牙門旗
いつもの講習会、いつもの道場。
今日も今日とて稽古は繰り返されている。
たまには稽古場の風景なども描写しておこう。
ネームドプレイヤーたちは、基本的に袋竹刀を手にした緑柳先生と。
他のプレイヤーたちは士郎さんの元で草薙神党流の初伝稽古を。
さらにはフジオカ先生の元で、柔を組み入れた打ち合い稽古も行われている。
そして私。
今回はフリーということで、全体を見回っている。
「ぬぅ……」
ため息か? それにしては色気もへったくれも無いため息だ。
「ぬぅ……」
いや分かっている。
ため息の主が何者なのか、わかっているんだカエデさん。
「ぬぅ……」
だから女の子らしさの欠片もないため息はやめようよ。
「ぬぅ……」
「どうしたんだい、カエデさん?」
「あ、リュウ先生」
やっと気づいてくれたかとばかり、カエデさんは顔を上げる。
「そりゃまあ後ろをくっついて歩いて、これでもかとばかりにため息つかれたら、ねぇ」
「結局のところ、いわゆる『キョウさん問題』が解決していないものですから……つい……」
確かに、みんなでどうすればキョウちゃん♡の突撃癖が治るかと話し合いをしてみたが、リュウゾウとのゲイカップル誕生だのデートプランの作製だのと、話が『新・底ぬけ脱線ゲーム』になるばかりだった。(注1
かく言う私にも、対策プランは無い。
「クフクフクフ、お困りのようですねカエデ参謀」
奇妙な笑い声を立てながら、プロチームのさくらさんが現れた。
「現れた、だなんてリュウ先生。私は妖怪じゃありませんよ?」
いや、これはまったく失礼。
してプロチームの良心であるさくらさん、なにやら妙案があるようで。
「はい、キョウさんの突撃癖が治らないのでしたら、突撃できない用事を作ってあげたらどうでしょう?」
「あら、さすがさくらさん大学生。良いアイデアですね」
ほほう、キョウちゃん♡に用事、あるいは仕事でも作ってやるのか……。
まさかとは思うが、以前イズモ(オデコ丸出シーノ)鏡花がやらせた、ランドセル作戦とかいう嫌がらせではなかろうな?
「そんな素敵な作戦があったんですか?」
そうか、あの作戦をさくらさんは知らなかったか。
これは忘れてくれたまえ。
「ちなみに私の作戦は、これです!! じゃじゃ〜〜ん♪」
さくらさんは何も無い空間から竿を取り出したが、ここはゲーム空間なので良しとしておく。
そしてさくらさんが取り出した竿というのが、物干し竿でもなければ釣り竿でもない。
名作『嗚呼!!花の応援団』で出てきたような、旗を結わえる竿である。
長い、デカイ、重いの三拍子が揃った竿。
道場内だというのになぜかはためいていて、天宮緋影が満面の笑みでダブルピースしたイラストが描かれている。
そしてナンブ・リュウゾウを呼びつけて、この牙門旗を担がせる。
「まずはリュウゾウくん、この旗は陸奥屋まほろば連合を象徴する旗です。鬼神館柔道の雄であるリュウゾウくんにしか任せられません。何故ならこの旗が倒れるとき、降ろされるときは我が軍の敗北のときだからです」
と、ここでキョウちゃん♡も呼ぶ。
「我が軍を象徴するこの牙門旗。これの担い手はリュウゾウくんですが、彼の楯となる守護者が必要です。その大役、リュウゾウくんの親友たるキョウさんにお願いしたいのですが、よろしいですね?」
なるほど、これならキョウちゃん♡はリュウゾウから離れられない。
無駄な突撃と戦死を繰り返すことも無かろう。
カエデさんの表情も明るい、ナイスな案だということだ。
「しかしよ、さくら。そうなると俺はイベントだってのに棒立ちの棹立ちかよ?」
「棒立ちがイヤなら応援の声出ししてみたら? 高校の部活を引退したあと、応援団の助っ人してたじゃない♪」
「……なんでお前がそれ知ってんだ?」
「キュフキュフキュフ……キュフキュフキュフ……キュフキュフ……」
奇妙な笑い声とともに、さくらさんはフェードアウトして行った。
本当に、何故そんなエピソードを知っているんだ?
……まあ、謎は謎だから謎なのである。
何故なら解明されてしまえば、謎は謎でなくなるからだ。
ということでこの件は放っておくことにして、実践してみようじゃないか。
「それではリュウゾウ、キョウちゃん♡。セキトリたちを相手にさくら案を試してみよう」
「分かりました、サカモト先生。じゃあ頼んだぜ、キョウちゃん♡」
「心得た」
キョウちゃん♡の牙門旗作戦、発動である。
「おう、皆の衆見てみぃや。これみよがしにリュウゾウが旗ぁ立てちょるぞい」
「セキトリよ、あれを倒せば俺らの勝ちってことよな」
「一応キョウちゃん♡が守り手のようだが?」
ダイスケくんの目には、やはりキョウちゃん♡が映っているようだ。
それも大小を腰に落としたキョウちゃん♡だ。
油断はできぬ、というところか。
「まずはいつも通り、オーソドックスに攻めてみんべぇ」
大男どもは、手に手にメイスや大ハンマー、戦斧などを構えた。
そして銅鑼、巨象の群れは突進する。
まずは一番手のセキトリ、これが大太刀の斬馬刀を振り下ろす。
キョウちゃん♡も抜刀開始、抜き出した刀身の棟で受け流す。
セキトリ、勢いのまま前につんのめり頭部から地面に衝突。
「しゃらくさいわっ!!」
別の力士が戦斧を振りおろす、しかしこれもキョウちゃん♡の受け流しに遭い土がついた。
ダイスケくんの手槍、これをキョウちゃん♡は刀の棟に乗せて、大きく振り払った。
振り回されたダイスケくんは別の力士と衝突、Wキルにつながる。
結果、ナンブ・リュウゾウとキョウちゃん♡は無傷。
1ポイントたりとも敵の得点を許さなかった。
対して『どすこいカンパニー』、こちらはキョウちゃん♡の投げ技で全員が死人部屋。
キョウちゃん♡の前進は、ただのひと足。
片ヒザ立ちになるための、ただのひと足だけだった。
「やったなキョウちゃん♡、ようやくお前の実力が開花したみたいじゃないか」
ナンブ・リュウゾウは我が事のように喜ぶ。
キョウちゃん♡はキョウちゃん♡で「ありがとう」とはにかみながら応える。
ただしリュウゾウ抜きで戦闘に立たせると、やっぱりキョウちゃん♡は突撃して討ち死にしてくれた。
ま、人の七癖、悪い癖だ。(注2
(注1 『新・底ぬけ脱線ゲーム』 このタイトルに心当たりのある読者は、認知症予防が必要な年齢と思われます。早目の対処をお薦めします。
(注2 『人の七癖、悪い癖』 そのような言い回しがあるのかどうか、作者は知らない。