表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

68/724

二日目はまだまだ続く

ブックマーク登録ならびにポイント投票まことにありがとうございます。作者ますますの励みとさせていただきます。

 忍者の大冒険、続き。


 西之川高校女子ラグビー部を平和的に倒し、忍者いずみは西軍J陣地を目指す。しかしまたもや六人組の敵に行く手を阻まれてしまった。



「そこをゆく東軍兵士さん! ちょっとお待ちなさい!」

 忍者は忍者であって兵士ではない。故に六人の女の子たちを大きく迂回して避けることにした。

「ちょ! だからお待ちなさいと言ってるでしょうに!」



 女の子たちは美少女揃いであった。本来ならば呼び止められる前に忍者の方からアプローチしたであろう。だが、それを避けるには理由があった。



「私たちは南山学園女子新体操部! 無防備な東軍さん、ここで撤退して私たちのポイントになりなさい!」



 女子新体操部。つまり彼女たちはレオタード姿であった。

 ここはゲーム『王国の刃』である。ひげモジャ、体毛濃い目。というか容姿そのものが濃厚で、クソ重たい甲冑を着込みクソ重たい武器を振り回す世界なのだ。そんな場所にレオタード姿の女の子たち。忍者でなくとも避けるだろう。


 そう、忍者いずみは新体操部の六人を、「大変に気の毒な方々」と認定したのである。そしてリーダーと思われる、忍者に声をかけた女の子が、演技用リボンをピシリと振った。



「ふ……こんな西軍陣地奥深くまで、そんな軽装でよく侵入して来れたわね」



 そのように判断できるなら、ついでに私が只者じゃないと判断してくれ。忍者は心底そう思った。というか、お前ら私よりも軽装だろう、とツッコミたくなる。しかし忍者は面倒を嫌う。


 この手の輩はできるだけスルーしたかった。いかに女の子好きであっても、私にも選ぶ権利くらいはある。忍者はそう思っていた。



「私たちの威容に声も出ないようね、でも行くわよ! まずは小手調べ。みんな、基本技よ!」



 新体操部六人はタンブリングで迫ってきた。しかし忍者は「私はお前たちの威容に声が出なかったんじゃない。お前たちの異様に声が出なかったんだ」と言いたかった。そして彼女たちは、バック転を続けたまま忍者を通り過ぎた。


 ……なにがしたかったんだ? 疑問に思っていると、新体操部リーダーは心底悔しそうな顔をした。



「さすが忍者、その格好は伊達じゃないわね!」



 いや、だからお前ら何がしたかったんさ? その言葉も控えた。忍者の中で彼女たちは、「本当に気の毒な方々」に認定ではなく決定したからだ。



「それでは次の演技よ! みんな、リボンと棍棒の複合技よ!」



 しかし忍者は、彼女たちが演技に入る前に叫んだ。



「みんなーーっ!! ここにレオタード姿のカワイイ女の子たちがいるぞーーっ!!」



 色めき立つ西軍兵士。露出と肌色がほとんど無い忍者などには目もくれず、男どもはスケベ心丸出しで殺到した。囲まれるレオタード姿の舞姫たち。



「ちょ! 汗臭い!! どきなさい、私たちはあの忍者に……アッーー!!」



 凶気の踊り子たちはむくつけき男どもの波に飲まれた。もう二度と浮かび上がることは無いだろう。忍者は心の中で合掌した。



「安らかに眠れ、舞姫たちよ。そして二度と私の前に現れてくれるな……」



 そしてようやく、忍者は西軍J陣地に到着した。到着したのだが、様子がおかしい。まるで警備とか守備がなっていないのだ。そしてJ陣地には、『チーム『まほろば』専用陣地』の立て看板が立っていた。なんじゃいコレは? と陣幕の内側を覗いてみると、オールバックに長い髪をとめた付け髭ドジョウヒゲの娘が、嬉々として机上の駒を動かしている。



