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この程度の技なら、剣道経験者にも分かるはず

良い、トヨムがたいへんによろしい。

初めてとも言える熟練者との、得物を手にしての対戦。

それであのキョウちゃん♡と、これだけ打ち合えるのは実に良い。


というのは表向き。

最後の睨み合い、あの場面でしっかり構えを取れていたところを、実は評価している。

さすが、見切り殺しの太刀を散々浴びせてやっただけの甲斐があるというものだ。


ままま、秘術に関してはあまり言葉を多くはするまい。

秘術は秘密だからこそ秘術なのだから。

ここでいま一度、配信者さんたちとアマチュアプレイヤーたちの稽古に目を戻してみよう。


若手のアマチュアメンバーたちは、とにかく素振り素振りで汗を流している。

そして手空きの配信者さんたちも、基本基本で素振りを繰り返す。

黄金の一段目。


日本人の基本好きを、海外ではこのように揶揄する。

先に述べたABCのアルファベットだけでは英語は覚えられない、という理屈。

しかしそれでも、日本人は基礎を練り上げ基本を磨きに磨く。


その結果が『HENTAI』と呼ばれるほどの特殊性を持つに至ったではないか。

世界よ、これがニッポンなのだ。

一をもって万に臨む、万を集めるようとも通じていなければ一にも対応できぬ。


この狂いっぷりこそが世界の心胆寒からしめた、ニッポンの精神なのである。

いや、もしかするとニッポンの狂いっぷりを笑いながら、実は基本を磨き抜いている国もあるやもしれぬ。

夢々油断するなかれ、驕る勝者は明日の敗者となるものだ。



「いかがですかな、フジオカ先生?」

「よろしいですな、是非一手……」



ということで、フジオカ先生との稽古を申し込む。

彼は快く受けてくれた。

切っ先を合わせて立ち合う。


若者たちは円形に座して私たちの手合わせを見守った。

互いに中段から、フジオカ先生は木刀を右肩に担ぐ。

変形の八相、見切り殺しの太刀だ。



「初手からキビシイですな。では私も……」



上段に取る。

火の位であり、上位者に許された構えだ。



「失礼でしたかな、フジオカ先生?」

「いえ、まったく……」



私は真っ向、上段から斬りおろす。

フジオカ先生、これを紙一重で見切り私の肩へとピシャリ。

そう、私の切っ先が邪魔しているにも関わらず、ピシャリと物打ちを届かせている。


見学者たちの間から、ホウとため息がもれる。



「ではお次は私が……」

「お願いします」



フジオカ先生が上段に構えた。

切っ先、いや全身に闘志がみなぎっている。

私は中段の構え。


必勝の瞬間を待つ。


灼熱のように、木刀が振りおろされた。

見切り、切っ先が皮膚をかすめるほどギリギリに見切って。

邪魔な切っ先など躱しもせず、脇構えの木刀を振り上げて振り下ろす。


ピシャリとフジオカ先生の肩を打った。



「さすがリュウ先生、おそろしいまでのキビシさですな」

「いえいえ、フジオカ先生こそ」



粘つくような殺気と緊張感。

そこから解放された見学者たちは、ドッと重たいため息を吐き出した。

うむ、今日も私の剣は斬れている。


この太刀筋に、二十年もの月日を稽古に費やした技に、毛ほどの狂いも無いようだ。



「ありがとうございました、やはり稽古というものはこうでなければ」

「いえリュウ先生、こちらこそ勉強になりました」



私たちは微笑みながら分かれる。

しかしこの肩を、私のこの肩をガッシリ掴む者がいた。

士郎さんか? いや、奴はいま横たわっている。


手足の関節ではない場所があり得ない角度にヒン曲がり、死ぬに死ねない状態のようだった。



「あ〜〜いっけねぇ、今日中に片付けないとなんない仕事があったんだった〜〜♪ 悪ぃトヨム、今日はもうログアウトするわ」

「ウソはイカンぞい公務員、それに仕事を家庭に持ち込むのは不和の原因じゃ」

「いえ緑柳先生、私は独身ですから。家庭不和などはお気になさらずに」

「なにお前さんほど有能な公務員なら、ペロッとサクサクで片付けられるじゃろ? ほんの10分くらい付き合っていけ」



この妖怪ジジイ、私を10分間も地獄に落とす気か。

士郎さんなんざものの3分も闘ってないだろ。



「まあ付き合っていけや」



読者諸兄よ、よく見るがいい。

これがパワハラというものだ。

そしていま、私はその贄となりこの世から去る。



「で? リュウの字や、辞世の言葉はなんとする?」

「父上様母上様、三日とろろ美味しうございました」

「やめんかアホたれ、ワシはリアルタイムじゃぞ」



和田龍平享年四十歳、王国の刃にて死す。



「まあ死なねぇように手足折るだけで勘弁してやるけどな」

「鬼か貴様は、妖怪ジジイめ!!」



私としては床板に伸されたまま悪態をつくのが精一杯だった。

というか、見切り殺しの太刀も一之太刀も通じないとは。

何を食ってそうなった、妖怪め。



「人を食ってこうなったんじゃよ、ヒョッヒョッヒョッ。というか、まだ分かっとらんのかリュウの字よ?」



何がだ?



「お前さん方とワシの間にはよ、もうそれほどの差なんぞ無いんじゃよ」



にわかには信じられん。

それならば何故こうまでも打ちのめされるのだ?

ジジイめ、私を謀っているのか?



「なに、経験の差だけよ」



歌うように、ジジイは言ってのけた。

そして今度はフジオカ先生が倒れ込んできた。

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