影の女
【カエデ視点】
うん、状況に抵抗してくるみたいだね。
一体どんな娘が指揮をしてるんだろ?
分析。
まずはマップを見れている、それは間違い無し。
だけどこちらの仕掛けに後手を踏んじゃってるよね。
ということは、『王国の刃』に慣れていない。
もしくは準備期間中に参謀訓練をしてこなかった。
その割には、適確に対応しようという意思が見えるよね。
「はい、メイドのミナミさんが狙われますよ。クソガキ三銃士のみなさんは、ミナミさんを護ってあげてくださいね。ヒット&ランを忘れずに、無駄な怪我は無用ですよ〜♪」
そして海ちゃん先輩小隊にも指示。
「良い感じ良い感じ、そのままヒット&ランでポイントを稼いで。深追いは必要ありませんからね♪」
走って走って、とにかく走って。
攻撃なんて二の次で良いから、とにかく少ない人数をふかすことだけに専念させる。
首や喉を狙えば、大きなダメージを負わせることが出来るようだけど、それにこだわると人数に負けてしまう。
そして誤字脱字軍は、まだその利点に気づいていない様子。
さて、どう出てきます? 誤字脱字軍女子部の参謀さん。
……あ、ジワリと後退してますね。
悪くないですよ。
仕切り直しは重要です。
その証拠にオーバーズのみなさんが引きずり込まれてますよね。
「オーバーズ後退、オーバーズ後退。退く敵を追いかけないで、鶴翼の陣を維持したまま、間合いを保ってください」
常識的には行われない、少人数による鶴翼の陣。
だけど敵に『戦闘に参加していない人数(遊んでいる人間)を生み出す』のには適した陣形。
そして誤字脱字軍が『誰かに指揮されている』証拠が、これ。
オーバーズが間合いを取っても押し込んで来ない。
う〜〜ん、どんな娘が指揮してるんだろ?
あのインチキ臭いお嬢さま、橘明日香さんじゃないことだけは確かだよね。
「カエデ参謀、次はどうするッスか?」
カモメさんが隊内無線で訊いてくる。
「そうですね、敵は今さっきまで鶴翼の陣で散々に痛めつけられましたから、きっと人数まかせの鶴翼の陣を仕掛けてくるでしょう」
お、お、お? と、みんなは期待のリアクション。
「それに対抗するのは、突撃陣形で鋒矢の陣を準備してください」
もちろんまだ陣形は見せない。
まだですよまだですよと、みんなの逸る気持ちを抑えながら。
「カエデ参謀、敵が鶴翼の陣を敷きました!!」
「センター、カモメさん。最後尾ソナタさん、逆V型の鋒矢陣形へ!!」
「「「ヤーーッ!!」」」
ここは速度が勝負、だけどさすがアイドル・チーム。
舞台を駆けてフォーメーションを組むことには長けている。
きれいな逆V型の隊列が編成されたところで……。
「オーバーズ・アイドル、突撃っ、突撃ーーっ!! 敵陣を突破したらソナタさん先頭で逆向きの鋒矢陣を形成、反転しての再度突撃を行います!」
「聞いたかみんな、カモメに続けっ!! 突撃だーーっ!」
勢いがある、そして状況は優勢。
これまでの展開から、敵は隊列を組んでの戦闘は訓練していないようだ。
もちろんオーバーズも、そうした訓練はしていない。
だけど私個人とのコミュニケーションは、配信などでかなりの深さで取っている。
配信前、配信後の『ナイショの勉強会』。
そして配信者同士でのあーでもないこーでもないと言った、あれこれといった会話。
そうした積み重ねが、今日この日に結実している。
「うぉおおぉおっ!! 先頭は怖いけど、お前たち全員を突っ込ませてやるからなーーっ!! カモメが突っ込まないと、全員突っ込めないんだーーっ!」
これ、この精神。
ひとりがみんなのために。
みんながひとりの背中を押して、オーバーズというアイドルは成立している。
誰もひとりぼっちじゃない、そして誰もひとりぼっちにはさせない。
誰だってひとりの力は小さいもの。
だけどオーバーズという隊になるなら、この娘たちは無敵だ!!
進め敵陣殴り込み、大剣もいる片手剣もいる剣の林の中に、突撃一番カモメさんがコンタクト。
ひとりにさせるかと隊長さんにメイさん、艦長さんに犬さん猫さんもなだれ込んだ。
大乱闘は一瞬、鶴翼の陣は層が薄い、半円形に受ける単横陣でしかない。
しかしこちらは逆V字型、突っ込めば突っ込むほど敵の被害は甚大になる。
「ボクはこの位置、ソナタこの位置!! 逆V隊列作るよっ!」
ソナタさんが中心になって、反転した逆Vを作る。
だけどまだ再突入は待ってね。
誤字脱字軍の隊列が整ってないから。
……だけどあの娘、誤字脱字軍の指揮をしていた誰かは知らぬあの娘。
あの娘はまだ戦戦死してないよね?
突撃陣形は突破が目的。
敵陣を食い破ることが目的だから、派手な割には報酬は少ない。
つまり敵の革鎧をひと撫でした程度。
敵は数を減らすことなく、いまだ健在。
戦死なんかしてる訳ないよね。
「誤字脱字軍、隊列の変化を確認!」
「カエデ参謀、ボクたちの準備はできたよ!」
「わかりました、オーバーズ突撃!! 編成途中の敵を懲らしめてやってください!」
鬨の声という表現は当たっているのだろうか?
勇気を振り絞るための声をあげて、アイドルたちが再度突撃。
「ソナタちゃを死なせはしないのよさ!」
非力なお姫さま、がんばる。
「四期生の絆は無敵なのよっ!! ナメんじゃないわよ!」
魅惑の小悪魔さんも、ソナタさんを後押しした。
誤字脱字軍だってがんばっている。
対人ゲームというものは、そういうものだ。
だけどそれでも、圧倒的な有利不利は覆せない。戦場というものはそういうものなんです。
などと言っていたら誤字脱字軍、今回は素早い対応。
有効な陣形こそは組めていないんだけど、それでも二人一組あるいは三人一組の構えを見せてきた。
案外こういうのが有効かも。
難しい陣形よりも、慣れた戦法。
鶴翼の陣では冷静さを欠いていたかもしれないけど、誤字脱字軍師ちゃんも見えてきたかなと。
しかしそれでも、中央は突破されて敵の防具もかなり損傷してきている。
「それじゃあみなさ〜ん、左右に別れてヒット&ランでさらに痛めつけてやりましょうね〜♪」