 その顔には見覚えがある。確か国内有数の複合企業体、出雲グループ総帥出雲太郎の孫娘、鏡花であった。悪趣味な打ち掛け、悪趣味な孔雀羽根の扇。これだけの悪趣味は世界中探しても、出雲鏡花以外には考えられなかった。なにしろプレイヤーネームが『出雲鏡花』まんまなのである。


 国内でも屈指のお嬢さま、セレブの中のセレブというか、生まれつきのセレブが、こんなところで何をしているやら。

 忍者は陣幕の外から半ば呆れながら声をかけた。



「よ、出雲のお嬢」

「どなたですの!?」



 出雲鏡花は鋭く振り向いた。つまりあさっての方角を睨んでいた。



「そっちじゃない、こっちこっち」



 声をかけ直すことで、ようやくボンクラお嬢さまは忍者いずみと向き合う。



「わたくしの名を存じているとは、どなたですの!?」

「お前、プレイヤーネームを晒してるのわかっててボケてんのか?」



 なんとなく感づいてらっしゃる方も多いだろうが改めて、すべてのプレイヤーは、頭上にネームと基本データが表示されている。そして忍者いずみの基本データも忍者の頭上に晒されていた。これを眼の前にして、わたくしの名を存じているもなにもあったものではない。



「財閥の御令嬢がこんな下賤なゲームで、下々の者どもを相手にお遊戯かい?」

「失礼な、どなたですの!?」

「東北の鬼将軍、ミチノック・コーポレーション縁の者、と言えば満足かな?」



 その名を聞いて、出雲鏡花は顔を青くした。



「ミチノック……忍者……聞いたことがありますわ。東北の鬼の元には忍び在り、と……」

「ありゃ、そんなに有名になってるとは。私も忍びとしてはまだまだだな」

「確かそう、忍びの名は……御剣かなめ!」


「ちょっと待てやお前、そこは流れで私の名前出すだろ、普通!」

「……貴女のお名前? ……にんじゃさん?」



 しまった、プレイヤーネームを忍者で登録しているのを忘れていた。たかだかデコ娘にボケられて、そのボケもごもっともな言い分過ぎて忍者は覆面の中で赤面する。


 しかし何事も無かったようにすべてを取り繕い、恥ずかしさをこらえながら続けた。



「なあ、出雲のお嬢さま。お前さんがこんな場所で遊んでいること、爺さまはご存知なのかな?」



 ギクリ! という擬音が聞こえてきた。そして十勝平野のような広々としたおでこに、玉の汗がにじんでくる。



「はて? おっしゃる言葉の意味が……よくわかりませんわ?」

「いいのかい? この動画を爺さまのPCに送りつけても構わないんだぜ?」

「なにがお望みですの?」


「白銀輝夜と三条葵の部隊を撤退させろ。それから、巫女服ポニーとボブ姉ちゃんのチームもだ」

「要望を述べましたわね。これで強要罪、もしくは脅迫罪が成立しますわ」

「ゲームの中の話だべや」


「あら? Web上での発言で自害に追い込まれるケースもありましてよ? ゲームの中での発言も、ですわ」

「食えねぇタヌキだぜ」

「タヌキは美味には非ずとうかがってますわ」



 で、どうなさいます? と出雲鏡花は訊いてきた。忍者いずみは答える。



「知れたことよ、撤退の憂き目に遭ってもらうぜ……」

「それはこの御簾を上げても、同じことを言えますかしら?」

「なに?」



 出雲鏡花は簾をスルスルと上げた。黒髪の娘が牛車の中で座っている。プレイヤーネームを、天宮緋影という。前髪パッツン。雪のように白い肌。朱を注したように赤く、小さな唇。

 今度は忍者が青ざめた。



「……お、お前……本物の天宮緋影か?」

「私の名を知る、お前は何者ですか?」



 天宮緋影。その名はほとんど知られるところではない。なぜなら「すめろぎ」を影から支える存在。別な言い方をするなら、この国の懐刀だからである。


 その存在は、みちのく財界の雄、鬼将軍に仕える『いずみ』も話でだけ聞いたことはある。さすが天下の出雲、天宮のお姫さままで引きずり出していたか……。


 もっとわかりやすく言おう。天宮の家はこの国の「寿」と「呪」を司る家系なのである。お后さまを女王陛下とするならば、この娘天宮緋影は影の姫君。あるいは呪いの女王なのである。

