? それで宜しいので?」
「かのプリンこそ至高にして究極。あの香り、あの甘み。あれ以上の逸品は考えられないほどです!」
チェーンスーパーふじ。確か私の家の近所にも存在する、ごく普通のスーパーマーケットだ。そして私も三個ひとパックで安売りしているプリンは、この目で見たことがある。なんのことはない、カスタードとか堅焼きとかいう意匠を凝らしたものではない、庶民的なプリンである。
影の姫君とか言われ、あの鬼将軍がかしずくほどの娘が、そんな安物を好むとは……。世の中わからないものである。
ん? あまりと言えばあまりな展開につい見落としていたが、よく考えてみよう。鬼将軍は何を要求した? 白銀輝夜たちの撤収?
ということは、せっかく楽になった前線に敵の主力が集まってくるという、大変に面倒くさいことになるではないか!
「ちょっ! 大将、待った!」
しかし私の意見はすでに遅く。
「東軍陣地を占領し在る部隊へ通達。陣地を放棄して西軍防衛に務めなさい」
鶴の一声、指示はくだってしまった。
「いやぁ、いい仕事したなぁ、私」
覆面の下で爽やかな空気を醸し出している忍者だが、その襟首をフン掴まえて最前線へ引っ張ってくる。そしてその顔を敵最前線にむけてやる。
「ヘイ忍者、ここから眺める敵の様子はどうだい?」
「おや、珍しく敵が少ないな」
「そうだ、西軍本丸に突撃して一戦を終結させる絶好の機会だったんだ。そして見ろ」
今度は東軍陣地を放棄して、怒涛のように押し寄せてくる、白銀輝夜たちに目を向けさせた。
「あちらから張り切った様子で敵兵が押し寄せてくる。あれはどうしてこのようなことになっているか、分かるかな?」
「全部天宮緋影が悪い」
「その天宮緋影を連れてきたのは、お前だーーっ! しかも見ろ、あいつら天宮緋影を救出するために、こっちへ走ってくるだろうがーーっ!」
「がんばれ、リュウ先生♡」
「お前も頑張れや!」
とりあえず忍者のケツを蹴飛ばして、敵軍へ差し出すよう仕向けた。「お、忍者さんピンチ♪」とかホザいているが、コイツにピンチの文字は似合わない。何故ならまともに闘おうとはしないからだ。
とにかく、格下ばかりとはいえ数がいる。そして不正者が多い。油断していらない一発をもらわないようにするにも、かなり骨の折れる作業なのだ。私も士郎先生も、さすがにウンザリしていた。昨夜から数えて、もう四時間近く人を葬り続けているのだ。いくら私たちでもお腹いっぱいである。
「ヘッ……リュウさん、もう腹一杯なのかい?」
士郎先生が煽ってくるが、その表情は明らかに腹一杯の顔だ。
「なに言ってやがる、士郎さん……お祭りはこれからだろ?」
私も強がりを言うが、本当はゲップが出そうな気分だった。
「今日の残り時間はあと五分間、どれだけキルをとれるか、ラストスパートだ」
「おうよ、ヘマこくんじゃねぇぞ?」
「そっちこそ、一人で楽になろうなんて考えんなよ?」
奇しくも私たちは同じ構え。士郎さんが脇構えなら、私は左の脇構え。防御など念頭に無い、ただ斬ることのみに専念した構え。来るなら斬る。来なくても斬る。避けようとしても斬る。受けようとしても斬る。斬ろうとするなら斬る。何がなんでも斬るという信念。そして敵兵は千人単位。土煙を上げて駆けてくる。
「神党流剣術初伝、回し斬り!」
「無双流剣術初伝、水車!」
ふたりとも下から斬り上げる太刀、しかもそれが止まらない。いや、本当は一刀のもとに斬り捨てておしまいの技なのだが、敵の数が多過ぎて太刀を止める暇がないのだ。右に左に構えを入れ替えて、触れるものはすべてキルを取った。まさに大車輪の活躍という奴だ。もっとも、そんなことを言われても嬉しくなど無いのだが。
そしてトヨム小隊のメンバーも二人一組の原則を維持して、必死に陣地を守っている。当然のように、鬼組メンバーもだ。いや、陸奥屋一党わずかに三十六名。それに野良の殺され役が何十人かついて、それだけで千人もの大群をしのいでいるのだ。
その主力は、やはり私と士郎さん。一秒間に一人キルを取っているとして、五分間で三〇〇人。二人あわせれば六〇〇人も葬る計算になる。そこへ若者たちが加勢してくれる。白銀輝夜と三条葵の姿を見止めたところで、本日の試合終了となった。