歴史との戦い
重たい者はバランスの崩しやすい。
重たい者ほどバランスの立て直しは難しい。
しかしその理屈がそのままなら、トヨムでも自動車をことがひっくりできることになってしまう。
だから、この理屈はそのままではない。
重たい人間をトヨムがコカすならば、それなりに条件を揃えて、それなりの技術も必用になる。
例えばタイミング良く足を掛ける、ヘヴィ・ウェイトの移動エネルギーを利用する、などである。
そうでもしなければ、トヨムごときが寄りかかろうが何しようが、巨漢たちには屁のかっぱであろう。
まあ、トヨムは従動経験者、その辺りの勘はあるはずだ。
では、ほかの者は?
残念ながら野獣でも天才でもない、凡人だ。
だから稽古が必用になる。
巨漢倒しの技術は、刺股で披露した。
ならばあとは実践だ。
タイミングとか呼吸というものは、経験で覚えてもらおう、稽古だ。
まずは長杖による足払い。鬼神館柔道の面々に転び役を頼み、一般プレイヤーたちが挑戦する。
だがそこは、柔道界のシュート屋たち。
忖度など一切ない、ある者は杖を飛び越え、ある者は前回り受け身でこれをかわす。
「おいおい、まともに行ってもこいつらにゃ通じないぞ?」
見かねたフジオカ先生がアドバイス。
組織長杖を手にしてお手本を示す。
「まず狙うタイミングは、ここ!」
後脚で地面を蹴ったナンブ・リュウゾウ、まえに運んだ前足を、長杖で邪魔する。
ナンブ・リュウゾウ、激しく転倒、まるで島本和彦のマンガのような、豪快な転倒劇であった。
「大丈夫ですか、リュウゾウさん?」駆け寄るマミさんに、血まみれの顔で奴はニヤリと笑った。
「全然平気、大丈夫!!」
やるな、ナンブ・リュウゾウ。見せ場ってものを心得てやがるぜ。
「コツとしては足が前に出ようとしたところを引っ掛ける。着地しようとしたところを、後ろからすくう。これがポイントだ!!」
フジオカ先生が口頭で説明を加えると、鬼神館柔道の巨漢連中にも転倒が出始めた。指導の妙か、柔道という武道の明確さか。
とにか柔道には速効性があるようだ。
そして鍛えに鍛え抜かれた陸奥屋まほろば連合一般プレイヤーたち。
その動きに変化が現れ始めた。
敵の足払い払うには、敵の側面に廻り込む必用があるのだが、横に回り込む前に一手。
杖、敵の目に延ばす者が現れたのだ。
一度敵の動きを停める。
すると動き出し、足を前に運ぶタイミングを読みやすいのだ。
これを始めた者は百発百中。
ほぼ各自に鬼神館柔道を猛者どもをころばせていた。
よしよしうむうむ、よしよし。
私が納得していると、カエデさんが追加注文を出す。
「はーい、みなさんが敵を転ばせたのは、なんのためですかー? キルにつなげるためですねー? では、転倒からキルにつなげてくださーい♪」
そうだ、転ばせて終わりではないのだ。キルを取らなくては話しにならない。
まして敵はフルプレートアーマー。
キルにつなげるには手数がかかる。
そして彼らの得物は長杖、回転がよくない。
そこを試すかのように、鬼神館柔道の面々が鉄兜と胸当てを装備して登場。
大丈夫なのかと懸念したが、カエデさんが余裕の顔なのでまかせることにしよう。
何か策があるはずだ。
挑戦者である一般プレイヤーたち、入場。
ん……? 稽古着姿に違和感を感じる。
……懐に何か呑んでいるな、それがカエデさんの策か。
敵を転ばせるに便利な長杖も、転ばせた後の接近戦では邪魔になる。
ということで、接近戦用の武器を仕込ませたか。
私とおなじみの鎧通しでも持たせたのだろうか?
そして血の宴が始まる。
鬼神館柔道の猛者どもが転倒に次ぐ転倒。そして転ばせた術者は素早く柔道家のそばにヒザを着き、懐から凶器を取り出して振り下ろす。
一撃二撃、演出の鮮血が飛び散った。
そして、絶命。
トゲトゲスパイクの鉄球が、鎖でつながれている。
みんな大好きモーニングスターである。
これがカエデさんの秘策のようだ。
なるほど確かに、私の記憶に誤りがなけば、カエデさんはここ一番というときモーニングスターをもちいる傾向にある。
場合によっては乳切木だ。
どちらも振り回して当てるだけの武器、しかも威力は高い。
ちなみに今回のモーニングスター、懐に忍ばせるだけあって携行用の小振りなものだ。
しかしそれでも斬る手を習い覚えた者ならば、一発で鉄兜を破壊できる。
いけね、また強くなったかも、陸奥屋まほろば連合……。
ゲーム世界における鬼将軍の私設軍隊でしかないというのに。
となりで士郎さんもフジオカ先生も、「やっべ」という顔をしている。
どこまで望むんだ、鬼将軍? 世界最強か? 史上最強か?
世界最強ならb可能かもしれないが、史上最強は不可能だぞ、鬼将軍。
弟子は師を越えられない。
いかに科学や文明が発展しようとも、時間だけは乗り越えられないのだから。
先人たちの生きた時代とおなじ真似など、誰にもできはしないのだ。
だから過去の猛者たちに、私たち現代人は勝てないのだ。
考えてもみていただきたい。
いかに私たちが強かろうとも、国の生きるや滅びるやを戦い抜いた新選組隊士がそのまま現代によみがえり、『王国の刃』に参戦して、私たちで勝てるかどうか? 勝てる訳が無い。そのような状況が生じたならば、私ならばすぐさまカエデさんに泣きつくだろう。
システムを利用して、システムを理解していないであろうアイツらを打ちのめす策を考えてくれ、と。
それくらいに先人というものは強い、恐ろしい。
いや、年齢が十違うだけで別人人種だと、整体の先生が言っていた。
私が子供の頃には家庭用コンシューマー、ファミコンが登場していた。
その頃から外で遊ぶ子供を見かけなくなったという。つまり四十の私よりも五十のオヤジさんの方が、基礎体力があるということだ。
たった十違うだけでこれだけ基礎に差があるのだ。
戦中生まれや戦前生まれというだけで、ほんの近代相手でも勝負にならないだろう。
時間というものは恐ろしい。
もしかすると武に携わる者の本当の敵というのは、時間や歴史ではないのだろうか?