 忍者は即座に回線を開く。緊急事態エマージェンシー発生である。



「メーデー! メーデー!! 緊急事態発生だ! 西軍J陣地には出雲のお嬢と天宮緋影がいる! 繰り返す、ここには天宮緋影がいるぞ!」



 返信は即座に。



「だからどうしたの、いずみ?」



 鬼より怖い伯母、御剣かなめの声だった。



「別にお上(天皇陛下)がお見えな訳ではないでしょ? なにを驚いているの?」

「だってかなめ姉ぇ、天宮家っちゃあ皇室に次ぐ存在だぞ! そこに弓引いてミチノックは大丈夫なのかよ!?」

「あ、総裁。お言葉をいただけるのですか? ……どうぞ」

「いずみ君!」


「なんだバカヤロー? まさかとは思うけど大将、ゲームの話だから天宮に刃向けろとか言うんじゃないだろうな?」

「いずみ君、我々は何者だ……」

「陸奥屋一党だよ」

「陸奥屋一党とは何者か……」


「……チッキショー、陸奥屋一党は挑戦者だよ!」

「ならばわかるな、いずみ君」

「わかったよわかったよ! やりゃいいんだろ、殺りゃあ!」



 牛車の中から、可憐な乙女は見上げてきた。



「忍者? 貴女は私を葬るのですか?」



 桜貝のような唇からこぼれる声は、忍者の百合心を激しく揺さぶる。

 陸奥屋はいどむ、例え相手が国家中枢であろうとも。そしてその責を自ら担う覚悟の者であった。しかし呪いの女王はあまりにもあどけなく忍者を見上げてくる。


 耐え難きを耐え、忍び難きを忍び……。忍者は念仏のように唱え、直刃の忍者刀の鯉口を切る。心を捨てる。人間らしい感傷も捨てる。我は何者か? 忍びである。

 ならば斬れ!

 耐え難きを忍んで! 忍者刀が閃いた。確かな手応えとともに、娘の悲鳴が響く。



「あ〜れ〜〜っ! この流れでわたくしを斬りますの、忍者さん!?」

「この流れだからこそお前を斬るんだべや、デコ」


「おのれ忍者さん、この怨みは別作品で晴らしてくれますわ!」

「メタなこと言ってねーでとっとと撤退しろや、デコ」



 忍者はもう一度斬った。鎧を着込んでいない出雲鏡花なので、二度も斬る必要は無かった。しかしコイツだけはあと五〜六回は斬っておきたかった。しかし三の太刀を構えたところで、出雲鏡花は消滅した。



「あら〜〜、鏡花さん撤退しちゃいましたね〜〜」



 呪いのお姫さまは呑気に呟いた。


「それで? 忍者さんは私のことも斬るんですか?」



 童女のような瞳で見つめられ、忍者は脂汗を流した。格式の高い身分違いのお姫さま、だからではない。あまりにも可憐だったからだ。もしも忍者が健康的な男子であったなら、身体の一部分が大変にはしたないことになっているような、そんな胸のときめきにとらわれていたのだ。



「さあ、忍者さん? どうするんですか?」

「くっ……!!」


 忍者は唇を噛みしめた。それはもう、血がにじむほどに……。そして忍者いずみ、出した結論は……これだ!

 牛車を牽いた! 牛を殴り倒して自ら牛車を牽いた! そして全力で戦場を駆け抜ける!



