最後の三分間
【カエデ】
何が起きているのか、無線で確認をとる。
「カモメさん、カモメさん。なにが起きているんですか!?」
「ちょっと待ってくれ、カエデ参謀。いまカモメは目が離せないんだ」
止んでゆく喧騒。
そして戦闘の中心部から一人、また一人と腰を降ろしてゆく。
そして全員が低い姿勢を取ったとき、二人の配信者の立ち合う姿が見えた。
誤字脱字軍のきららさんと、オーバーズのソナタさんだ。
同じイラストレーターの手によって産み出された、姉妹のような二人。
互いに片手剣を構えている。
確かめなければ。
何故かそう感じて、私も輪の中にはいる。
「いわゆるタイマン勝負だね、きらら」
「フフッ……世界中が注目してるよ、ボクたちに……」
「へぇ、笑えるんだ……この状況。ずいぶんと強く出たね」
「ボクも配信者だよ、ソナタちゃん」
「じゃあ、勝負だ……」
「誤字脱字軍のトレンド一位は、ボクがもらうんだ」
ポイント差は絶望的、逆転の芽などもはや存在しない。
だけどそれは、あくまでも『王国の刃』ルール。
配信者としての勝敗は、そのルールではまかない切れない。
世界は、この一戦の勝者を勝ちとするやも知れぬ。
彼女たちを推すネット民たち。
彼らは勝敗の決まった競技にさえ異議を申し立て、「あれは反則だ」「あれは買収があった」などと裁定を覆さんばかりの意思を見せる。
強力な一撃を有するとはいえ、ジャブさえ打てぬチャレンジャーの世界初挑戦。
防御を固めてただ前進するしかないチャレンジャーを、「あれは日本人が勝っていた」などと声を大きくして、再戦を実現させてしまう。
ネットの声は恐ろしい。
その声に組織のトップまでもが「あれは誤審だ。レフェリーを処罰する」とまで発言してしまう。
現場は責任者にまかせて、トップは口を出さないのが原則ではないのか?
そうでなければ現場は仕事ができなくなってしまう。
ただしこの一戦に関しては、『王国の刃』ルールでさえも口を挟めない気配が、濃厚に流れている。
残されたイベント時間は三分間。
そして配信者には配信者の、意地とプライドとルールが存在する。
どちらが本物の勝者なんだ?
世界もメンバーも私も、固唾をのんで見守るしかなかった。
……チリ。
両者の切っ先が擦れ合う。
でもまだ切っ先同士、間合いにはわずかに遠い。
キリキリキリッ……、刃同士が鳴いた。
間合いが詰まっている、一足一刀に入った。
これでどちらかが動く。
先手はソナタさん、きららさんの太刀を払って大きく踏み込む。
防具無しの頭部へハエたたきショット。
しかしきららさんも読んでいた、ヒジと手首をキツく折り畳んで固い防御を見せる。
鍔元で受けて片手剣の半ばまで、ソナタさんの攻めを受け流した。
しかしそこはハエたたきショット、体勢が崩れるほどには受け流せない。
ただ、ハエたたきショットの利点である連打。
ソナタさんも速攻連打に持ち込むことはできなかった。
「凌がれちゃったな、ソナタのヤツ……」
「ん〜〜……勢いは殺されちゃったね……」
カモメさんと隊長さんの会話だ。
カモメさん、実は格闘技好きらしく勝負の機微を心得ているようだ。
そして以前にも紹介した通り、隊長さんは剣道の有段者。
なかなかに興味深い二人の会話だと思う。
「カエデ参謀はどう見る?」
いきなり話を振らないでください、カモメさん。
私の言葉も生で配信に乗るんですよね。
でも参謀としてリュウ先生の弟子として、回答しない訳にはいきません。
「私もリュウ先生の弟子の端くれ、迂闊なことは言えませんが。実力ではソナタさんが上、しかし乾坤一擲の一撃で覆せる程度の実力差しか無いと思います」
「つまりはきららさんの捨て身技が怖いと?」
隊長さん、分かってらっしゃる。
ですがきららさんも敵の参謀格、そしてソナタさんも参謀同然の知恵持ち。
「この勝負はお互いの読み合いになると思います」
それこそが私の結論。
突撃一番ド根性のカモメさんや、体力勝負の筋肉主義者な隊長さんでは、ちょっと理解し難いところがあると思います。
などとは配信に乗せたりしない。乙女の小さな胸の奥にだけしまっておきましょう。
ソナタさんときららさん、ファースト・コンタクトからお互いに間を取ってふたたび睨み合い。
「突き……かな……?」
トットットッと軽いステップのきららさん、その気配を読んでみた。
「どっちの?」と隊長さんとカモメさんの声。
「きららさんが狙ってるかなって……」と、私。
それに応えるかのように、ソナタさんも軽くステップ。
両者左へ左へとサークリング、敵の隙をうかがう。
そして二人の描く輪が少しずつ縮まり……間合い。
激しく踏み込み激しく突いて、どちらが有利とも言えぬ火花散る攻防。
ここでようやく両陣営から声が出た。
「行けっ、きらら!! 退くんじゃないぞ!」
「負けるなソナタん、上下打ち分け!! 上下打ち分けだっ!」
両陣営の大歓声、もはや勝負はこの場面で決するかのように。
その大歓声には、一人二人と男性の声も混ざりはじめていた。
この好カード見逃す訳にはいかねぇとばかり、攻防を捨てた男性陣と一般プレイヤーたちも応援に駆けつけたのだ。
「気合い気合い気合い!! もっとキビシク行かんかっ!」
「根性だソナタ!! 根性見せてみろ!」
「こんなときの精神力だろ!! 絶対にさがるんじゃないぞ!」
え〜〜読者のみなさま、並びに配信をご視聴中のみなさま。
只今の声援は上から順番に、われら陸奥屋が誇る剣豪の士郎先生、リュウ先生、そしてフジオカ先生でした。
剣豪なんだからちったぁタメになるアドバイス送れや、とか言わないで下さい。
……私もちょっと呆れてるんですから。
激しい刺突戦は、半身の防御を生む。
そして半身の防御は強い打撃を生んだ。
突き技同士の攻防は、さらに激しい打撃戦となった。
両者ともに深浅手傷はおびただしく、どこで決着してもおかしくない状況だった。
「どちらも体力ゲージはすり減ってますね。これはもう突然死が起きてもおかしくないですよ」
「そうなると手数やね」
「手数となりゃ、突き技の方が速いか!! よしソナタ! 突き技だ、突き技できららの体力削り落とせーーっ!!」
私の判断に隊長さんが決断し、カモメさんがアドバイスを送った。