またまた古流
打ちのめしたニンジャさんに渡した半草鞋、ではこれで何をするのか?
チーム『情熱の嵐』が私たちの構えや動きを解析して手に入れた『居合腰』。
あれをニンジャさんに仕込むのだ。
ただし、不公平はよろしくない。
近場にいた者をすべて集めて半草鞋を与えた。
「これから教えるのはいよいよ本格的な古流だから、心して学ぶように」
全員が半草鞋を着用するのを待って、それから教伝開始。
「まずカカトが浮いていると思うけど、地面にはつけないで。自然とお尻が持ち上がり、腰が反った姿勢になるよね。それで良い」
ご存知、新体操選手のような立ち姿。
考えてもみれば、彼女たちもカカトのある靴は履いていない。
古流の立ち姿に似てくるのは当然と言えば当然だ。
「なんだかフワフワした立ち方だな」
「ヒザや足首のクッションが効いてるみたいだね」
ダンスレッスンや3D配信で意識があるのか、立ち方はあっという間に様になった。
では、歩かせてみるか。
「現代人の歩き方はヒザを伸ばしてカカトから着いて歩くけど、古流は違う。曲げたヒザを前に出して、草鞋で地面をこするように歩く」
みんな上半身を垂直に立てたまま歩こうとする。
当然上手くいかない。
「せっかくカカトを浮かせた不安定な姿勢なんだ、少し前屈みになって足を運んでごらん」
「を!?」
「簡単に歩ける!!」
そう、歩くとか片足になるという行為は不安定な動作なのだ。
逆に言えば不安定な姿勢は動きやすいとも言える。
ズリズリズリという草鞋を引きずる音、タシタシタシという足を着ける音。
やるじゃないか、みんな。
もう一度、不安定な立ち姿に戻って。
「はい、左ヒザを折りながら、右足を一歩踏み出して」
予備動作無しで、みんな一歩前進。
「はいもう一度、今度は残った後ろ足……左足を踏み込んだ右足に引きつけて」
引きつけて不安定な立ち姿に戻る。
いわばこれがニュートラルな姿勢だ。
そのニュートラルな姿勢から、今度は右に左にさらに後ろに逃げる足を仕込んだ。
そしてより上手になるように、コツをひとつ。
「ヒザを曲げて姿勢を崩したとき、着地地点を決めてそこへ落っこちてごらん」
これまでの動作同様、実演してみせる。
数回の練習で、どうにかみんなこなせるようになった。
「これが予備動作無しで動く基本だ」
ことのついでだ、得物の振り方も教えておくか。
左手のみで得物を執らせる。
まずは形から。
「左も右も同じだけど、形は一本拳」
得物を引き抜いたらそのまま一本拳となる形を作らせる。
「で、掌のこの部分で柄頭を押さえる」
手の内の要となる説明になるので、この部分の教伝は詳らかとはしない。
「で、右手は添えるだけ。あるいは触れるだけ」
そして振りかぶりの動作は、敵の眉間を狙ったまま振りかぶる。
頭上で得物が地面と平行になったら、左手の小指を締めて得物を振り下ろす。
振り下ろしたあともコツはあるのだが、もちろんこれも割愛。
正直言ってこの辺りは剣術の要だ。
いま教えてすぐできるモノではない。
しかしそれでもオーバーズのアイドルさんたちは、熱心に素振りを締めて繰り返した。
間に合うだろうか、年末に。
間に合う訳がない、年末には。
だがそれでも、無理だと分かっていても教えたくなる。
熱心な者にはそういった魅力があるのだ。
他の先生方の稽古にも目をやる。
どの先生もアイドルさんたちに同じ教えを授けていた。
さてこの中から、ひと足早く古流を身につける者は現れるだろうか?
それともまだまだフィジカルが幅を利かすだろうか?
翌日、以外と言っては失礼か、ムーニーさんが良かった。
程よい脱力、ヒザから崩れるような身体操作と移動。
そこから気配も無しに木剣を振り上げて振り下ろす。
一連の動作に淀みが無い。稽古が終わってからひとりで相当に練習をしたのかと訊いてみた。
「そんなこと無いのよさ、ムニたん昨日のお稽古でへとへとなだけなのよさ」
ひとり稽古の成果でないことはガッカリだが、それでも形はできている。
その呼吸を忘れないように、とだけ方針を言い残した。
「それじゃあそろそろ前哨戦といこうか」
士郎さんが言い出した。
まずは各先生方が教えたメンバー同士。
私のところからはニンジャさんと腕相撲チャンピオンのソナタさん。
ソナタさんは昨日の今日という出来。
つまりそんなに上手くない。
だがフィジカルを封印されたニンジャさんは、もっと出来が悪い。
古流の原則が理解できなかったか、とにかくギクシャクしていた。
それに対してソナタさん、見様見真似ながらもキビシク打ち込んでゆく。
ただし、腕相撲チャンピオンであろうと武器は素人。
得意のフィジカル使ってもイイのに。
フィジカルといえば剣道経験者の隊長さん、床板を蹴って打ち込んでゆく剣道経験が邪魔してか、こちらも動きに精彩を欠いている。
だけでない、カモメさんやハツリさんといったダンスの得意なところや、元気を売りにしている者たちが軒並みギクシャクしているのだ。
もちろん想定の範囲ではある。
ではあるがしかし、それでも残念な結果ではあった。