初日終了の作戦会議
誤字報告ありがとうございました。
鬼将軍の一党全体……いや、東軍全体に対する無線が入る。
「それでは諸君! 明日の夜七時、またこの場所で会おう! ちゃんと晩飯食ってな! 風呂も入ってな! 歯ぁ磨けよ! 宿題終わったか? じゃあまたあした!」
どうやら何かのネタのようだが、私にはわからなかった。しかし重要なのはそこではない。イベントルールでは明日のスタートは今このポジション。ここから試合開始になるのである。もちろんこの状況は、全体マップに記録されて今夜の作戦会議に役立てることが可能だ。私たちは次々とイベント会場から吐き出された。
戻ってきたのは陸奥屋一党本店。そして畳敷きの大部屋に上げられた。大部屋には巨大なスクリーンが設置されている。まずは首領の鬼将軍があらわれた。総員、居住まいを正して座礼。それから面を上げる。
「本日は総員の参加に感謝し、また諸君らの格別の働きに感謝申し上げる。ありがとう」
ここでまた座礼。
「本日の戦さ振り、各小隊長の采配まことに天晴なものではあったが、勝敗いまだ決せず。明日もまた累卵の危うきがごとき合戦が予想される。よってこれより一党全体の作戦会議を開き、諸君らに公開。それぞれの小隊に帰参してのち、これをよくよく吟味。周知徹底の上で明日の一戦に臨んでもらいたい」
ということで、各小隊から代表者と副官が呼び出された。私たち『嗚呼!!花のトヨム小隊』からは、代表者としてトヨム。副官としてカエデさんが呼び出される。
「へ!? あ、アタシ!?」
「カエデってプレイヤーさん、他に誰かいますかー? マミさんはマミさんでしかありませんよー?」
「ミーの名前はシャルローネでーす! カエデちゃん、しっかりね♪」
「よく話を聞いてくるんだよ、カエデさん」
「小隊長が無茶言い出さんようにの!」
「へ!? は、はうぅぅ……」
カエデさんは大任に目玉がグルグル。しかし、これでいい。私たちの小隊は若く、先がある。いつまでも私のようなオッサンがのさばっていてはいけないのだ。
別室で陸奥屋一党の作戦会議が開かれ、その様子がスクリーンに投影された。された、といってもみんなの顔が見える訳ではない。初日終了間際に記録したマップが映し出されているだけだ。
まずは参謀による状況説明。
私たちは西軍A陣地を占領。現在は防衛線をかなり前へ押し出している状況だ。そのおかげで防衛ラインはすっかすか。A陣形への敵の侵入を許している状況にある。まずはこの防衛線を後退させ、守りを鉄壁にしたい、というのが参謀の考えだ。
「参謀さん、このまま攻め続けて占領された東軍のB陣地を奪い返しちゃえば?」
トヨムの発言だ。一理ある。陸奥屋一党の奮戦により、A陣地周辺の西軍勢力はかなり減らすことができた。あとひと押しでB陣地奪還も可能と見える。しかし参謀は首を横に振る。
「西軍勢力を減らしたということは、それだけ一度に復活してくるということです。それと知りながらA陣地を空にしておく訳にはいきません」
敵は一大奪還作戦を展開してくる、と参謀は踏んでいた。それを許さないための前線後退なのである。
「だが参謀、前線後退と簡単に言ってくれるが、あれは殿に死ねと言っているようなものだぞ?」
「そこは陸奥屋自慢の鬼組と、精鋭のトヨム小隊にお願いします」
「聞いたかトヨム、あの若造は俺たちに死ねと言っているぞ?」
「と、見せかけて参謀の兄ちゃん。なにかウマイ手を考えてるんだろ?」
ニヤリと笑うトヨムの顔が見えて来そうだ。そして参謀くんのニヤリとした顔もだ。
「ここで本日功を奏した『囮作戦』を打つのです。敵の数を減らしておけば、後退にも支障は無いでしょう」
「は!? はい! 私の出番ですね!?」
カエデさん、緊張しまくりなんだろうなぁ。まあ、トヨムを除けば大人の中に女の子がひとり、という状況だ。しかも重責をになわされているという、ありがたくもないオマケ付き。
「しかし口では簡単にお願いしていますが、現実には困難な作戦と言えましょう。もしも同志カエデに護衛をつけるとしたら、誰を選抜しますか?」
「シャルローネをつける」
「リュウ先生ではないんですか?」
「旦那には本陣をつとめてもらう。なに、シャルローネは状況に応じてなんでもできるから、なんとかしてくれるさ」
「となると、トヨム小隊はリュウ先生、小隊長、同志セキトリと同志マミで本陣を守る、と」
「お釣りが来そうだな」
そう上手く行きますかな? と参謀は意地悪く訊く。
「心配性だな、参謀の兄ちゃんは」
「参謀とはそういうものですから」
「アタイら三人で旦那を逃がす、旦那はアタイら三人を逃がす。その繰り返しさ」
