戦場で……(注1
おびただしい砲弾と、それしかコミュニケーションの手段が無いかのように飛び交う銃弾。
そうだ、戦場には銃弾以外のコミュニケーションなど必要が無い。
市街戦、そこではたったひとつの部屋とたった一枚のドアを奪い合って人々が血を流す。
もう幾日戦い続けているのか?
その答えはあるのだろうが、誰も求めはしない。
もう取り返しのつかない過去よりも、ここでは『今』を生き延びることに価値があるからだ。
神さまでさえ匙を投げてしまったかのような、戦闘の終結。
終わりの無い戦いの中で飲む泥水のようなコーヒーは、苦い。
草薙恭也18歳、彼は疲れていた……。
「というかカエデさん、ここはどこなんだい?」
「さあ、よくはわかりませんが確実に言えることがひとつあります」
「?」
「今回はきっと『おとぼけ回』なんでしょうね」
「カエデさん、それは間違っている」
「?」
「今回『も』おとぼけ回なんだよ」
「リュウ先生、あれを!」
カエデさんの指差す先、チーム『カツンジャー』の軍曹どのがジョージたち三人を整列させていた。
ハー〇マン軍曹に、ジョージが申告する。
「軍曹どの、ジョージ・ワンレッツ他二名!! 本日付けで歩兵第三連隊に配属されました! よろしくおねがいします!」
「よくぞこの反吐まみれな戦場にたどり着いたな、敵の弾の当たるしか能の無い『糞ったれの新顔』ども!! それが今日からお前たちの名前だ! 言ってみろ!!」
「「「ファッキン・ニューフェイス!」」」
「声が小さーーいっ!!」
「「「ファッキン・ニューフェイス!!」」」
「もう一度っ!!」
「「「ファッキン・ニューフェイス!!!」」」
「よーし、手前ぇの名前くらいは理解したようだな!! いいか、この戦場はどちらが有利でどちらが不利かも分からねぇ、そんなもんはとうの昔に神さまでさえ分かんなくなっちまってんだ! そこで糞ったれなお前たちに仕事を与える! 『弾を込めろ、敵を撃て!』『勝ちも負けも、薄汚ねぇ家のシラミだらけのベッドで寝ることさえ考えるな!』『突撃と言われたら走れ!』、たったこれだけだ! 糞をたれるのも俺の許可を得てからだ、その際ブリーフを下ろした者は処罰する!! 俺は『糞をたれる許可』は出したが、ブリーフを下げろとは命令していない、分かったか!!」
「「「サー・イエッサー!」」」
「声が小さーーいっ!!」
「「「サー・イエッサー!!!」」」
「やればできるじゃねーか、出来るんなら一回でやれ……」
カエデさんが面食らっていた。
呆れ返っている、とも言える。
そうだ、軍曹は戦況を把握していない。
ただ現場の状況を見て、『撃て』と『突撃』を命じているだけだからだ。
参謀のカエデさんからすれば、まずは状況の把握。
そしていかに効率よく目的を達成するか、というところだろう。
しかし近代戦においては、目的達成が戦闘の終了とは限らない。
一度確保した陣地、そこをそれまでの倍も数で奪い返されたりするからだ。
理不尽。
読者諸兄もそのように感じるだろう。
だがそれが戦場というものであり、例え敵が倍の数で巻き返して来ようとも、援軍の到着まではおいそれと陣地を明け渡してはならないのである。
「で、リュウ先生。彼らはこの『ハンバーガー・ヒル』でどんなことをするつもりなんですか?」
「さあねぇ、私が語れるのは新選組の市街戦程度だから銃弾の雨や大砲の林は専門外なんだ。ここはハー〇マン軍曹どのの教育を、拝見することにしようじゃないか」
そう、この戦場に必殺技は存在しない。
何日間眠らずに戦えるか? 何日間『生命』に執着できるか? そして何日間『運』が続くか?
それだけしか存在しない。
「いいか糞ったれの新顔ども!! 頭を上げるな、這いつくばれ! その薄汚ぇイチモツを泥ん中に押しつけろ! カカトを上げるなっ、死にたいのかっ!! 内くるぶしまでびったり地べたに押しつけるんだ! そのヤニ下がった面を泥水に突っ込んで、前進っ!」
遅いぞ遅いぞモタモタするなっ!! 軍曹どのの檄が飛ぶ。
泥まみれになりながら三人は匍匐前進で前へ。
その後ろから、これまた匍匐前進の軍曹どの。とにかく彼は元気がいい。
「……よろしいでしょうか、リュウ先生?」
「なんだろう、カエデさん?」
「いま、ここは戦場ですよね?」
「まあ、お洒落なカフェが建ち並ぶデートコースでないことは確かだね」
「そんな戦場で新兵教育だなんて、軍曹どのの隊は末期なのでは?」
「リュウゾウもキョウちゃん♡も、生還は難しそうだな……」
確かに私も兵法家の端くれだ、それなりに戦争は語れるだろう。
そうは言ってもカエデさんたち参謀に比べれば素人同然。
その素人から見ても、戦場での新兵教育は無いと断言できる。
「というかリュウ先生、こんな場所で戦闘訓練をして『王国の刃』で役に立つんでしょうか?」
カエデさん、それを言っちゃ身も蓋もない。
そんなことを言ったらジムニーに跳ね飛ばされるのも、石段を転げ落ちるのも、すべてが無駄になってしまうよ。
とはいえ銃弾と砲弾のプレッシャーの中、重たい荷物を背負っての移動はかなりの負荷がかかる。
経験というのなら、良い経験ではあると思う。
思うが、しかし……。
思うがしかし、なにをしとんじゃコイツらは……。
「うろたえるな糞ったれども!! 銃をかまえることをわすれるな! そらあそこに敵がいるぞ、どうするんだ!!」
「撃ちます!!」
「しっかり狙って撃つんだぞ、戦場じゃお前たちの命なんぞより、弾の方がよっぽど値打ちがあるんだ!! 弾ぁ込めたら撃ちやがれ!」
「軍曹どの、敵の反撃が激しいです!」
「よし、全員手榴弾だ!! 手榴弾投げてやれ! 爆発したら突撃だ!」
三条四条と煙をひいて手榴弾が投げつけられる。
運命の爆薬は敵陣で爆発、軍曹による突撃の指示が下った。
勇猛果敢な突撃一番、我先にと敵陣へと駆け出す。
しかし生き残りの機銃掃射により、四人は土に還った……。
(注1 『戦場で……』 そういうタイトルのアニパロコミックが、その昔みのり書房から出版されていた。