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秘剣は秘密だから秘剣という

ということで、地力の底上げである。

本当ならばここでちょっとした一手を授けて、実力がヒョイと上がった方がフィクションとして面白いのだろう。

だがそれはしない。


そうした技が無いではないが、やはり私たちは古流の先生。

『自分で努力して掴んだ技術しか役に立たない』主義の人間なのだ。

ということで、プロ選手たちにはひと苦労してもらうことにする。


ということで、私の相手はヒカルさん。

士郎さんにはライ、さくらさんはフジオカ先生がお相手。

稽古の後見人は、緑柳先生だ。



「さ、思い切りかかっておいで。一段階上の稽古をしよう」



ハイ、と良い返事のヒカルさん。

やはり初手は得意とする居合のようだ。

しかし私の木刀はすでにヒカルさんのこめかみの位置。


横薙すれば目をやれる位置にあった。(注1



「どうだい、ヒカルさん?」

「斬られました……手加減されてるのに……」

「何故斬られたかな? 私はそんなに速くは動いてはいないよ?」

「……見えませんでした、リュウ先生の太刀が」



それはライもさくらさんも同じようだった。

それぞれが『災害先生』の切っ先に制圧されている。



「じゃあ、どうして太刀がみえなかったか? よく考えてごらん」



私は後ろにさがって下段。

フジオカ先生も士郎さんも同じ、これは緑柳先生の指示によるもの。

ひとつ高級な技を覚えてもらおう、という方針なのだ。



「さ、存分に斬っておいで。もちろん自分なりに、見えない太刀を考えてだ」



ヒカルさんが打ち込んでくる、ライもさくらさんも。

分かっていないなら分かっていないなりに、必死の一撃である。



「ぬるい」

「分かりやすい」

「丸見えだな」



私たちはそれぞれに太刀を受け止め、あっさりと払う。

そしてもう一度やり直し。

彼らにとって謎とも言える太刀筋に、全力で刀や槍、薙刀をふるってくる。

全身全霊、己のすべてを賭けて。


しかしその命懸けともいえる一撃は、ことごとくが速度や腕力に依存したものだった。

数発受けることで、それを確認した。

目配せせずとも、士郎さんやフジオカ先生も同じことを見て取っているのが分かる。


そこで私が先にクチを開いた。



「力に頼るな、速度に頼るな」

「リュウさんの言うとおりだ」

「聞こえたよね? どう打ってくる?」



この場合、さくらさんも手槍で小手打ち面打ちの稽古をさせられている。

だから剣の理合いをそのまま仕込まれている。



「元手を意識して」



フジオカ先生は指導する。



「それならライ、お前は切っ先を意識しろ」



これは士郎さん。

ならば私の指導は。



「基本の斬りおろし、士郎先生に授けられたひとつひとつを思い出して、丁寧に振ってごらん」



ヒカルさんはすべてを思い出しながら、ゆっくりと丁寧なひと振り。

良い、基本通りの太刀筋だ。

一歩後退しながら、それでも私の小手にヒカルさんの太刀がはいる。



「いまの、良し!!」



そう言っても、ヒカルさんはキツネにつままれたような顔。

なにがどう良かったのか理解できていない様子だ。

そりゃ当然、ヒカルさんは見えない太刀を求めていたのに一之太刀を褒めたのだから。


しかし、一之太刀にも見えない太刀はふくまれている。

厳密には横薙の見えない太刀とは違うのだが、同じと言えば同じである。

そしてヒカルさんは優等生の例にもれず、次のひと太刀からは駄目になる。


これも当たり前と言えば当たり前。

理合いが理解できていない、どころかどこが良かったのかさえ分からないものが、トレースできる訳がない。

だから私からひと言。



「忘れるな、最初に教わったことをすべて出すんだ」



最初に教わったひと振り、そこにすべてが詰まっている。

ライを相手にする士郎さんも同じように、斬馬刀を軽くあしらっていた。

そしてフジオカ先生だけは、打ちよりもキビシイ突き技をさくらさんに許している。


が、躱すのが難しいはずの手槍を軽くいなしている。

その突きは駄目、まだまだ甘い、そんな風に教わったのか?

傍から見れば言いたい放題。


しかし、私から見てもさくらさんの突きはぬるい。

もしかすると、私たちの展示した見えない太刀筋とかよけられない太刀筋といったものが、今ひとつ信じられないのかもしれない。



「いいかい、ヒカルさん」



だから私はヒカルさんにもう一度技を魅せる。



「こうだ」



以前にも紹介した一之太刀。

この中に含まれてる美味しい部分、エッセンスを抽出するのだ。

そうすれば、俄然ヒカルさんの太刀は変わる。


だが、今日やって今できるものではない。

しかしやらねばならない。

厳しいようだが、これは『人を斬る技』であり『人を斬る稽古』なのだ。

生ぬるい棒振り剣術で人の人生からすべてを奪っては、相手に失礼というものだ。


結局、この日はなにも摑めずに修了。

プロ選手たちはすぐさまカエデさんのもとに集まる。

そして配信者のアイドルさんたちも、熱心にカエデさんを質問攻めにする。



「なにが違ったんだ?」

「どうすればできるようになる?」

「先生たちとの違いは?」


「次の金曜日、配信に来てくれる?」

「いやちょっと待って、押さないで!! 一度に答えられませんから!」

「はいはいそれじゃみんな整列〜〜♪ それじゃあまずは艦長からね? カエデちゃんは艦長の大きな胸にキョーミがあるかしら〜〜?」


「却下、次」



カエデさんに手心という言葉は無い。



「カエデから見て、先生方の技ってどうよ?」

「いつも通りに間違いなく、ゆったりとした余裕があって正確でしたが」

「いつも通り……そういえば先生方って、いつも同じ場所を同じコースを辿って頑ななまでにズレ無く打って来ますよね……」


「あ、それ分かります。絶対にココって。キビシイくらいに同じコースなんだよね」

「ついでに言いますけどみなさん、私は達人ではないので先生方の技をあーだこーだと批評はできませんから」

「だけど参謀、トヨムに聞いたけど士郎先生に勝ったことがあるんだろ? そん時ゃ先生の足が毎回間違いなく同じ場所に同じタイミングで置かれるから、そこを手裏剣で刺し止めたって……」



ライが言うと、カエデさんは恥部を見られたかのような顔をした。





(注1 『目をやれる位置』 ここから先はどう構えてこう斬った、などの描写が不親切になります。

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