表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

61/724

若獅子たちの闘い 決着編

 ユキさんと白銀輝夜の闘いは、相討ちの引き分けに終わった。人垣で拵えたリングの東西に控えていた二人が立ち上がる。



「東方、陸奥屋一党『嗚呼!!花のトヨム小隊』トヨム選手。西方、まほろば一党『茶房葵』店主、三条葵」



 イベント会場にアナウンスが流れる。こちらも注目の一戦だ。古流柔術という名の総合格闘技の使い手、三条葵。そして近代柔道とボクシングを組み合わせたトヨムの対戦だ。


 両者リング中央で拳を合わせて挨拶。それぞれのコーナーに戻って……いまゴング! サッと構えて前に出たのは三条葵。対するトヨムはノーガード。だらりと腕を垂らしている。

 しかしゆらり……ゆらり……ものぐさそうに上半身を揺らしていた。



「どういうことだね、解説のリュウ先生?」

「トヨムは準備万端、いつでも行けるってことさ、士郎先生」



 三条葵が距離を詰める。ジリジリと詰める……。そしてトヨムのエリアに入ったのであろう。三条葵の顔面がパンッと弾けた。試合を観戦していた一般プレイヤーたちが、驚きの声をもらす。



「なにがあったんだ?」

「総合の娘の顔が弾かれたぞ!」

「ジャブか?」


「ジャブだろ?」

「あの距離をか?」



 疑ってしまうほど、二人の距離はあった。しかし私はあえて断言しよう。あれはジャブだ。届く訳が無いという距離を一瞬で詰めた、トヨムの音速ジャブである。



「なるほどな、いつでも行けるってことか。しかしリュウ先生、あの柔術のお姉ちゃんもヤルもんだぜ」



 三条葵の右拳は開かれていた。そして手の甲を頬に貼り付けている。



「きっちり受けたんだな? あのジャブを」

「あぁ、目では絶対に追えない速度の拳をな。柔術にも裏拳がある。その軌跡はいわゆるフリッカージャブに似ていると、俺は思うんだ」



 なるほど、三条葵は左対策ができている、ということか……。ではトヨム、どうする?

 まごまごしていると、三条葵は左ローを打ってきた。トヨムはサークリングしながらこれをかわす。逃げるトヨム、追いかける葵。動きが出てきた両者だが、トヨムの方がスピードが上だ。



 うるさくジャブを放つ。三条葵の追撃を逃れようという作戦だ。

 しかし三条葵、顔面はしっかりガード。トヨムの左を許さない。



「やはり簡単にはいかないな。トヨムはこのままじゃジリ貧じゃないのか?」

「なんのなんの、この程度じゃトヨムに冷や汗すらかかせられないさ。困難の数には入らないよ」



 ジャブを嫌った三条葵、構えをレスリングスタイルに変更した。



「おいおい、両者ともに防具無しなんだぞ? 打撃を入れてくれって言ってるようなものじゃないのか?」




 そう、たった一発の打撃で撤退させられる。そんな威力をトヨムは持っているのだ。それなのにレスリングスタイルへの変更とは、これいかに?



「スピードで負けて、ジャブを止められない。実は追い詰められていたのは、三条葵の方だったのさ」

「そうか、あのままじゃいずれトヨムのボディーブローを食ってただろうからな」


「それにレスリングのフリースタイルが『捕れる物なら捕ってみろ(キャッチ・アズ・キャッチ・キャン)』と名乗っているのは伊達じゃない。あの構えは顔面以外はほとんど有効打が入れられないのさ」

「だが、悪手だな」

「あぁ、……私なら近代レスリングや総合じゃなく、古流を選択するね。トヨムが知らない技を使って、訳もわからないうちに仕留める」


「三条葵の柔の技術は低くないはずなんだけどな」

「引きずり込まれたんだろうな、トヨムに。近代格闘技の動きに付き合わされている」



 それだけトヨムのレフト。ジャブは驚異だった、ということになる。そのジャブが三条西の顔面へ。ガードは固いが三条葵、前には出られない。踏み込んだトヨムの左が三条の脇腹へ刺さる。これはカスダメ。