「しっかり掴まってろ、天宮緋影! 絶対に振り落とされるなよ!」

「お〜〜速い速い♪ 人間にしておくには勿体ないですね、忍者♪」



 褒められているのかけなされているのかわからない。しかし忍者は中隊無線で呼びかける。



「陸奥屋本店、陸奥屋本店! こちらはガマ八! 西軍『まほろば』参謀、出雲鏡花は討ち取った! さらに『まほろば』大将天宮緋影を拉致、誘拐! これより身柄を本店まで移送する! オーヴァー!?」



 滾りきった忍者の口調とは正反対に、御剣かなめの静かな声が返ってきた。



「敵将出雲鏡花撤退、ならびに天宮緋影拉致誘拐の件、了解ラジャーアウト」



 ラジャーアウト、つまり通信は切られた。忍者の行為に否でも応でもなく、ただ無線が切られた。とりあえずここまでが、忍者の大冒険の一部始終である。そして視点は最前線で闘う、リュウ先生に変更。









 さて、物語は私、リュウの視点に戻ってくる。相変わらず西軍兵士は「見ろよ、あのサムライ気取り二人! 革防具ひとつ着けてないカモだぜ! しかも得物が木刀だとよ! いただいちまおうぜ!」などと襲いかかってくるのだが、一撃キルの術を心得た私と士郎先生によりことごとく戦場の露と消されていた。


 しかしこの一撃キルの術。鎧兜を木刀で押し込んで、それから手の内を決めることにより擬似的な投げ技状態を作り出し、撤退させるものなのだが。ここでひとつ疑問が生じる。

 セキトリのような巨漢による『体当たり』。これで擬似的投げ技状態は発生しないのか?

本当のところを言えば、セキトリに何度か試させていた。しかし、一撃キルには繋がらない。これはどうしたことか?



「ん〜〜ワシの体当たりは『一本』の判定にはならんのかのう?」



 セキトリは首を捻る。確かにそれは言えるかもしれない。カカシを使った実験を繰り返していたあの頃、どれだけ正確に打っても『一本』の取れる打ちでなければ、防具は破壊出来なかったのだ。それに防具のズレもある。


 投げられた側が地面と衝突するときに防具がズレたりする。それでも投げ技判定で即時撤退。だがセキトリの防具が身体や衣服からズレたらどうか? 結果はご存知の通り。一本と見なされず撤退にはいたらない。しかし私の手の内にはズレが無い。士郎先生もだ。それ故の一撃キルなのだろう。



「じゃあアタイが試してみるね!」



 拳闘士にして柔道家、トヨムが実験を買って出てくれた。私は奥伝技『虎徹』のコツを口頭で伝える。



「拳を柔らかく握って鎧を押し込む。鎧の内側が身体に触れた瞬間に、向こう三寸へ突き込むんだ」



 トヨムは五人に立ち合い一度だけ成功させた。



「ん〜〜旦那、悪いんだけどコレ、タイミングが難しすぎるよ」



 タイミング。……つまり擬似的投げ技状態にあっても、やはり『一本』の判定基準がかなり厳しいようだ。打撃から一発撤退の判定が甘ければ、防具の意味が無い。


 しかしゲームとしては『困難とされる投げ技』を決めたら一発撤退くらいさせてあげよう、というサービス。そしてそのシステムの隙間を突くような擬似的投げ技状態というのは、かなり判定のハードルが高いようだ。


 そんなものを極めようとするくらいならば、素直に投げ技を使うか、拳にグローブをはめてワンツーパンチを入れた方が、はるかに簡単である。どうやら私と士郎先生は、運営から達人という名の変態扱いをされているようだ。


 だけど忘れるなよ、トヨム。お前も五回に一回は成功させているのだから、五分の一は変態なんだ。しかし我ら『嗚呼!!花のトヨム小隊』には変態志願者がいた。シャルローネさんだ。私や士郎先生が一撃キルを決めるたびに、さっきから目をキラキラさせている。挙句の果てには、『虎徹』を口頭伝授したトヨムを捕まえて、そのコツを聞き出そうとする始末。



 本来ならば奥伝技。その情報の漏洩には神経を尖らすべきなのだが、もうそんなことを言っている時代ではない。時代ではないから、我らは『王国の刃』というゲームに参加しているのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