下から攻め上げる理 続き
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下から攻め上げることの利について、今しばらく。
例えるならばボクシング界のレジェンドとなったマイク・タイソン。
彼もまたヘヴィ・ウェイトにおいては小柄な選手であった。
しかしそれでも覆いかぶさってくる相手の、腹を叩いて腹を叩いて。
突き上げて突き上げてKOの山を量産したのだ。
小兵が大兵を制するに辺り、問題となる点があるのだがそれは先制打を許さなくてはならないことだろう。
そこをタイソンはヘッドスリップやダッキングといった身のこなしで、ことごとく空振りに終わらせていたのだ。
ひとつ、抜群のスピード。
もうひとつは、敵の攻めてくるタイミングと場所を先読みする能力。
もうひとつは、『ここを、このタイミングで打たせる』という相手のコントロール。
そういった手段を用いれば、大兵の内懐へ飛び込むことが可能なのだ。
では、ナンブ・リュウゾウ。
これはマイクタイソンではないし、スピード感あふれる踏み込みも無い。
ずばり片ヒザ立ちなのだ。
これが軽快な片手剣を制しているとはこれ如何に?
「さっき私が言ったまんまさ、敵が斬られに来てくれる」
「手槍っていう間合いの有利は無いの、ダンナ?」
「そっちを説いた方が理解が早かったかな?」
そう、ナンブ・リュウゾウは手槍の間合いで有利だから、敵をコントロールしやすいのだ。
と、ここでキョウちゃん♡も立てヒザになる。
日本刀ではナンブ・リュウゾウほど間合いの有利は得られない。
そこで彼が工夫したのは……。
二刀だった、大小を構えている。
打刀の切っ先は下段、誘うように小太刀だけを突き出して構えている。
「あれはどうだろう、ダンナ? 太刀を片手で振り上げるのは難しいだろ?」
「さて、どうかな? 基本ができていればそうでもないさ」
現にキョウちゃん♡は敵のひと突きを小太刀で逸し、太刀で喉を貫いた。
柄頭を掌で押し込めば、切っ先は簡単に跳ね上がる。
そうすれば切っ先に、敵の方から突っ込んできてくれるではないか。
「あ、基本の素振りでやってたっけ」
そうもらすくらい、トヨムは武器に疎い。
というか、武器に関しては忘れっぽい。
そして、奴も片ヒザ立ちになった。
熱い正義の男、ジョージ・ワンレッツだ。
しかしジョージの技量は、前二人に劣る。
敵がTシャツ一枚のよろい無しとはいえ、ワンショット・ワンキルは獲得できない。
そこはジョージ、大人の対応。
敵をの脚を斬って斬って斬りまくる。
ジョージもまた戦いやすそうであった。
なにしろ敵は頭しか狙って来ないのだ。
守りに易く、攻めるに易い。
世に剣術数多あるがしかし、どのようなスタイルの剣術であれ脚は大きな急所だからだ。
剣は意識が上に集まりやすい。
脚の防御は空きやすくなってしまう。
おまけに剣による防御が間に合わないこともしばしば。
何故なら腕のつけ根から脚までは、他の部位よりも距離があるからだ。
しかもジョージは敵の小手を攻めておいてから脚を狙っている。
これでは多少の腕自慢ていどでは、軽々と誘いに乗ってしまう……しまっている。
「ね、ダンナ。そろそろ良くないかい? 三人ともそれぞれ、得るところはあったみたいだよ」
「そうだな、キャプテン。お相手頂いて感謝する。そろそろ稽古を切り上げたいのだが」
「そうですか、まだ高低差のあるタラップでの戦闘や艦内の狭い通路での戦闘もあるのですが」
お前はウチの人間を海賊にしたいのか、と言いかけるがどうにか飲み込んだ。
基本的にイベント会場はだだっ広い草原の平地。
未舗装ではあるが凹凸の無い、道場のような足場である。
言っちゃ悪いがキャプテンの想定するような、高低差も迫っ苦しさも存在しない。
そんな状況の稽古を考えているとは、こいつ普段から何を考えているのか?
キャプテン・ハチロック、侮れない男である。
海賊の戦闘員が一人二人と消えて、全員いなくなる。
私たちが取り残され、状況が解除されて普通の拠点道場に戻った。
「どうだったかな、三人とも。得るものは大きかったんじゃないかと思うが」
「いやぁ、なんでか分からないけど最後は戦いやすかったなぁ」
「同じく、敵がオレの頭しか狙って来なかったからだが……」
「それそれ、突くにしても斬るにしても同じ場所しか狙って来ないんだ」
……やはり、低い体勢の利点をまるで理解していない。
天晴なまでの脳筋根性トリオである。
とはいえ、特訓から帰ってきた。
熱血三羽ガラスが帰ってきたのだ。
挫折を乗り越え、特訓に特訓を重ねていよいよその真価が試される場所、いつもの講習会いつもの道場に帰ってきた。
ズシャリ、ナンブ・リュウゾウが自信にあふれた一歩を、道場に踏み入れる。
それだけで視線が集まった。
災害先生のうち他の三先生方も感心した顔を向けてくる。
ナンブ・リュウゾウに続きキョウちゃん♡、ジョージ・ワンレッツ。
三人の顔は確信を得た者の顔だった。
そしてプロチームの相手を務める大兵八人男に向き合う。
「悪いけど、力持ち八人男を貸してもらえるかい?」
ナンブ・リュウゾウが申し出る。
「いいよ、何か掴んだって顔だね」
プロチームのリーダー、ライが答えた。
「ほいじゃ御三方、一人ずつ行こうかの? 三人で行くかの?」
セキトリの問いにナンブ・リュウゾウは、「みんなまとめて頼もうか」と答える。
その答えに、全体がどよめいた。
どう頑張っても軽量級から中量級しか無い三人が、重量級八人を相手にしようというのだ。
「みんな気合いハメていくぞ。この三人、なにかヤル……!!」
ダイスケくんが警戒心を強めた。
そして両陣営向かい合っての布陣。
稽古を眺めていた鬼将軍も、思わず身を乗り出す大一番だ。
そして……。
トヨムが頭を抱えていた。
私の和服もいささかズリ落ちて、襦袢が見えてしまっている。
カエデさんなどは一生懸命指先で、眉間のシワを揉んでいた。
試合開始の銅鑼と同時に、三人の男は大兵八人衆目掛けて突っ込んでしまったのだ。
あぁそりゃあもう、スイッチが入ったのかってくらい一直線に。
なんの工夫も作戦も無しに。
当然三人とも返り討ちの秒殺。
あっという間に死人部屋超特急であった。
教訓
熱血もほどほどに……。