 それを契機に、三条葵は身を起こした。剣の構えを取る。



「おう、ようやく本領発揮かい」

「トヨム、ここからが本番だぞ! シメていけ!」




 見るからにデキる者の構え。中心軸は垂直に通り、手足の配置もよろしい。これはノーモーションで来る。事実、左を狙ったトヨムの頬を、予告無しに裏拳が襲った。これもカスダメ。両者ともに見えない拳を放ってはかわし、かわしては放つの展開。



 現実世界ならば顔は傷だらけ、見るも無惨な流血試合となっていただろう。互いの体力は、カスリ判定ながらもダメージの蓄積により、相当に削られていた。

 このままカスリ続けてどちらが先に当てるか? を待つのか。それとも一気に決着を迎えるのか?



 ついにトヨムが拳を開いた。投げ技解禁の意思表示だ。三条葵も応じるようにして、剣の手を完全に開く。古流対柔道、投げ技対決である。


 ジリ……。トヨムが前に出る。ジリ……。三条葵もまた、前へ。カミソリのように切れる技を、ともに持っているのだろう。殺気が周囲の空気を凍てつかせる。ピシッ……ピシッ……凍りついた空気が体積を増してヒビを走らせる。その耐久値が限界に達した……。




まずは打て 次に掴むと心得よ 古流柔術某流派道歌



 その通りに三条葵の裏拳! しかしトヨムがこれをかわす。そして柔道の反則技、カニばさみで三条葵を倒した。寝技に引きずり込んだ。トヨムが上から攻めたてる。しかし……。



「ギャッ!」


 身を離したのはトヨムだった。顔の左を隠している。いや……。


「そーそー、そう来なくっちゃ」

「ようやく柔術覚醒かい?」



 目突きである。反則技を先に仕掛けたのはトヨム。三条葵は、それにサミングで応じただけである。トヨム、体力値は残りわずか。しかもせっかくの寝技から、両者立ち上がっている。そのトヨムが左目から手を外した。完全に負傷しているのがわかる。



「ヘヘッ……アタイもまだまだだな、目突きくらいで逃げ出すなんて。こんなんじゃ旦那に叱られちゃうよ」



 何言ってんだ、トヨム? 私はそんな頭のおかしい教えはしてないぞ。ほらみろ、私より頭のおかしい士郎先生が、私を汚物でも見るような目で見てるじゃないか。



「じゃあ、アタイも遠慮なく……行くぜ……」



 そう言ったときには、もう飛びかかっていた。三条葵も抵抗しようとしたが、先にトヨムの喉突きが入る。指を伸ばした地獄突きである。三条葵の動きが止まる。というか、さらに目突き。三条葵の豊満な身体がくの字に曲がった。


 その右鎖骨と右の胸鎖乳突筋を取る。トヨムの必殺反則技、山嵐の体制だ。三条葵は左のボディーを打ち込むが、上体を揺さぶられているので、ダメージポイントは奪えない。三条葵の左が止まった瞬間、トヨムが引き込んだ。レスリングコスチュームに包まれた豊満な肉体が、大きく傾いた。トヨムの長い脚が三条葵の肉感的な脚を蹴る。


 真っ逆さま三条葵。身体は完全に死に体、人形のように脳天から地面に突き刺さる。痙攣したように三条葵の脚がピンと伸びた。誰から見ても明確なキルだ。しかしトヨムは素早く豊満な肉体を引き起こし、さらに山嵐!しかし三条葵は撤退、トヨムは単独で顔面から地面に突っ込んだ。

