若獅子たちの闘い 決着編
ユキさんと白銀輝夜の闘いは、相討ちの引き分けに終わった。人垣で拵えたリングの東西に控えていた二人が立ち上がる。
「東方、陸奥屋一党『嗚呼!!花のトヨム小隊』トヨム選手。西方、まほろば一党『茶房葵』店主、三条葵」
イベント会場にアナウンスが流れる。こちらも注目の一戦だ。古流柔術という名の総合格闘技の使い手、三条葵。そして近代柔道とボクシングを組み合わせたトヨムの対戦だ。
両者リング中央で拳を合わせて挨拶。それぞれのコーナーに戻って……いまゴング! サッと構えて前に出たのは三条葵。対するトヨムはノーガード。だらりと腕を垂らしている。
しかしゆらり……ゆらり……ものぐさそうに上半身を揺らしていた。
「どういうことだね、解説のリュウ先生?」
「トヨムは準備万端、いつでも行けるってことさ、士郎先生」
三条葵が距離を詰める。ジリジリと詰める……。そしてトヨムのエリアに入ったのであろう。三条葵の顔面がパンッと弾けた。試合を観戦していた一般プレイヤーたちが、驚きの声をもらす。
「なにがあったんだ?」
「総合の娘の顔が弾かれたぞ!」
「ジャブか?」
「ジャブだろ?」
「あの距離をか?」
疑ってしまうほど、二人の距離はあった。しかし私はあえて断言しよう。あれはジャブだ。届く訳が無いという距離を一瞬で詰めた、トヨムの音速ジャブである。
「なるほどな、いつでも行けるってことか。しかしリュウ先生、あの柔術のお姉ちゃんもヤルもんだぜ」
三条葵の右拳は開かれていた。そして手の甲を頬に貼り付けている。
「きっちり受けたんだな? あのジャブを」
「あぁ、目では絶対に追えない速度の拳をな。柔術にも裏拳がある。その軌跡はいわゆるフリッカージャブに似ていると、俺は思うんだ」
なるほど、三条葵は左対策ができている、ということか……。ではトヨム、どうする?
まごまごしていると、三条葵は左ローを打ってきた。トヨムはサークリングしながらこれをかわす。逃げるトヨム、追いかける葵。動きが出てきた両者だが、トヨムの方がスピードが上だ。
うるさくジャブを放つ。三条葵の追撃を逃れようという作戦だ。
しかし三条葵、顔面はしっかりガード。トヨムの左を許さない。
「やはり簡単にはいかないな。トヨムはこのままじゃジリ貧じゃないのか?」
「なんのなんの、この程度じゃトヨムに冷や汗すらかかせられないさ。困難の数には入らないよ」
ジャブを嫌った三条葵、構えをレスリングスタイルに変更した。
「おいおい、両者ともに防具無しなんだぞ? 打撃を入れてくれって言ってるようなものじゃないのか?」
そう、たった一発の打撃で撤退させられる。そんな威力をトヨムは持っているのだ。それなのにレスリングスタイルへの変更とは、これいかに?
「スピードで負けて、ジャブを止められない。実は追い詰められていたのは、三条葵の方だったのさ」
「そうか、あのままじゃいずれトヨムのボディーブローを食ってただろうからな」
「それにレスリングのフリースタイルが『捕れる物なら捕ってみろ(キャッチ・アズ・キャッチ・キャン)』と名乗っているのは伊達じゃない。あの構えは顔面以外はほとんど有効打が入れられないのさ」
「だが、悪手だな」
「あぁ、……私なら近代レスリングや総合じゃなく、古流を選択するね。トヨムが知らない技を使って、訳もわからないうちに仕留める」
「三条葵の柔の技術は低くないはずなんだけどな」
「引きずり込まれたんだろうな、トヨムに。近代格闘技の動きに付き合わされている」
それだけトヨムの左。ジャブは驚異だった、ということになる。そのジャブが三条西の顔面へ。ガードは固いが三条葵、前には出られない。踏み込んだトヨムの左が三条の脇腹へ刺さる。これはカスダメ。
それを契機に、三条葵は身を起こした。剣の構えを取る。
「おう、ようやく本領発揮かい」
「トヨム、ここからが本番だぞ! シメていけ!」
見るからにデキる者の構え。中心軸は垂直に通り、手足の配置もよろしい。これはノーモーションで来る。事実、左を狙ったトヨムの頬を、予告無しに裏拳が襲った。これもカスダメ。両者ともに見えない拳を放ってはかわし、かわしては放つの展開。
現実世界ならば顔は傷だらけ、見るも無惨な流血試合となっていただろう。互いの体力は、カスリ判定ながらもダメージの蓄積により、相当に削られていた。
このままカスリ続けてどちらが先に当てるか? を待つのか。それとも一気に決着を迎えるのか?