「上手くいかなかったら?」
「アタイたちを見捨てる大将かい?」
トヨムの一言で勝負あり、だ。なにしろあの鬼将軍が笑いだしてしまったのだ。
「参謀、君の負けだ。殿を務める勇者たちを、決して損失しない作戦を立て給え」
「それでしたら、すでに」
いざというときは力士組を突入させることで空間を開き、なお向かってくる敵は槍組で追い払う、というものだ。だったら最初からそうすればいいものだが、一党としてはより確実に後退作戦を完了したいものらしい。だから私たちが選ばれているのだ。
「ではこれにて、陸奥屋一党の方針は決定したということで……」
「うむ、これより先の方針は現場で随時指示する方がよかろう。しかし参謀、此度のイベントいかなる形で仕上げることにするかね?」
「現在我々は敵に先んじてA陣地を占領しています。これは西軍に対する十分なプレッシャーとなるでしょう。なにしろ西軍の獲得したB陣地は後から占領したもの。しかもその陣地を空けて、主力が押し寄せて来ているのですから、我々としては願ったりな形です」
「この形のまま最終日を乗り切れるかね?」
「それはなんとも言えません。なにしろ最終日、敵も形振り構わず出てくるでしょう」
「ではその折り、私たちはどうするべきかね?」
「ヤンチャするつもりですか、総裁?」
「いや、別に……か、かなめ君、お尻をツネるのは止めてくれないかな?」
「ではそういうことで」
会議はお開きとなった。なんにせよ、私たち『嗚呼!!花のトヨム小隊』は後退の壁になり囮まで用意してと、大変に忙しいことになりそうだ。
ともあれ私たちは『旧トヨム組』拠点に集結した。お断りしておくが、私たち『嗚呼!!花のトヨム小隊』は拠点をふたつ持っている。そう、『旧白百合剣士団』の拠点である。これは私たちが若い女性中心のクランであり、数少ない男性陣である私たちが耳にする訳にはいかないガールズトークなどに配慮した結果である。
「だがしかしトヨム、参謀君はあのように簡単に言ってくれたが、実際のところ明日も同じように西軍は釣られてくれるだろうか?」
「ん〜〜……そういう風に言われると、どうなんだろうなぁ? 作戦を担当する身として、カエデはどう思う?」
「は、ハイっ! が、頑張りましゅっ!」
「……なに言ってんの、カエデ?」
「へ!? ……あ、しょ、小隊長!! な、なんでもありません……」
どうやら幹部会議のダメージがまだ抜けていないようだ。まあトヨムほどの度胸がある訳でなし。人を食える性格でもなし。少し可愛そうなことではある。大人しかいない場に子供がひとりで放り込まれ、重い責任を担わされるというのは、まさにトラウマレベルの体験だったことであろう。
しかしだからといって、この小隊会議でボケて良いということにはならない。
「明日も西軍兵士を同じように釣り出すことができそうかな? という話なのだが、カエデさん」
「ん〜〜……改めて訊かれると、確実とは言い切れませんねぇ……」
「何を根拠に確実とは言い切れないか、不安要素はどこにあるかな?」
「リュウ先生、ワシらはイベント初出場じゃろ。不安要素だらけっつーか不安要素しか無いじゃろ?」
「うむ、情報の不足と経験の不足は不安要素となり得るな。しかし参謀君があそこまで自身を持って囮作戦を推したんだ。何か確証があるのだろうな」
「どんな確証なんでしょーねー?」
マミさんも関心を示した。
「普通に考えるなら、男性ならば誰でもカエデちゃんの可愛さに釣られるだろうってところなんだけど、リュウ先生? 男の人ってやっぱりそうなんですか?」
「……正直言って、それはあると思う。なにしろこの『王国の刃』というゲームはむさ苦しい野郎どもが集まるゲーム。女性、しかも若くて可愛らしいカエデさんがカモンと叫ぶだけで男どもはゾロゾロ釣られるだろう」
「ワシも同感じゃの。カエデさんが敵なら、ワシもついつい追い回すじゃろうな。味方ならちょっとイイとこ見せたくなるわい。っつーか白百合剣士団のメンバーはみんなそう思うわい」
「セキトリ、さりげにアタイのことハブにしたか?」
ふくれっ面のトヨムの、短い髪を撫でてやる。
「トヨムは見た目男の子だからな。だけど私もセキトリも、トヨムが女の子だってことを知っているから、魅力もよく理解しているさ」
さて、女の子談義はここまでにして、本題だ。
「もしもカエデの色気だけで男どもが釣れなかったら」
トヨムは真剣な顔だ。
「そのときはシャルローネ、ちょっとだけスカートを翻してくれ」
「小隊長、白百合剣士団はみんなスパッツを履いてますよ?」
「……それでも釣れるのが男の子なんだよ」
トヨムの言葉に、なんとなく申し訳ない気分になってしまった。