フィジカルとそれ以外のエネルギー
オーバーズのフィジカル自慢なニンジャさん。
自慢のそのフィジカルを封印する。
これには普段明るいニンジャさんも肩を落としていた。
「ううう……自慢腕力と脚力を発揮できなければ、拙者ただの役立たずでござる……」
「いやいやそうでもないさ、フィジカルでは個人の能力差が出るけどそうでない動きなら人はみな平等だ」
「そういうものなのでござるか?」
「それじゃニンジャさん、君が頼みとするフィジカルを三つの要素で説明するなら、何を選ぶ?」
「ハイ、腹筋と背筋とスクワットです!! あぁっ! 腕力が入らないでござるっ!!」
オーバーズの中では比較的まともな部類かと思っていたが。
しまった、この娘もお勉強が苦手なタイプだ。
「どうしましょう、この際思い切って背筋を捨ててみましょうか……」
「もうえぇちゅうねん。というか、まずは私の話を聞きなさい」
「あぁっ、私は上体そらしがメンバー中ナンバーワンだったでござるっ!」
「いいから聞けっちゅうの、デコ助ニンジャ!!」
しかし根は素直なのだろう、ニンジャさんは気を付けの姿勢で耳を傾けてくる。
「私が訊いたフィジカルの三要素というのは、蹴る止まる捻るだ」
「蹴る止まる捻る?」
「そう、蹴ることでエネルギーを生み出し、止まることでエネルギーを発射。捻るはエネルギーを大きく蓄える」
ふむふむと聞きながら、ニンジャさんは足を動かしてみる。
タンと地面を蹴って前進、その勢いで身体を捻りエネルギーを蓄える。
そして前足の着地と同時に刀を突く。
「これのどこに不備が?」
自慢のフィジカルを腐されたと感じたのだろうか、オーバーズニンジャさんは少しだけご機嫌ななめの様子。
だが勝利にひたむきな彼女たちのため、あえて緩手は打たない。
「何もかもだ」
厳しく言う。
そのうえで!論より証拠
「打ってきなさい」
切っ先を向かって右へ大きく逸らして、小手を打って来いという構えを取った。
「いただきます!」
ニンジャさんの切っ先が持ち上がった瞬間に、カウンターで小手に打ち込む。
ニンジャさん、呆然。
「もう一度」
今度は下段に構えてやった。
舐められたと感じたのか、今度は無言で打ち込んできた。
そんなニンジャさんの左脇腹へ。
ニンジャさん、そんなバカなという顔。
「うん、なかなか速いね」
と褒めたところで地獄への片道切符。
「でも私の勝ち」
ニンジャさん、歯ぎしり。
自慢のフィジカルを抑えられての敗北だ。
悔しいのも無理はない。
「ではニンジャさん、私と君の違いはどこにあるかな?」
「技術と熟練でしょうか?」
「もちろんそれもあるけど、他には?」
「皆目見当もつきません」
それで良い。
生半可どころかネットごときで得たヘボ知識、どころかペテンまがいの超理論を吐き出さないだけまだマシだ。
知らないは知らないで良い。
ネット知識程度で達人の仲間入りと勘違いするよりは、まだ救いがある。
「実はニンジャさん、私と君との間には決定的な差があるんだ」
「その差とはズバリ?」
「君は地面を蹴って前進した。私は蹴らずに前進した」
「は?」
明らかに不快を顔に出した。
こんな明るい娘でもこんな顔をするのかと、私の方がたじろいでしまう。
「蹴らずに前進とはどういうことでござるか?」
「その前に、蹴って進むことのデメリットを」
まず蹴って進むは、足に力を溜めてそのエネルギーを解放することで発生する。
しかし私の前進は倒木のようなものだ。
力を溜めることなく倒れるだけのこと。
だから溜めのラグが無い。
そこに倒れる。
蹴らない捻らない
すでにエネルギーは発生している。
だからニンジャさんよりも速いのだ。
溜めのラグだけではない、溜めのモーションや解放のためのモーションも無い。
だからいつ打ってくるのかが分からない。
これも速いという中に入るだろうか。
予備動作、モーションが無い分だけやはり速いに入れても良いとは思う。
「頭では理解したつもりではござるが、具体的にどのようにすれば良いやら……」
「頭で理解しただけでなんでもこなせるなら、稽古は必要なくなるね」
私は笑ってやった。
ではまず基本から。
「いま足元は地下足袋だけど、これを半草鞋に変えてみよう」
半草鞋、聞いたことのない単語だろう。
だがそれを見たニンジャさんの言葉がすべてを物語っている。
「リュウ先生、この草鞋カカトが無いでござる」
そう、カカト部分の無い草鞋なのだ。
しかもいわゆる鼻緒な足を突っ込むと、指がはみ出して地面に触れてしまう。
ニンジャさんは不良品を掴まされたかのように、悲しそうな眼差しで私を見上げる。
「いや、それで良いんだよニンジャさん。不良品なんかじゃない」
読者諸兄も耳にしたことはないだろうか? 明治維新あるいは戊辰戦争で官軍に西洋靴が支給されたとき、「こんな踏ん張りの効かねぇモノ履いてられっかよ」と不評だったという話。
日本人は昔、歩くときにカカトを浮かせ、足指で地面を掴んで歩いていたのだ。
(注1 「うん、なかなか速いね」 中国武術の蘇昱彰先生の閃電手な蟷螂拳を評した劉雲樵先生のお言葉