ついにトヨムが拳を開いた。投げ技解禁の意思表示だ。三条葵も応じるようにして、剣の手を完全に開く。古流対柔道、投げ技対決である。
ジリ……。トヨムが前に出る。ジリ……。三条葵もまた、前へ。カミソリのように切れる技を、ともに持っているのだろう。殺気が周囲の空気を凍てつかせる。ピシッ……ピシッ……凍りついた空気が体積を増してヒビを走らせる。その耐久値が限界に達した……。
まずは打て 次に掴むと心得よ 古流柔術某流派道歌
その通りに三条葵の裏拳! しかしトヨムがこれをかわす。そして柔道の反則技、カニばさみで三条葵を倒した。寝技に引きずり込んだ。トヨムが上から攻めたてる。しかし……。
「ギャッ!」
身を離したのはトヨムだった。顔の左を隠している。いや……。
「そーそー、そう来なくっちゃ」
「ようやく柔術覚醒かい?」
目突きである。反則技を先に仕掛けたのはトヨム。三条葵は、それにサミングで応じただけである。トヨム、体力値は残りわずか。しかもせっかくの寝技から、両者立ち上がっている。そのトヨムが左目から手を外した。完全に負傷しているのがわかる。
「ヘヘッ……アタイもまだまだだな、目突きくらいで逃げ出すなんて。こんなんじゃ旦那に叱られちゃうよ」
何言ってんだ、トヨム? 私はそんな頭のおかしい教えはしてないぞ。ほらみろ、私より頭のおかしい士郎先生が、私を汚物でも見るような目で見てるじゃないか。
「じゃあ、アタイも遠慮なく……行くぜ……」
そう言ったときには、もう飛びかかっていた。三条葵も抵抗しようとしたが、先にトヨムの喉突きが入る。指を伸ばした地獄突きである。三条葵の動きが止まる。というか、さらに目突き。三条葵の豊満な身体がくの字に曲がった。
その右鎖骨と右の胸鎖乳突筋を取る。トヨムの必殺反則技、山嵐の体制だ。三条葵は左のボディーを打ち込むが、上体を揺さぶられているので、ダメージポイントは奪えない。三条葵の左が止まった瞬間、トヨムが引き込んだ。レスリングコスチュームに包まれた豊満な肉体が、大きく傾いた。トヨムの長い脚が三条葵の肉感的な脚を蹴る。
真っ逆さま三条葵。身体は完全に死に体、人形のように脳天から地面に突き刺さる。痙攣したように三条葵の脚がピンと伸びた。誰から見ても明確なキルだ。しかしトヨムは素早く豊満な肉体を引き起こし、さらに山嵐!しかし三条葵は撤退、トヨムは単独で顔面から地面に突っ込んだ。
しばらく地に伏していたトヨムだが、泥だらけの顔を上げる。
「お? アタイ、勝ったのか……でもボロボロだな」
その通り。結果だけならばトヨムの大勝利だが、両者削り合いの接戦であった。反則技だらけの試合ではあったが、ここは爽やかなスポーツの競技場ではない。
太古の合戦場を模した『王国の刃』なのだ。有効な技はすべて使うべきである。
とはいえ体力値はもうギリギリだ。トヨムは青いショートカットの西軍娘戦士に申し出る。
「悪いけどさ、一発入れてキルにしてくんないか? このまま闘ってももうダメだからさ」
体操服に赤ブルマーの西軍娘は、トヨムのアゴに左フック。トヨムは姿を消してゆく。
小隊長トヨム、初の撤退ではなかろうか。
