西遊記プラス1
意外と言えば意外な言葉だった。
強者、特にそのようにあらんと欲して長年練磨を続けてきた者は、他者の強さは認めたがらない傾向にある。
強さの権化ともいうべき緑柳老人。
現代の剣聖とも讃えられるべき強いんだ星人の代表が、私たち三人を『自分と大差はない』と認めたのである。
確かに、緑柳老人がそうであるように私たちもまた、各流派の宗家だったりする。
しかしこれまで散々にコテンコテンにされて、大差の無い実力と言われてもにわかには信じ難い。
どういうことだ?
頭の中で疑問がグルグルとうず巻く。
大差の無い実力というのに、これまでの血管はどういうことなにか?
現代の剣聖は言った。
な〜に、経験の差じゃよ、と。
ということはつまり……。
「一生かかっても追いつけないってことじゃねーかよっ!!」
バカにしてんのかよ?
バカにされてんのかよ?
これだから昭和生まれの相手はイヤになるんだ。(注1
そして翌日。
カエデさんによるチーム戦編成が組まれた。
トヨム、シャルローネ、セキトリといった西遊記三人を筆答に五人の若手が付けられる。
いわば西遊記中隊だ。
さらに力士隊六人も三〇人の若手を率いる。
いわば力士大隊である。
これらがどのように動くかというと、各小隊長がフィジカルモンスターのアメフト軍団をコカしにコカしまくる。
後続する若手たちが、それにとどめを刺すという戦法だ。
要となるのは、やはり各小隊長。
これが上手く敵をコカさなくては話にならない。
ということで、大型アバターを用いる者たちを集めて仮想アメフト軍団とする。
実際のアメフト軍団はさらに圧が強いことを、カエデさんは伝えていた。
まず先鋒はトヨム。
陸奥屋まほろば連合の誰もが『小隊長』と呼ぶ、戦闘生物だ。
これが6人の大型アバターのまえに立った。
小さい。
というか体格差が圧倒的だ。しかも一人対六人。
それでも誰ひとりとして、トヨムの心配などしていない。
それだけ信頼の厚い小隊長となったのだ。
練習試合のゴングが鳴る。
大型アバター六人もトヨムも、全速力で急接近。
そしてトヨムが、ヒザで滑り込んだ。
最近合気道の動画でよく見る、あれである。
トヨムに狙いをつけてメイスを振り降ろした者は、標的であるトヨムを見失った。
盛大な空振りで前傾姿勢。
そこへ足がつっかかるのだ。
一名転倒、トヨムはヒザ立ちになり長杖を構えた。
大男たちのお尻を後ろから突っつく。
もう一人転倒。
立ち上がるから走り出すの動作も滑らかに、こんどは試合場1杯にトヨムが走っては立ち止まる。
これは合気道の神さまとも呼ぶべき、塩田剛三先生の動きを模していた。
さらにトヨムは大男たちの足を払い、腹を四十五度の確度に押し込んで尻もちをつかせと大奮戦。
その途中途中で長杖を敵の顔に近付けて威嚇するなど、なかなかに戦さ上図なところも見せていた。
「なんともはや、上手くなったもんだな」
士郎さんが言う。
以前はイノシシみたいに突っかかってゆき、ひたすら殴るだけのインファイターだったのに、得物を手にしてずいぶんと仕事をするようになったのだ。
仕事……この場合、役割分担とでも言うべきか。
今回のトヨムは五人の若手を引き連れて、という立場だ。
自分でキルをうばう必用は無く、とにかく敵を転ばすだけ。
ほんとうに良い仕事をするようになった。
練習試合修了。
トヨムの成績はノーキルでゼロ撤退。
ポイントはすべて敵を転ばせたポイントだ。
合格点を与えて良い出来栄えだ。
カエデさんもホクホクとしている。
続いてカッパ……ではなくシャルローネさん。
ショベルと三日月刃のついた月牙鏟という不気味だ。
華奢な女の子相手に、大男六人。
こちらもまたシュールな絵面である。
大男六人も、今度はうかつに近寄らない。
六方をふさいで円陣をジワジワ縮めてゆく。
もうじき間合い、というところでシャルローネさんが出た。
三日月刃で足を押さえる。
と見せかけて、隣の敵の脚をショベルで払った。
男たちも踏ん張る。
そして攻め込もうとしたその瞬間が本命だった。
うごくは足下のおろそかにつながる。
シャルローネさんの三日月刃が光った。
そしてゴング。
シャルローネさんと六人の男どもが激突する。
が。
すれ違っただけ、シャルローネさんはこちらに男どもはあちらに。
それだけなのに、男たちの三人がよろめいている。
そう、敵の足をあるいは押さえてあるいはすくって引っ掛けて、もののみごとにつんのめらせてヨロめかせたのだ。
転倒はさせない。
転がってしまえば後続の味方がトドメを刺すとき、しゃがんで立ってをしなければならなくなる。
そのロスタイムを減少させる、身内に気づかいある手だったのだ。
「どうだい士郎さん、あんな器用に振る舞えるかい?」
闘魂、気魄が信条の士郎さんに訊いてみる。
「振る舞えるかどうかじゃなくって、俺ならみな殺しにしてる」
やはり、そういう男なのだ草薙士郎は。
いちど抜いた剣には、血を吸わさねば終われない。
野蛮に聞こえるかもしれないが、『それこそが抜かば斬れ、斬らずんば抜くな』という剣士の責任と覚悟なのだ。
だからといって、シャルローネさんの技をクサしたりはしない。
斬るという信念もときには後戻り。
それもまた剣なのだから。
だから生かしておくシャルローネさんの技を、手ぬるいなどと断じたりしないのである。
シャルローネさんの成績、全員をよろめかせたりつまずかせておきながら、ノーポイントのノーキルであった。
これはこれで、ある意味すごい成績である。
猪八戒のセキトリも大奮起。
しかしついつい勇み足となり、キルを五つも稼いでしまう。
まあ、これはこれで御愛嬌というもの。
問題は次に現れた男たちである。
まるに三つ引き、鬼将軍の家紋を染めた大旗をかつぎ、ナンブ・リュウゾウ堂々の入場である。
その陰にあるは草薙流の使い手(ジャニ顔)、キョウちゃん♡である。
唱和人類の生き標本、ナンブ・リュウゾウは旗を立てて睥睨する。
「これに経つは陸奥屋総裁鬼将軍の家紋を染めし、我が軍の牙門旗なり!! これを倒して名を挙げんと欲するものは、いざまかりでて勝負せよ!」
(注1 『昭和生まれの相手はイヤになる』 リュウ先生も昭和生まれです。