 しばらく地に伏していたトヨムだが、泥だらけの顔を上げる。



「お? アタイ、勝ったのか……でもボロボロだな」




 その通り。結果だけならばトヨムの大勝利だが、両者削り合いの接戦であった。反則技だらけの試合ではあったが、ここは爽やかなスポーツの競技場ではない。


 太古の合戦場を模した『王国の刃』なのだ。有効な技はすべて使うべきである。

 とはいえ体力値はもうギリギリだ。トヨムは青いショートカットの西軍娘戦士に申し出る。



「悪いけどさ、一発入れてキルにしてくんないか? このまま闘ってももうダメだからさ」



 体操服に赤ブルマーの西軍娘は、トヨムのアゴに左フック。トヨムは姿を消してゆく。

 小隊長トヨム、初の撤退ではなかろうか。



 個人戦は終了。間もなく時計が動き出すとのアナウンスが入った。ユキさんとトヨムは仲良く死人部屋。復活の時を待っている。小隊長不在、私は小隊メンバーに檄を飛ばす。



「トヨムが帰ってくる間に陣地を取り返されてたら恥ずかしいぞ! みんな、奮起の時間だ!」



 西軍は西軍で、オールバックの優男がメンバーを励ましている。



「輝夜さんにばかり負担をかけるな! 踏ん張り所はいまここぞ!」



 東西ともに、西軍A陣地の攻防に参加する者は、みな士気が高い。そして西軍攻手には、あの改造ナタを掲げた連中が混ざっている。



「士郎先生、長ナタを持った連中。なかなかやりますぞ」

「いやリュウ先生、あれは付け焼き刃の小童どもでしょう」


「それが油断というものです。思いのほか、ですぜ?」

「なるほど……居合腰か……頭を揺らさずに走ってくるなだがあの程度なら、若い連中で十分だろう」



 そう、なにも私たちが出なければならない、とは一言も言っていない。頭を揺らさずに駆けてくるチーム『情熱の嵐』はまだしも、『迷走戦隊マヨウンジャー』の方は普通のプレイヤーでしかない。


 ただ、それでも見どころはある。トヨムを撤退させたあの体操服に赤ブルマーの娘だ。彼女には誰を当てるか?

というか、『情熱の嵐』と『マヨウンジャー』。どちらにウチの小隊を当てるか?



「どっちでも同じだよ、リュウ先生」



 士郎先生、ユキさんの撤退のせいか、全然やる気が無い。



「それじゃあ士郎先生、ウチの小隊でマヨウンジャーをいただきます!」

「あー……えーよえーよ。やりなはれやりなはれ」



 なかなかやると見た『情熱の嵐』はユキさん不在、士郎先生やる気無しという四人の鬼組にまかせた。かれらの方がウチの小隊よりも力が上だ。おまかせするべきであろう。


 ということで、ウチも小隊長のトヨム抜き、私も基本的に不参加。カエデさん帰還という四人編成で戦わなくてはならない。敵は六人編成、『迷走戦隊マヨウンジャー』と指示を出す。


 ここで『迷走戦隊マヨウンジャー』の戦力分析などをしておこう。彼らは六人編成で豪傑格。勝ったり負けたりを繰り返しているようだが、どうにか勝ち星先行。いわば歴戦の勇と言えるだろう。編成はタンクの甲冑武者がふたり戦斧とモーニングスターの戦士だ。


 動きの素早そうなのが、ブルマー娘と緑髪の娘。これらが『道化師役』なのだろう。リーダーはオールバックの中年男だろうか? 小柄な甲冑娘とともに槍を携えている。



「まずは敵の道化師を引き剥がしますね!」



 カエデさんが前に出た。それが上策だ。こちらの道化師ひとりで、ふたりの道化師を釣り上げる。というか、道化師がふたりもいて、好き放題されてはたまったものではない。



「じゃあシャルローネさんは、タンクの二人をおもてなししちゃおっかな〜♪」



 動きが重くはないシャルローネさん。これがタンクを足止めする、というのも上策だ。しかも二人担当してくれる。



「それじゃあ前頭二枚目! マミさんたちは槍の二人をとっとと片付けちゃいましょう♪」

「マミさんや、お前さんずいぶんと面倒くさいボケをかますのう?」




 ということで、槍師二人を即座に倒し、すぐさま支援に駆けつけるという作戦だ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