個人戦は終了。間もなく時計が動き出すとのアナウンスが入った。ユキさんとトヨムは仲良く死人部屋。復活の時を待っている。小隊長不在、私は小隊メンバーに檄を飛ばす。
「トヨムが帰ってくる間に陣地を取り返されてたら恥ずかしいぞ! みんな、奮起の時間だ!」
西軍は西軍で、オールバックの優男がメンバーを励ましている。
「輝夜さんにばかり負担をかけるな! 踏ん張り所はいまここぞ!」
東西ともに、西軍A陣地の攻防に参加する者は、みな士気が高い。そして西軍攻手には、あの改造ナタを掲げた連中が混ざっている。
「士郎先生、長ナタを持った連中。なかなかやりますぞ」
「いやリュウ先生、あれは付け焼き刃の小童どもでしょう」
「それが油断というものです。思いのほか、ですぜ?」
「なるほど……居合腰か……頭を揺らさずに走ってくるなだがあの程度なら、若い連中で十分だろう」
そう、なにも私たちが出なければならない、とは一言も言っていない。頭を揺らさずに駆けてくるチーム『情熱の嵐』はまだしも、『迷走戦隊マヨウンジャー』の方は普通のプレイヤーでしかない。
ただ、それでも見どころはある。トヨムを撤退させたあの体操服に赤ブルマーの娘だ。彼女には誰を当てるか?
というか、『情熱の嵐』と『マヨウンジャー』。どちらにウチの小隊を当てるか?
「どっちでも同じだよ、リュウ先生」
士郎先生、ユキさんの撤退のせいか、全然やる気が無い。
「それじゃあ士郎先生、ウチの小隊でマヨウンジャーをいただきます!」
「あー……えーよえーよ。やりなはれやりなはれ」
なかなかやると見た『情熱の嵐』はユキさん不在、士郎先生やる気無しという四人の鬼組にまかせた。かれらの方がウチの小隊よりも力が上だ。おまかせするべきであろう。
ということで、ウチも小隊長のトヨム抜き、私も基本的に不参加。カエデさん帰還という四人編成で戦わなくてはならない。敵は六人編成、『迷走戦隊マヨウンジャー』と指示を出す。
ここで『迷走戦隊マヨウンジャー』の戦力分析などをしておこう。彼らは六人編成で豪傑格。勝ったり負けたりを繰り返しているようだが、どうにか勝ち星先行。いわば歴戦の勇と言えるだろう。編成はタンクの甲冑武者がふたり戦斧とモーニングスターの戦士だ。
動きの素早そうなのが、ブルマー娘と緑髪の娘。これらが『道化師役』なのだろう。リーダーはオールバックの中年男だろうか? 小柄な甲冑娘とともに槍を携えている。
「まずは敵の道化師を引き剥がしますね!」
カエデさんが前に出た。それが上策だ。こちらの道化師ひとりで、ふたりの道化師を釣り上げる。というか、道化師がふたりもいて、好き放題されてはたまったものではない。
「じゃあシャルローネさんは、タンクの二人をおもてなししちゃおっかな〜♪」
動きが重くはないシャルローネさん。これがタンクを足止めする、というのも上策だ。しかも二人担当してくれる。
「それじゃあ前頭二枚目! マミさんたちは槍の二人をとっとと片付けちゃいましょう♪」
「マミさんや、お前さんずいぶんと面倒くさいボケをかますのう?」
ということで、槍師二人を即座に倒し、すぐさま支援に駆けつけるという作戦だ。